ミルククッキー 花梨はふかふかのソファーに座り、絵本を開く。
その隣に座るのは、小さめサイズで丸っこくなった、ジャッジマンだ。
…座っていると言っていいのかは正直わからないが、恐らく座っているのだろう。
今この家には、花梨とジャッジマンの二人しかいない。
両親は揃って、買い物に出かけている。
いつもは三人揃って出かけるのだが、今日は花梨が留守番をすると、駄々を捏ねたのだ。
もうすぐ小学生になるとはいえ、まだ未就学児の彼女を諭そうと、日車が膝を折ってしゃがみ込んで目線を合わせる。
「花梨、一人で留守番は、まだ早いと思う」
「だいじょうぶだよ、もうすぐかりん、しょーがくせーだもん!」
「でもな、うん、そうなんだけどな。…野薔薇さん、どう思う」
「うううううん…。私もまだ、区切りとしてどうかなって」
苦虫をかみつぶしたような顔を見合わせた二人の背後に、ふわりと影が立った。
呼ばれなくても出てくるようになった、ジャッジマンだ。
そちらを見つめた花梨が、わ、と歓声を上げる。
「じゃじちゃんもいっしょに、おるすばん!」
「「は?」」
振り返った彼らの目の前には、小さめサイズのジャッジマンが、ふわりふわりと浮かんでいる。
式神の顔は優しく、うんうん、と頷いて見せており、任せろと言っているようだ。
娘達の仲がいいのは、日車達もわかっている。
何せ、生まれた時から側にいるその存在を花梨は怖がることもなく、共に過ごしているのだ。
はぁ、と小さなため息をついて、日車が問うた。
「ジャッジマン」
「…」
「俺たちが花梨を君に預けて買い物に行くのは、育児放棄になるんじゃないか」
「…無罪」
ジャッジマンの返答に、大人二人はまた、顔を見合わせる。
「ちょっと、寛さん」
「待て、うん、ちょっと待ってくれるか」
「寛さん、ジャッジマン」
「いや?うん?…聞き間違えた?ジャッジマン?」
「無罪」
「「言った―――!」」
…普段からのお約束事を娘と反復し、両親は驚きを隠せないまま買い物のため玄関を出ていき、話は冒頭へと戻る。
花梨は地頭がよく、既にひらがなを読む。
そんな彼女は得意げに、絵本の頁をめくる。
「…そのいえは、ぱんでできていて、やねは、おかしでした」
そこまで読んだ花梨は、パタン!と絵本を閉じ、キッチンへと向かった。
彼女が棚から取り出して、後ろを付いてきたジャッジマンに見せたのは、ミルククッキーだ。
ソファーに戻り、柔らかい甘さをポリポリと齧りながら、ジャッジマンに目を向ける。
「じゃじちゃん、これたべられる?…そっかあ。いっしょにたべれたら、たのしいのにね」
式神ゆえに食べることを必要としないジャッジマンの胸の内は、如何ほどだろう。
白い仮面は、少しだけ和らいだ表情をして、彼女の隣へ座り続ける。
…日車と野薔薇がリビングを覗き込んだ時、室内は静かだった。
ソファーの上には、ジャッジマンにもたれかかって眠る花梨と、大人しくじっと動かない黒い式神が、居た。
「お留守番、出来たね」
「ん。…ジャッジマン、すまん。今花梨をのける、重いだろう」
そう声をかけられたジャッジマンは、ふるふると首を横に振って拒否し、夫婦は苦笑した。