願わくばいつものように書類整理のため事務所のソファに座っていれば「にいさん」と鈴のような綺麗な声が入口の方からし、そちらに顔を向ければ
「ゆきちゃん」
従兄妹である彼女がいた
彼女は僕に近づくと目元を指先でスッと撫で
心配そうな顔で「寝てないの?」と問うてくる
「んー…寝てるつもりなんだけど…」と思わず目線を外せば長年付き合いのある彼女にはすぐにバレたのであろう、1つ溜息を零され眉を下げ「眠れてないのね」と疑問形ではなく断言のように言われる
「……うん」
「あの日からよね」
「ハハッ、ゆきちゃんにはやっぱりバレちゃうよね」
「私だけじゃない、さっき喫茶店に行けばマスター達も心配してたよ。最近顔色が悪いって」
「あー……僕ってそんなに顔色悪い?」
「凄く」
そう頷かれれば、自身の口から大きな溜息が零れ落ちソファにもたれる
「……ちいくんがね?」
そう話し始める僕を見て隣に座り見つめてくる彼女にぽろぽろと言葉が出てくる
「大好きだって言ったんだ、僕に。あのちいくんがだよ?ちゃんと口で伝えてくれて凄く嬉しかったんだ……それに僕のために凄く、凄く頑張ってくれてたのも、申し訳ない気持ちもあったけど凄く嬉しかった。あの時…信じてって言ったのに…出来なかった…僕は出来なかったっ。智衣と一緒に帰って来れなかった、僕だけ帰って来ちゃったんだ……。だから探すんだ、ちいくんを。見つかるまでずっと……。」
そう言い目元を伏せれば、突如温かいものに包まれる。
「大丈夫、にいさん。あの人だよ?あのにいさん大好き人間だよ?そんな人がにいさんを置いて戻ってこないなんてありえない。大丈夫」
その言葉に年甲斐もなく、自身より若い子の腕の中で涙が零れた…あの日以来流れることの無かった涙が言葉と共に
「っ、神様はどうしてっ!、あの子を連れて行ったんだろっ……、あの子を連れていくなら僕も一緒にっ!、一緒に連れて行って欲しかったっ、…っ、会いた、い…会いたいよ、ちいくんっ」
そう言って自身の腕の中で苦しそうに、そして愛おしげに彼の名前を呼び会いたいと言う彼を見て、あのライバルに対してこんな優しい人を置いていったという小さな怒りとそんなに思われているという羨望を抱く
そんな彼も眠れていなかったからかそのままスゥスゥと寝息をたて始めた。改めて顔を見ると少し痩せたのか前より少し顔の線が細くなった気がした。目元には薄らと隈が出来ている。
改めてこの人にとってあの彼はどれほど大事な存在なのか実感させられる……。
頭を包み込むように抱きしめたまま優しく髪を撫でると「ち、いく…」と寝言が聞こえた。
「私はあの人じゃないよ」と無意識に返せばそれ以降寝言が聞こえてくることは無かった。
願わくば、この腕の中の大事な彼が……優しくて、慈愛に満ちた寂しがり屋な彼が…早く心から笑える日が来ますように……