どうぞ、と紙を差し出され、ブラッドリーは眉間に皺を寄せた。その表情に、あれと賢者が首を傾げる。
「ブラッドリーが頼んだって聞いたんですけど…」
「んなもん頼んでねえよ」
ここ最近ブラッドリーが頼んだものと言えばフライドチキンぐらいなものである。それに賢者に何か頼むのならこんな回りくどいことはしない。必要ないと言い換えてもいい。
つまり、賢者に嘘を吹き込んでこの紙を用意させた者がいる。
「誰に言われた?」
問いかければ、賢者も何かを察したのか途端に視線が泳ぎだす。その顔を見れば自ずと答えはわかる。案の定小さく呟かれた双子の名に、ため息を吐いた。
「いいように遊ばれてんじゃねえぞ」
「うう、すみません…」
項垂れて小さくなった賢者の手から、紙を抜き取る。懲りずに双子に遊ばれた賢者に呆れはするが、それはそれとして何が書かれているかが気になった。あの二人がわざわざブラッドリーの名前を出してまで頼んだというのも引っかかる。
「予定表?」
お世辞にもうまいとは言えない字で書かれているのは、そんな言葉だった。読み進めていくと、なるほど確かにその通りの情報が書き連なっている。
賢者自身が書いたらしく大体が単語のみで形成された表は、それなりに下調べはしてあるらしく詳細だ。これに関わるのが賢者だけなら褒めてやったが、双子の笑い声が思い出されてそんな気にはならなかった。
顔を顰めて呪文を唱え、紙を燃やす。グランヴェル城、騎士団と何度も出てきた言葉が炎の向こうに消えていく。
目を丸くした賢者が、いいんですかと困ったように見上げてきた。
「いいに決まってんだろ。じじいどもの思惑通りに動くなんざ、反吐が出る」
「そういうつもりじゃないとは思いますけど…」
灰も残らず消えた紙を見るように、賢者がブラッドリーの掌に視線を落とす。
言われずとも、双子の頼みの本質はブラッドリーや賢者をからかうことにないのはわかっている。
朝から晩までびっしりと予定の詰め込まれた表を思い出す。いくらあの騎士が頑健だとしても無茶としか言いようのない数だった。周囲に隠してはいるんだろうが、あの双子の目を誤魔化せるはずもない。
あの表を作った賢者もわかっているのだろう。心配そうな顔で口を開こうとするのを制して口角を上げた。
「最近、良い酒が手に入ってな」
「お酒…ですか?」
「ああ。てめえに付き合えとは言わねえから安心しな。あれは楽しく飲める奴とじゃねえと開けられねえよ」
そう言えば、賢者が何かに気づいたような顔をする。
「それは例えば、カインとかですか?」
「そうだな、あの兄ちゃんとなら悪かねえ」
「だけどカインにはびっしり予定が入ってるんです」
「知らねえよ、今すぐあいつを呼んで来い。でないと何が壊れるか分かんねえぞ」
「はい!すぐに呼んできますね!」
勢い込んで駆けていく賢者の背中を見送りながら、世話が焼けるとため息を吐いた。
結局は双子の思惑通りになってしまっているのが腹立たしいが、それでも無視できないのだから厄介だった。