Choose By Myself「ねぇ、自分のしたことが意図せず誰かを傷付けているとしたら、どうする?」
消灯した暗い部屋。ベッドの中、彼に背を向けたままマーガレットは言った。ライナーはその背中をちらと見た後、天井を見つめた。返事はしばらくなかった。
「……そんなの、よくあることだろ……」
「ああ、よくあることだ」
マーガレットはすぐに言い、長々と続ける。
「今この瞬間も世界中で起きてるだろう。残酷なものさ。自分に悪気がなくても、人は傷付いてしまう。何かの誤解かも知れないし、あるいは仕方ないことかも知れない。でももし、自分の何がその人を傷付けたのかがわかったら、どうする?」
「……」
「私はさ、それが譲れないものだったら、譲らないよ。たとえ誰かを傷付けたとしても、申し訳ないけど、それをやり続ける。好きだからだ。でも、譲ってもいい、と思えたら?やっぱりそれって、そのことをあんまりそこまでは好きじゃなかったってことだと思う。たとえその人がいなくても。つまり誰かを傷付けたくなくてという理由ではなく、元から自分の中でそうでもなかったってことなんじゃないかって」
「……何かあったのか?」
「あ、もう少し聞いてほしい。人に相談すれば大体『やれ』と言われてしまう、その方がポジティブだから。でも『手を引く』という決断も、英断と言えるんじゃないかな。自分が納得しているなら。答えはいつも自分の中にあって、人は関係ない、答えはいつも自分の中にしかないもんな」
「……ああ、そうだな……」
「私は、手を引くよ。自分で決めた。……ふぅ、すっきりしたぁ!ありがとう聞いてくれて!」
マーガレットは体の向きを変えてライナーと向かい合った。彼女は笑っていた。
「……で?どうしたんだ?」
「いや、今度サークルで他大学と合同の展示会があってね、それに出す絵のテーマが他大の子と被ってさ。その子はそのテーマにすごい情熱を注いでるみたいで。私もそのテーマは好きなんだけど……うーん…って、モヤモヤしてて」
「そうか、色々あるんだなお前にも」
「何だよ、何にも考えてないと思ったの!?」
彼女はライナーの鼻をつまんだ。彼は鼻声で言う。
「楽しそうに描いてるなと思ってただけだ」
彼女は彼の鼻から指を離して、伸びをした。
「色々あるんだよ〜ふぁぁ〜!」
大きなあくびをした後、彼女はライナーを見つめた。
「……自分のいちばん好きなテーマで描くよ。やっぱりそうでなくちゃね」
「何を描くんだ?」
ライナーはようやく安心したように彼女の黒い髪を梳いて言い、マーガレットはいたずらっぽくにやりとして答えた。
「君の写生」
「おいおい、いくら何でもそりゃないだろ……俺にもプライバシーってもんが──」
「ん?」
ああ、とマーガレットはこの言葉の持つ刺激にいつもドキリとさせられていることを思い出し、写生の意味を簡単に説明した。