お兄ちゃんはフレンチトーストよりも甘い ざあざあと雨音のする部屋で、ひとりの男が目を覚ました。
気だるい目覚めだ。湿度が高いのだろう。顔を洗おうと起き上がりかけたところで、自分の身体がやけに重たいことに気がついた。
「…………」
腕の中でもぞもぞと動いたのは、俺と似た顔をしているくせにできの悪い、愛しい弟だった。
外はどんよりと重たい雲が空をおおっているというのに、ここには晴れた日の空のような美しい青色があった。そっと髪を梳けば指のすきまからハラハラと落ちていく。ずいぶんと、伸びたものだ。
陶器のような白い肌に触れれば、てのひらに吸いつくようにしっとりとしていて、若さって恐ろしいなぁ、なんて、自身も顔に似つかわぬ年齢をしておきながら、他人事のようにそう思った。
ふと、あまりにも静かに眠っているものだからこいつは本当に生きているのだろうかと気になって、胸元に耳を寄せる。そこはたしかにドク、ドクと脈打っていて、ほっと胸を撫で下ろした。なんて静かに眠っているのだろう。寝息もほとんど聞こえない。あぁ、雨音で消されているのか。
自分の焦りようにおかしくなって、ふふっと声を漏らすと、腕の中にいる要が身をよじった。んん。とちいさく唸って、薄いまぶたがひらかれる。はちみつ色の瞳に最初に映ったのは、向かいで寝転ぶ俺の顔。
「お兄ちゃん」
はにかむように笑う要は、寝起きだというのに、じゅうぶんに美しかった。ただ、ひょっこり跳ねる寝癖が気になるくらいで。
だから昨日、ちゃんと乾かして寝ろと言ったのに。これだから要は、と苦笑しながらも俺はそんな弟のことがいっとう愛おしかった。
「おはようございます。要。さぁ、そろそろ起きましょうか」
いい加減準備を始めないと、要が学校に遅刻してしまう。今度こそベッドから起き上がろうとしたのに、要に腕を引っ張られてしまう。
「もうすこし、寝てはいけませんか」
「ダメです。早くしないと、遅刻しますよ」
「……あと5分」
「要。起きなさい」
ぷく、と頬を膨らませて、渋々ながらもはい……と返事をする要。そんな姿もいじらしい。だから俺はついつい甘やかしてしまうのだ。
「今日は要の好きなフレンチトーストにしますから」
「…… いいのですか!」
「ええ、もちろんです」
「では、砂糖たっぷりでお願いします」
「そのお願いは聞きません」
「えー!」
そのふくれっ面も可愛いと思ってしまうのだから、俺も大概だ。仕方がないから少しだけ、砂糖を多めに入れてやることにする。