君を彩る 机の上に並べたのは色とりどりの――ではなく赤ばかりのマニキュアたち。
勿論色味は全部違う。手に入れた経緯も全部違う。
自分で買ったもは百均プチプラ高級ブランド分け隔てなく、これはジョンが選んだもの、お父様からのプレゼントにお母様とのお揃い、あぁこれはシーニャさんから戴いたやつだな、これは畏怖民からのプレゼント、それからそれから――。
説明しながら一つずつかざして見せるも、目の前の男は眉を顰めて明るいか黒っぽいいかくらいしかわからねぇとぼやくばかり。
全く君が最近爪塗ってないのは何故だなどとソワソワしたことを言うから付き合ってやってるというのに協力しがいのないやつだな。
最近塗ってないのはどっかのゴリラがすぐ殺しにかかるわご飯はねだるわで暇がないからだよと教えてやれば、邪魔しないし殺さないからなどと殊勝なことを言って塗るのを強いてきたのは向こうである。断じて私が勝手にオシャレ☆ドラドラちゃんのネイルショーを開催して若造を巻き込んでいるわけではない。まぁそんなに言うなら君が色を選べとこうして並べ始めたのは私だが。
何でこんなにいっぱいあんだよ、つか畏怖民からって何だよとぶつぶつ文句を言いながら適当に掴んだボトルを雑に揺らすのを見ながら、一万超えるのもあるから丁寧に扱えよと忠告だけしておく。途端ぶわっと冷や汗をかいて音をたてたら死ぬくらいの慎重さで机に戻すのを心の中で指差して笑う。残念それは百均のやつだ。
勝手にディレイをかけられた動きをしているゴリラを横目に下準備を進めていく。爪先の手入れはいつもしてるから省略でいいか。そう思ってベースコートを手に取ると、俺が選んでんのに先に塗るんじゃねぇと勘違いしてゴリラが噛みついてくる。初めの約束通り殺されはしなかったけど、何それとしつこく動きが止めてこちらを見て選びやしない。片手終わるぞ、何タイムだこれ。
仕方ないからナゼナニ期のゴリラに化粧の下地やプラモのサフみたいなもんだと話していたら、プラモを作ったことがない事が発覚した。嘘だろ。最近の男の子ってそういうもん?
まぁ一応は納得したようで漸く色選びを再開したかと思えば、おや何やら迫真の顔をして固まっているな。一応言っておくがそれの読みはおっぱいではないのだよ思春期ゴリラ。
端から順繰りに観察していって、とあるボトルを掲げてちらちらと私と見比べながらこれお前の目とおんなじ色だと呟く。おやおやおや、思わぬ観察眼。センスを解さぬゴリラの成長にふふっと笑みが溢れてしまう。アナタったら私のことよく見てくれているのネ、なぁんて。
それを言ったのが君だけだったらドキッとしたなぁ今のは。
「いいだろう、それ、ジョンが選んでくれたんだよ」
「エッ!あ、ほぉ〜ん、そう」
「んっふふふ、あのスパダリっぷり見せてやりたかったなぁ」
まだ埼玉にあったお城時代の話だ。初めて行った大型のデパート。入ってすぐ香り立つ化粧品の匂いに若干クラクラしつつ、ずらりと並ぶマニキュアのボトルにたくさんありすぎて目移りしちゃうねなんて話していたら、ちょいちょいと頬を擽りドラルク様の瞳とおんなじ色をしていて綺麗だからあれがいいななんて指差すのだ。あのイケマジロったら。
「な、なにそれかっけぇ〜……」
「私に愛を囁くことでジョンの上に立つものはいないのだよ」
「あぃっ……いや、別に、そういうんじゃねぇし」
「ほぉーう?」
じゃあどういうつもりなんだろうねぇこの若造。こんなふうに選ばせてお前こそどういうつもりだと言われたら応えに困るから言わないけど。
マニキュア選びにしては馬鹿みたいに真剣な顔をしている男を眺めているうちに、速乾のベースコートはすっかり乾いてしまった。
眺めてるだけで飽きないのすごいな、とはいえ手持ち無沙汰なのでちょっと思考を飛ばす。そうかプラモ作ったことないのか、ほんと無趣味だな。今度スケールプラモでも買ってやろうか、いや初心者にはガンプラの方がいいかな。
なんだかんだ器用なこの男の事だから、覚えたら存外綺麗に出来るんだろう。多分、マニキュアなんかも。
「――これ」
そうこうしてる間にようやくお気に召す色が見つかったらしい。おずおずと上がった声につられて視線をボトルに移して思わず固まる。おっと。
少なからず動揺を見せてしまった私を見て、自信なさげな声だったくせに確信を得たとばかりにニヤリと笑う。いつ買ったんだよこれ、と楽しげな声に最近だよ最近、と投げやりに返す。
そう最近。立ち並ぶ鮮やかな色の中一等輝くあかいろ。ここに来てから毎日、やたら目を引く生き物がそれを纏うもんだから、すっかり目に焼き付いてしまった。
「これがいい。お前が身につけるっていうなら、この色がいい」
今度こそしっかりと満足そうに、手の内に収めたあかいろに顔を綻ばせるもんだから、なんだかすっかり毒気が抜かれてしまった。うーん成長。このままいつか、ジョンの上に立てずとも、横に並ぶくらいにはなる時が来るんだろうか。なんて。
「そう。じゃあ、しっかり君が着せてくれたまえよ」
まぁ、言いながら差し出したつやつやになった指先に、奇声を上げてボトルにヒビを入れてしまうようなゴリラがそこまで成長するのが何十年先かわかったもんじゃないけれど。