ロマンチックあげるよ 僕は大学進学を機に、調味市を出て一人暮らしを始めた。バタバタと新しい生活に揉まれて、勉強にバイトに遊びに明け暮れ、気が付くとあっという間に1年が経っていた。
僕には、好きな人がいた。その人は11歳からお世話になった、人生の師と言える人だった。
僕がその人のことを好きだと気付いたのは、実はつい最近だった。
生まれ育った調味市を出る日、師匠は駅まで見送りに来てくれた。
師匠は、泣きそうだった。その理由は明確に分かる。僕が調味市から出て行くからだ。師匠は僕の成長をきっと嬉しく思ってくれてる。でも、それと同時にきっと寂しいんだ。師匠は節目である小・中・高の卒業も同じようだったけど、今までの卒業とは異なり、調味市を離れるということは、師匠にとっても、今までとは違う大きな節目だったんだと今は思う。
あの日師匠は、泣きそうに微笑んで、僕に何か言いかけた後、
「頑張れよ。応援してる」
って言ってくれた。僕はそんな師匠が人として好きだった。
何故か僕は、あの時の師匠の表情がずっと忘れられなかった。この1年は師匠とは全く会わなかったけど、ほとんど毎日師匠のことを考えていたと思う。
僕は高校時代に2年ほど付き合った彼女と大学に入ってから別れた。単純に遠距離もあったと思うけど、お互い新しい生活環境になったことも別れた大きな要因だと思っている。
僕は大学に入るとわりとすぐに彼女ができた。勉強とバイトと遊びと……あとは彼女と過ごすのに時間を費やしていた。それなのにも関わらず、僕は師匠のことを考えていたのだった。
そして今、ようやく僕は師匠への恋愛感情を自覚した。僕は付き合ってた彼女と別れた。自覚したら不思議とどんどん想いが溢れてきてしまって、この気持ちを早く伝えたいと思った。
調味市までは新幹線を使って4時間程だ。なかなか会えないあの人に思いを馳せる。この1年よく会わずに過ごせたな……と自分で不思議なくらいだった。
2年に上がる前の春休み、僕は少し実家に戻ることにした。家族はもちろんだけど、何より師匠に会いたかった。
僕は予め、
「今度、調味市に戻ります。会いに行ってもいいですか?」
とメールを送っておいた。
「モブ! 元気してるか? 久々に会えるの楽しみにしてる」
と返ってきたので、僕は嬉しくてそのメールを何度も読み返した。
そして僕は1年ぶりに調味市に戻ってきた。実家に顔を出し、少し話してから、直ぐに霊とか相談所に行った。
1年振りの師匠は全然変わってなかった。出会った頃からほとんど変わらないその人は少し表情が柔らかくなったように感じる。僕に久々に会った師匠は本当に嬉しそうだった。僕のことが誰より大切になんだなと思った。
「今日、手伝いますよ」
と師匠に言ったけど、
「何言ってんだ! 大学生! せっかく戻ってきたんだからこんなとこ居ずに家族とか友人と過ごしなさい!」
と言われてしまった。
今は、芹沢さんがいるから、以前は頼ってくれていた僕のこの力は正直必要ないのかもしれない、その事が少し悲しかった。
「おう! モブ行くか」
って以前のように言って欲しかった。しばらくダメージを受けていると
「あーーモブ、今日の夜暇か? ……空いてたらでいいんだが、久々にどっか飯食いに行かないか」
と 師匠は何故か僕を見ずに聞いてきた。突然の好きな人からのお誘いに、僕はテンションが一気に上がってしまい、かなり前のめりに
「行きます!」
と言ってしまった。
実質仕事中の相談所から追い出されてしまった僕は、夜に備えて、大人しく実家に帰ることにした。
「シゲオ〜こっち帰ってきたんだな」
緑の浮遊物体が遠くの方からものすごいスピードで近付いてきた。
「あぁ! エクボ! 久しぶりだね! そう、しばらくはこっちにいるよ」
