Derecha, izquierda何も無い空間を眺めながら、電気も付けず真っ暗なダイニングで恋人が煙草を吸っている。斜めの格子窓から零れ差す淡い星芒と、冬の始まりの冴えた月明かりだけが彼の頬を照らして、蒼い蔭を生んでいた。窓の外には崖があり、崖の下には海がある。
表向きは共同事業者兼同居人という体で、ジェクトが恋人をロンドンから掻っ攫って来てもうすぐ丸一年が経つ。怪我を理由にそれまでのプロフットボールプレーヤーとしてのキャリアに早々に見切りを付けた後、ジェクトは誰にも何も告げずにロンドンの家を引き払い、独りきりで約290マイル離れたセネン・コーブに棲みついた。数ある国内の他の都市でもなく、ジェクト自身の故郷でもないこのコーンウォールの地の果ては、かつて恋人とお互い何とかオフを捻り出して、二人で旅した土地だった。
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