気まぐれお宅訪問.
(まさかこの古そうな平屋……?)
郊外の住宅地にある和風な一軒家を、門扉の外から覗き込みながらエイトは首を傾げていた。もしかしたら間違いかも、と手元にあるスマートフォンの画面を見直すが住所は合っていた。地図アプリも目的地に到着したことを知らせている。
「人の家の前をうろつかないでください」
「! うわッ……!」
突然、すぐそばから人の声がしてエイトは思わず飛びすさった。いつの間にか傍らに立っていた玖夜は、どこかへ出かけていたのかビニール袋をひとつ提げていた。
「俺が来るってわかってて出かけるなっつーの」
「わかっていたからですよ。この家に人をもてなせるような物はありませんからね」
「お、なんだよ、気使ってくれたってこと? 玖夜さまでもそんなこと考えるんだな」
「お帰りになっていただいても結構ですよ。こっちは、休日なのに誰かさんからの電話で朝早くから起こされてとっても眠いんです」
「あー、ごめんごめん! せっかくここまで来たんだから追い返さないでくれよ。ほら、早く中に入ろうぜ」
不機嫌な玖夜の背中を押して、エイトは彼の家の敷地内へと足を踏み入れた。門扉から玄関へと続く細い道にはいくつか飛び石が敷かれていて、ひとつずつに足を置きながら進んでいく。猫の額ほどの庭はあまり手入れされている感じではなかったが、ムスカリがたくさん咲いていて可愛らしかった。
玖夜がガラガラと玄関の引き戸を開ける。土間には似合わないシャレたブーツをそこに脱いで置くと、「スリッパはないですよ」とエイトに言ってから部屋に上がる。板張りの廊下がかすかにギッと音を立てた。
「うーん……なんかまた、本当にここに住んでるのか? って感じの家だなあ」
「だから言ったでしょう、わざわざ見に来るほどのものではないと。勝手に期待して、想像と違ったら落胆されては迷惑なんですよ」
「誰もガッカリなんかしてないって。たしかに想像とは違ったけど……でも、この前連れてってくれたマンションよりずっといいじゃん。あそこ生活感無さすぎてびっくりしたからさ、ここのほうがなんかあったかくて、俺は好きだぞ」
誰かからのお土産か、玖夜自身が買い求めた物かはわからないが、妙に派手な提灯や布芸が廊下にぶら下がっているのを眺めながらエイトは言った。今朝、本当に思いつきで玖夜の家に行きたいと電話したら、さっきと同じで断られそうになったがワガママを言って来てみてよかった。ここには、玖夜が確かに存在している気配がそこらじゅうからしていた。まず、彼の匂いがした。それから半開きのガラス戸、ほのかな洗剤の香りに、まだ片付けられていない食卓の上の食器……茶や酒を口にしているのは見たことがあったが、料理を食べている場面は少ないので(どうやら八雲とは時々食事に行っているようだが)、それだけのことが珍しいと感じてしまう。ましてや自炊なんて、まともにできているのだろうか。まあ玖夜とて毎日三食とも外食だけで済ませるわけにもいかない時だってあるだろうし、必要に駆られてということだろうか。
(まあコイツが料理上手いとは思えないし、前に八雲が珍しく、「あれはヤバいです」ってディスってたしな)
「失礼なことを考えてないで、邪魔なのでそのへんに座っててください」
「人が考えてることを読むな! だいたい、そのへんにってお前、なんだよこれ~……」
適当に座りたくても、板の間は床まで玖夜のコレクションが置かれていていっぱいだ。へたに触るとまた怒られそうなのでエイトは慎重に物と物のすき間を縫うように移動し、そこにちょこんと置かれていた小さな座卓を見つけると、その脇に座布団を引っ張ってきて座った。
「えぇ、これなんの骨だ……? この標本も知らないのばっかりだし、なんか理科室みたいだな……」
既視感があると思ったら、そうだ、学校の理科室だ。よくわからない物がたくさん置いてあって、ちょっと不気味で、でもわくわくする。きれいな意匠の置き物や工芸品もいくつもあった。いずれも手入れはされていて、キラキラ光っている。
「その骨は前の持ち主を食べてしまったとの噂なので、触らなくて正解ですよ」
「お前はまた、俺が怖がると思ってそんなはな、し――」
お茶をコップについで持って来てくれた玖夜を振り返ったエイトは言葉を失った。
玖夜の頭に、ひょっこりとキツネ耳が現れていた。え? と思ってあわてて視線を下げると、ふさふさの大きなしっぽも出ていた。亜人種の中でも、獣人と呼ばれている彼の本来の姿だ。
(は、はじめて見た……!)
玖夜の耳やしっぽは、「見たら殺される」なんて噂があって、エイトも見せてくれと頼んだことは一度もなかった。きょうだって、まさか見られるなんて思ってもみなかったので本当に驚いている。
「なんですか?」
玖夜がコップを座卓の上に置き、自分もエイトのそばに座りながら尋ねてくる。
「いや、なんですかって……その、ええっと、お前の耳としっぽ、そんな感じなんだな。めちゃくちゃふわふわで、か――…き、きれいだな!」
いかんいかん、かわいいなんて言ったらそれこそ瞬殺されてきょうの晩ごはんにされてしまうかも。エイトはぐっと言葉を飲み込んで、感想を言い直した。
玖夜がおもしろそうに目を細めてエイトを見る。
「……触ってみますか?」
「! へ、ェッ!?」
見たいとせがむのも憚られるのに、ましてや触りたいなどもってのほか。玖夜からの提案も、一瞬聞き間違いかと思った。変な声を上げてしまったエイトに、玖夜はくすくすと笑いながらにじり寄ってくる。しっぽの先がエイトの手を甲をふうわりと撫でた。
「狐の尾は、触れる人を惑わせると言われています。それでもいいんですか?」
「へえ、俺、いまからお前に惑わされちゃうのか? それがエッチな感じのことなら、願ったり叶ったりだけどなー」
「……あなた本当にバカですね」
自分からも手を伸ばして玖夜のしっぽに触れてみると、やわらかくて、あったかくて、全然イヤな感じはしなかった。玖夜がさらに身を乗り出してきて、唇同士が重なる。様子を窺うようなそれがなんだかくすぐったくて、エイトはごまかすみたいにぎゅっと玖夜を抱き寄せた。
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