エクボは僕の大切な友人だ。とても信頼している。かなり自由に過ごしているのでたまにどこに行ったか分からない時があるが、こうしてときおり顔を出してくれる。
僕は調味市を出るとき、信頼してるエクボに、家族、そして師匠を見守って、必要なときがあれば助けてやって欲しいとお願いしていた。何かあっても僕は直ぐには来れないから。
エクボはその約束を守ってくれている。本当に感謝している。
「エクボ、いつもありがとう」
僕はその大切な友人に感謝を述べた。
「な……なんだよ。照れるじゃねぇーか。俺様は好き勝手やってるだけだ。そのついでだ」
エクボは、僕が言わんとしていることをすぐに察してくれて少し照れくさそうにしていた。
僕は実家に帰るまでの道を、そのままエクボと過ごしていた。
「シゲオなんか顔がニヤけてるぞ。なんかいい事あったのか?」
「あれ、僕顔に出てる? 今日、師匠と夜ご飯食べに行くんだ 」
「え? そんな嬉しいか? 久々だからか?」
突っ込まれてしまったが、エクボの言う通り僕の顔はニヤけていた。
「好きな人とご飯行けるなんて、チャンスでしかないし、すごく嬉しいの当たり前でしょ?」
一瞬、僕とエクボに沈黙が訪れた。
「………………シゲオ、一応……確認するが、好きな人って……」
「霊幻師匠だよ」
僕が師匠だと伝えた後のエクボの困惑っぷりがすごかった。
「え?! なんで……だってシゲオ確か彼女いたよな。あれ? なんで霊幻?」
「僕は霊幻師匠が好きなんだ。やっと気付いたんだよ。彼女とはこの前別れた」
「ははっ俺様の友人はやっぱり予測不可能だな! まさかしばらく会わない間に、霊幻のことが好きになってるとはな」
エクボはまだ困惑しているようで、頭を抱えながらそう言った。
「師匠のこと、僕が好きにならないわけなかったんだよ。今まで気付かなくて、よっぽど鈍感なんだな……って反省した」
「お……おう。シゲオ! 俺様はないつでも応援してるぞ! シゲオのこと応援してる。 でもなちょっと急展開すぎて脳の方が追いついてなくてな……。 少し時間をもらうぜ!」
そう言ったエクボは急いでどこかへ行ってしまった。
あれ? 少し惚気けちゃったかな……へへ……まいっな。エクボに悪いことしちゃったかな。僕はそんなことを思っていた。
待ちわびていた夜がやってきて、相談所の営業が終わる頃、僕は再び相談所に赴いた。もう既に芹沢さんはいないようだった。
「師匠、お疲れ様です」
「モブ! わざわざ来てくれたのかありがとうな。よっしゃ飯行くか」
仕事終わりの師匠とこうして夜道を歩く、昔は当たり前だったのに、やけに懐かしく感じた。
「なんか食べたいもんあるか?」
「師匠とラーメンが食べたいです」
「ん? 良いけど、ラーメンでいいのか? 久々だし、焼肉……はちょっとあれだけど、なんか奮発するぞ!」
やっぱり僕の帰省が嬉しいのか……奮発するってキラキラした顔で言ってくれるのがすごく嬉しかった。でもなんで焼肉はダメなんだろう……と思いながら、僕は師匠とラーメンが食べたいと再度希望を伝えた。
師匠と食べるラーメンは本当に美味しかった。僕は師匠の言葉に甘えて、大盛りでチャーシューもトッピングして随分と贅沢させてもらった。
そのあと二人で夜空の下を歩く、僕は幸せだった。この人も同じ気持ちだったらいいのに。
師匠は僕のことが好きだ、と確信があった。恋愛感情ではないかもしれないけど、僕のことが好きだと思う。おそらく師匠の一番は僕だと思うから。僕には分かるんだ。
「僕は師匠のことが好きです。僕たち付き合いませんか?」
と、なんの脈絡もなく、さっきのラーメン美味しかったですね、みたいなノリで言った。師匠は驚いていた。
「え? 好きってあの好き? お前彼女いただろ?」
