俺が何か編んでやらないと朝起きてミスタは空気の冷たさに身震いした。
「さむ、サム……」
布団の中は暖かく、あまりの温度差で外に出ることは困難だった。にも関わらず「ジリリリ」と玄関の方から音が聞こえてきた。
「ん~……うるぁ……」
布団を頭まで被り直して「中に誰もいませんよ」と外にいる誰かにアピールする。すると音は止み、今度は「ぽいん」と間の抜けた音がスマホからなった。
"誰もいないのなら帰ってしまおうかな"
"良いものを持ってきたのだが、残念だなぁ"
「はァ…」
布団を体に巻き付けしぶしぶベッドから抜け出す。ミスタが内鍵をあければ扉が開き、人物より先に紙袋がずむっと押し入ってきた。
「ミスタ、みすた、手伝ってくれ」
「うわ、デカ!なにこれ」
視界を埋め尽くすそれは中身に押されて今にもはち切れそうだ。重そうだと思ったが意外と軽い。それに何かふわふわしている。
「それにしてもお前の家寒すぎるぞ。いよいよエアコンを買うべきだ。裸で寝るのも程々に、」
「わかった、わかったから早く閉めろって!」
家主にぐいぐいと手を引っ張られて男は部屋に入り込んだ。長めのタートルネックから顔を出し、ズビと鼻を鳴らす。
「急に来るなんてどうしたのさ、ヴォックス」
「理由がなければ来てはいけないか?」
「オレが居なかったらどうすんのって話」
「その心配は無用だ。ちゃんと合鍵を持っているからな」
「渡した覚えないけど」
「愛の力かな」
「"あーもしもし、警察の方ですか?"」
「nah〜〜!冗談に決まってるだろ」
大げさに悲しげな声をあげる恋人にため息をつくミスタ。「そろそろ服が着たい」とでも言いたげな表情である。それが伝わったのか、ヴォックスはいそいそと自分の持ってきたものを広げ始めた。
「毛糸……?」
「俺のボウヤが凍えないようにと思ってな」
「オレになんか編むの?」
「まあな。既にいくつか作ってるから見てみてくれ」
袋はいくつかあり、今広げているのは色とりどりの毛糸と編み棒が入っていたものだ。他のものを覗いてみると、帽子や靴下、腹巻など冬の寒さ対策グッズがたくさん入っている。
「わお。これ全部作ったの?すごいじゃん」
「……ひひ。ひとまず何か着てみないか?寒いだろ」
「うん」
ミスタが最初に身につけたのは薄茶色の腹巻だった。お腹のところに肉球の形をしたポッケがあり、ふわふわの生地が縫い付けられている。
「いいねコレ。可愛いし、あったかい」
「それは良かった」
「こっちは……帽子?」
次に手に取ったのは黒いニット帽。白いポンポンと猫耳のようなものが付いている。普段使いできそうなミスタ好みのデザインだ。
「それはお前をイメージしてみたんだが……どうだ?」
「可愛いけど可愛すぎなくて、ちょうどいいかも。よっ、」
ぽふ、と被って鏡まで移動する。後ろ姿を確認したり、手で触ったりして一通りフィット感を確かめた。
「似合う?」
「ああ。キツくはないか?」
ちょいちょいと手招きするヴォックスに応えるようにしてぎゅっと抱きつく。彼の腕の中でくるりと一回転してみせると満足そうに笑った。
「へへ、ズレたりしないし、大丈夫そう」
「そうかそうか。ならこっちもサイズを確かめようなぁ」
「?!」
ミスタの片足を持ち上げ、するりと長い靴下をはめていく。網目が細かくて伸縮性があるのでミスタの大きな足にもピッタリあった。
「良い毛糸を使ったから手触りが良いな。着心地も良いだろう?」
「ン、うん……」
「もう片方も履こうな」
「……ッ、」
ヴォックスの手がつま先から太ももまでを撫でるようにして、もう片方の靴下が足にはめられた。
「あぅ、ちょっと……」
「ん?」
「や、やっぱ何でもない」
「変な奴だなぁ」
なんて事ないように笑うヴォックスだが、はたから見たら意地悪でわざとらしい。ミスタがもじもじと内股を擦らせているのを見てあえて手を出さないでいる。
「ミスタ」
「?、わぁっ?!」
最後に、ミスタの頭から大きめのセーターをかぶせた。赤と白の毛糸をたっぷり使っているので、彼の膝上くらいまで丈がある。全身ふわふわになった彼を後ろから抱きしめると、布越しに互いの鼓動が伝わる。
「温かいな」
「温かいのはいいけどさ、何このデザイン。ウォーリーみたいじゃん」
「赤と白の組み合わせが好きだと言ってただろう?」
「え!あ〜、まぁそれは」
「?」
「……そりゃ、お前の色だし」
ボソッと呟かれた言葉に遂に愛しさが溢れ出し、ヴォックスは彼の首筋にキスを落とした。
「うひゃっ!ちょ、どこ舐めてんだよ!!」
「いいじゃないか♡おいで、ぼうや♡」
「ンン、ん~〜?!♡」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて唇を重ねる。角度を変えて何度も口付けを繰り返し、せっかく着せた服は脱がして──……
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朝起きてヴォックスは空気の冷たさに身震いした。
「ア"……?」
寝ぼけた頭で昨日何があったかを思い出そうとする。「ブェックシュ」とくしゃみをして、「Bless You」の言葉がどこからも聞こえないことに気がついた。そして絶望した。
どうやら自分は机に突っ伏して寝ていたようだ。昨日あることをして、でも上手くいかなくて、疲れてそのまま。
机上でボロボロの毛糸が散っていて、その先を迷路のように辿ると真っ二つに折られた編み棒があった。毛糸玉は足元に転がり、オニギリの寝袋と化している。目をゆっくり閉じて、またゆっくり開いても、目の前の光景は変わらなかった。
「fuck……」
ズビ、と鼻を鳴らす。
別に泣いてなどいない。ただ部屋が寒いからに決まってる。
恋人になった想い人に手作りプレゼントを渡して甘い一日を過ごすぞ〜と思ったら夢だった。というのが理由で泣いているのでは無い。あそこで目が覚めなければヤれてたとは思うが、それが悔しいとか、そんな。
「みすた……Doko……」
SNSやdiscordを開くも特に通知はなく。
鬼の独り言はただ自室に溶けて消えた。