どうしてこうなったのか、ネロには答えられなかった。強い酒精があたりに充満しているような気がする。
自室のベッドの上に散らばる赤茶の髪が、シーツを引っかく指先に絡みついている。見下ろす顔は見たことがないぐらいに真っ赤だ。零れる吐息が荒い。それが一人分ではないことが、理性の声を小さくしていた。
カイン、と呼ぶ声は、自分のものとは思えないぐらいに期待に染まっている。
「なあ、命令して」
頭のどこかでは、引き返した方がいいとわかっている。これは冗談だと、そう言ってしまえば済む話だ。だけど、ネロの虚弱な意思の力では、本能敵な欲求を押し殺すことは出来そうにもなかった。Domの命令を待ち望んでいる。
熱に潤んだ二色の瞳が、ほんの少し戸惑うように揺れ動く。それでも、ネロ、と呟かれた名前に拒絶の色はなかった。
「……《Kiss》」
告げられたコマンドに、体中が歓喜に震える。もう戻れないのだと叫ぶ理性の声がかき消えた。
そっと頬を包み込むと、誘うように唇が薄く開く。赤く熟れたそこにキスをした。舌を差し入れると、驚いたように体が跳ねる。奥の方で縮こまる舌を夢中で絡めとった。こんな幼気な舌が、これからネロにコマンドを告げていくのだと思うとたまらなかった。
丹念に撫でで擦ってかわいがって。
まだまだ足りないけれど、他のコマンドを聞きたいと欲が出てきたところで唇を離した。銀の糸が出来て、すぐにふつりと途切れる。
「うまく出来た?」
触れている頬が燃えるように熱い。荒く息を吐くカインが、それでも何とか頷いてくれる。だけど、それだけでは足りなかった。褒めてくれねえの、と鼻先を触れ合わせれば、シーツに落ちていた手がゆっくりと持ち上がる。熱い指先が顔にかかった髪を梳いた。
「ぅ、はぁ……っ、ネロ、《Good》」
「ん」
キスのせいでおぼつかない指が、今は一番うれしい。ぞくぞくと震える背中を誤魔化すように、離れていく手をつかまえた。指先を絡めてぎゅっと握る。
「なあ、次は……?」
「まって、くれ……その、俺はあんまり、コマンドを知らないんだ……」
困ったようにそう言って、カインがそっと目を伏せた。だからやめようとは言わないから、ネロのような男に付け込まれるのだと、教えてくれる人はいなかったのだろうか。願わくば、これからもそんな奴はいてほしくないと思う。
離される気配のない指先に唇を落として、何でもいいよと囁いた。
「あんたが知っているの、俺に教えて?」
「だが……」
「頼むよ」
声が聞きたい、と懇願するように見つめてみる。優しいカインのことだ、きっとこうすれば逃げられない。
案の定、戸惑いながらも小さく頷きが返る。上手にできないかもしれないが、と弱った声が言うのに、いいからと答えるだけで声が震えてしまった。
「ネロ。……《Strip》」
告げられたコマンドに、カインのプレイの知識の出所を察してしまった。男所帯においての下の話は鉄板のネタだ。それで困っていたわけだと思うと、笑い声が零れてしまった。気まずそうに視線を反らされる。
「なあ、こんなので本当にいいのか?」
「いいよ。声が聞きたいって、言っただろ」
脱げばいい?と聞くと、躊躇うように指先が震えて、潤んだ瞳がそっとネロを見つめた。
「《Strip》」
「……わかった」
こんなことをされてしまったら手を離せなくなるんじゃないかと、少しだけ怯んでしまった。