何だか昼間にエクボにも同じようなこと言われたな……と思った。
「師匠は好きな人とか彼女いるんですか?」
という問いに
「いないけど……いやいや11歳から知ってる奴とは付き合うって無理じゃない? まぁモブのこと好きではあるけど……そういう好きではないよな……うん」
なんか一人で自問自答してそうだったので、もう少しだけ押してみることにした。
「一旦付き合ってみませんか? お試しみたいな感じで」
重くならないようフランクなノリで言ってみた。
「うーーーーん、まぁ俺もモブのことは好きだしな。まぁ恋愛感情ではないし、なんていうか恋人みたいなことはできないぞ。それでもいいならお試ししてみるか」
師匠ってこんなに流されやすかったかな? って心配になったけど、結局は僕のことが好きだから、まぁいいか……って思ったんだろうなと推測した。
こうして僕は、師匠とお付き合いすることになった。今まで付き合ってきた彼女たちとは、一般的に恋人がすることはそれなりにやってきた。
そういう約束なのもあるけど、今後師匠がそういう気持ちにならないのなら、いわゆる恋人がするようなことは、しなくてもいいと思っている。
それと同時に、師匠の僕への好きの中に、今はまだ無い恋愛感情が生まれてくれたとしたらそれはそれで嬉しいと思っている。僕の気持ちが少しでも伝わるように、僕は僕なりに頑張るつもりだった。
僕は師匠と遠距離だったけど、無理のない範囲で、なるべく寝る前に電話するようにしていた。
「おやすみなさい。師匠好きです」
と、必ず伝えていた。
調味市に戻った時や師匠が僕の住む街に来てくれたときは、すぐに会いに行って
「師匠、すごく会いたかったです」
と、必ず伝えていた。
デートで一緒に出かければ
「師匠とこうして歩けるなんて夢のようです。ずっとこうしていたい」
と、伝えるし、車道側は必ず僕が歩くし、気を遣わせないように重い荷物を持つし、食事する席は必ず奥を師匠に譲った。僕は師匠への気持ちを言葉で、行動で必死に伝えていた。それは僕なりの精一杯のロマンチックだった。
僕と師匠がお付き合いをしてから、春、夏、秋が過ぎ、冬がやってきた。
僕は、師匠に連絡せずにこっそり調味市に戻ってきた。師匠の家のドア前で、しゃがみこんでその帰りを待っていた。師匠サプライズ喜んでくれるかな、と僕は師匠に会うのが楽しみで楽しみで仕方がなかった。
「モ……モブ? こんなところでなにやってんだ! こんなに寒いのに……風邪ひくだろ!」
師匠は自分のアパートを見上げて、僕がいることにいち早く気づき、驚いて階段を駆け上がって来てくれた。驚いているその姿はなんだかかわいかった。僕は急いで立ち上がって、待ちわびていたその人の目を見て言った。
「おかえりなさい。師匠が帰ってきたときに、僕がいたら喜んでくれるかなって、思ったんです。師匠、会いたかったです」
僕は鼻水垂らしながら、笑顔で師匠を口説いた。
「モブ、鼻水出てるぞ! 寒かっただろ。なんだよ連絡くれれば良かったのに……」
そう言った師匠は、ティッシュで僕の鼻水をサッと拭き、僕を家に引っ張りあげて、超高速でお風呂の準備を済ませ、僕を風呂場に放り込んだ。
ポカポカになって、風呂場を出ると、もう二度とこんなことするなと少し涙目になった師匠に怒られてしまった。
師匠は僕の身体を心配してくれてるみたいだ。申し訳ない気持ちもあったけど、少し嬉しかったし、怒った姿もかわいかった。
「もうこんなことがないように、お互いの家の鍵を持っておこう」
と師匠が言い出した。
「え? それって合鍵ってことですよね」
「お前、何嬉しそうにしてんだ。俺は怒ってるんだぞ」
僕が少しニヤっとしたのがバレていたらしい。
「師匠、明日休みですよね? 早速作りに行きましょう」
