これは夢ではないようにとバシャバシャと不快な音を立てて降り注ぐ粘液のような水の塊は、固の形を保てなくなり、どろりと地面に溶け込んだ。
ひゅうっと鳴り響いた甲高い口笛に振り返れば、そこにいた室戸さんが雫の乗った刀を振るって清め、カチンと鞘に納めるところだった。
にやりと口の端を上げて茶化す準備をする彼に先手を打って、ふざけている場合ではありませんよ、と声をかける。私の言葉に一瞬だけ面食らい、困ったように頭をかいた彼は、それでもまた陽気に私の肩を抱いた。
『何でもお見通しってか?』
『…何年一緒に居るとお思いですか?』
呆れたように返したつもりだが、余計に彼を喜ばせただけらしい。だらしない笑みを浮かべて、そうかいそうかいと笑う。緊張感の無いそんなやりとりも、適度に肩の力を抜くのにはちょうど良いが、いつまでもそうはしていられない。沖に目をやるとまだ高い波がざばざばと岩をかき分けるようにこちらに向かっている。
『…今日は一段と長い夜になりそうだな』
私の視線から気持ちを組んだのか室戸さんが呟いた。たしなめるために咄嗟に口をついた言葉だったが、共にした時間の長さは嘘ではなかったようだ。
行きましょう、と目配せして見た彼の姿。
その横顔を見て、ふとまた、これがあの夜の悪夢だったことを思い出した。瞬間、呼び水となってその先の出来事を鮮明に思い出す。
迫りくる水渦を倒しきり、安堵して燈殿に戻り始めた灯台達の前に現れた強大な水禍。背の高さをとうに超えて、日本全土すらも飲み込まん勢いのそれに月が透けていて、嫌味に輝いていた。
『足摺!!』
聞こえた怒声に振り返る。
その波を抑える数人の中にいた室戸さんと目があった。それだけで自分が何を任されたのかを悟って、本土へと駆け出す。慌てふためく人々をなだめ、避難を促し、そこを護った。
何処にいた者も、誰もが自らの最期を覚悟した夜だった。ぼろぼろになった身体を引きずり帰った燈殿に見つけた見慣れた背中。
伏して横たわる冷たくなった彼の身体を抱き抱え、その頬を叩き、目を開けてくれと願ったあの瞬間の温度、重み、焦燥、絶望を忘れた日なんてない。
見慣れた悪夢にゆっくりと目を開けて、今日も震える手を強く握り込んだ。
今日もまた夜が来る。
彼と視線で交わしたあの約束を私は今日も護ると誓って、月を見上げた。
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「わりぃ!待たせたな!」
彼が私の名前を呼ぶ。夢で何度と繰り返された怒声ではない。
庇うように触れた自分の身体の冷たさや、水を含んだ衣類の重さ。あの悪夢と重なった嫌な記憶の全てが吹き飛ぶと、忘れていた頬を伝う雫の温かさを思い出した。
泣いてんのか!?と慌てるような声に目を細める。涙が溢れて澄んだ視界でも、あまりに鮮烈なその燈のせいで、振り返った彼の顔は見えなかった。