【DK】秋風【ぶぜきよ】 清光が教室に戻るとそこにはまだ数人の生徒が残っていた。秋の日はまだ暖かく、放課後の教室をやわらかく照らしている。女子生徒たちが楽しそうに談笑する横を通り抜け、清光が向かったのは窓辺に座る一人の男子生徒の所。
その男は、学校始まって以来とも言われる美しい容姿を隠そうともせず、窓際の自分の席に座ってじっと目を閉じていた。浅く椅子に腰かけゆったりと背もたれによりかかって腕を組んで、目を閉じたままピクリとも動かない。
(豊前……寝てるのかな?)
清光がその顔を覗き込み、窓を閉めようとしたその時だった。
「……?」
ふわりと一瞬だけ感じたその芳香。
毎日、いやというほど嗅ぎなれたその香り。
でも、それを豊前から感じるのは初めてだ。
清光は、豊前に近づきその正体を確かめるべく顔を寄せた。
「ん……?加州か、どうした……?」
豊前が、その瞼を開く。清光と同じ色の瞳が、まっすぐ加州をとらえる。
「ねえ、豊前。シャンプー変えた……?」
清光の質問に、豊前は一瞬キョトンと目を丸くして、そしてぷっと噴き出すように小さく笑った。
「加州……さすがだなぁ。」
「あいつの……匂いがする。」
「ご名答……だよ。俺がさ、朝、寝癖が直んなくって苦労するって言ったら、安定が、『僕いいシャンプー知ってるよっ』てさ。進めてくれたんだよ。でまあ使ってみたんだけど……、確かに寝癖はつきにくくなったような気がするんだけど、俺の癖っ毛なんだかふわふわになっちゃって、今度はまとまんなくて困っちゃうんだよなぁ。」
「あは、アイツの髪、剛毛だもん。豊前の髪をおんなじシャンプーで洗ったら可哀そうなんじゃない?」
今度は、清光がぷっと噴き出す。
「そうなんかぁー。今度、加州のおすすめシャンプー教えてくれよ。俺、そういうのまったくわかんなくてさ……。」
ふぁーっと大きく伸びをした豊前の、後ろの机に加州はよっこいしょっと腰を下ろし、豊前の頭に顎を乗せるようにしてだらりと体を預けた。
「いいよー。でも俺のシャンプーサロン仕様だから、ちょっと高いよ。さらさらのつやつやになるけど。」
「たっけぇのは、いらねぇなぁ。ホントは石鹸でもいいか、と思ってるくらいなんだけど。」
「ふふ、豊前らしいね。」
豊前の頭に顎を乗せたまま清光はくすくすと笑う。
そして、そのままの沈黙……。
やわらかい風が、二人を包むように通り過ぎる。
清光は、そのままの体勢で、すぅーっと大きく息を吸った。
「やめろちゃ……。汗くせーだろ。」
「そんなことないよ。豊前の匂いがする……。」
清光は、また大きく息を吸う。
「アイツの……安定の匂いじゃねーのか。」
「最初はそう思ったけどね……。やっぱり違うや、豊前の匂いだよ。あとお日様の匂い……。」
「ずっとここで日に当たってたからな。」
「なんだか眠くなっちゃうね。」
清光は豊前の方に両腕を置いてさらにその背中に体を預けた。
「おーここで寝るのかよ。安定は……どこ行ったんだ?」
「進路面談。戻ってくるっていうから待ってんの。」
そっか……。
豊前は余計なことは聞かず、そのまま心地よい空気が二人の間を流れていった。
「豊前、お待たせ。あー加州、何やってんのーーー?」
大きな声でその沈黙を破ったのは、桑名である。花壇でも手入れしていたのだろう。土の付いた軍手を外しながら、のしのしと大股で近寄ってくる。
「んーー。豊前吸い……かな?」
清光の言葉に、桑名が口を尖らせた。
「ズルい、僕も豊前吸いたい!」
言うなり、桑名は加州の横から豊前に顔を近づけ、襟足のあたりをスンスンと嗅ぎ始めてしまう。
「わ、なに?こちゃばいけ。桑名やめろちゃ!!」
豊前はくすぐったがって、身をよじるが、桑名はそれを無理やり押さえつけるようにしてさらに噛みつくようにして、豊前の襟足に顔を寄せる。
「あっはははは、桑名、その嗅ぎ方だいぶエロイよー!!」
だいぶ日のかげってきた教室に清光の笑い声が響いていた。