「おう……」
「そうと決まれば、今日は明日のために早く寝ましょう!」
そう言って、僕は師匠が用意してくれたお客様用の布団に横になり、いつも伝えている言葉を、電話越しではなく、そこにいる師匠に直接言った。
「おやすみなさい。師匠好きです」
翌日、僕は師匠と一緒に、鍵屋さんに行った。
「ついに、合鍵作っちゃった……」
僕は完成された物を手にした瞬間ポロっと言葉がこぼれてしまった。
師匠の家に戻って、お互い向かい合わせに座り、お互いに作った鍵を渡し合う。
「これでいつでもお互いの家に行けますね」
「まぁこれで昨日みたいなことがなくなるな」
僕も嬉しかったけど、師匠も嬉しそうだった。
僕たちはこれまで、恋人らしいことは全然してこなかった。それでも僕は幸せだった。師匠とずっと生きていきたい。それが僕の願いだった。それが突然合鍵を交換した仲になってしまった。僕はもうなにも怖いものはなかった。
それからの僕たちは変わらぬ関係が続いていった。そんな関係に変化が訪れたのは、付き合いはじめてから2年が過ぎた頃だった。僕は大学3年生になっていた。
僕たちは相変わらず恋人らしいことはしていなかったが、師匠が突然、下を向きながら照れくさそうに
「モ……モブと手、繋いでもいいよ」
と言ってきた。僕は嬉しかったけど、師匠に嫌な思いをさせたくなかったので念入りに確認する。
「本当にいいんですか? 僕、師匠と手繋いでもいいんですか?」
コクンと頷いたのを確認して、僕は恋人になってからはじめて、手を繋いだ。
手を繋ぐことを許された僕は、会う度に師匠と手を繋いだ。幸せだった。
それからはあんまり日は経たず、
「モ……モブになら抱きしめられてもいいよ」
と師匠は言ってきた。やっぱり照れくさそうに視線は逸らされていた。僕は師匠を抱きしめてもいいか、再度確認をしてからゆっくり抱きしめた。僕は恋人になってはじめて師匠を抱きしめた。それからは会う度に手を繋ぎ、ぎゅっと抱きしめるようになった。この上なく幸せだった。
手を繋ぐことも、抱きしめることも慣れてきた頃、
「おれ、モブと……き……キスしてもいい」
と師匠に言われた。僕は僕なりに、これまでスマートにエスコートしてきたつもりだった。
「き……す……。ぼ、ぼ、僕、師匠と本当にキスしてもいいんですか」
もしかしたらそろそろ来るかも、と内心思っていたのでシュミレーションしてきたはずが、実際の師匠のキスOKの破壊力は想像以上だった。
「いいよ」
かっこ悪い僕の返答なんて、何もなかったかのように、師匠が言う。師匠の顔は真っ赤だった。それに負けじと僕の顔も真っ赤だったと思う。
僕と師匠ははじめてキスをした。
それまで僕は師匠とのお付き合いの上で、恋人らしいことはなくても、師匠と一緒にいれればいい。と思っていた。今もそれは変わらないけど、師匠とのキスが少し僕を変えたような気がする。今まで蓋をしていた欲が上昇していくのを感じていた。僕はキスを許されたその日に、師匠の口の奥深いところまで知ってしまった。僕はもっともっと知りたいと思った。でも師匠が嫌がることはしたくない。それだけは守り通したかった。
それからは会う度に手を繋いで、抱きしめて、キスをした。会えない日々を埋め合わせるかのように僕たちは繰り返し繰り返しキスをした。
「俺、モブとしたい」
師匠は僕の目を見てはっきり伝えてくれた。それは付き合いはじめてから3年ほど経った時だった。
僕は恋人らしいことはしなくとも、師匠と一緒にいれればそれでいい。と今でも思っている。でもこうして大好きなこの人と恋人らしいことができること、それも本当に嬉しいことだった。
こんな幸せが今後もずっと続いていくように。僕はこれからもこの人を精一杯大切に愛し続けたい。
おわり