グッバイセンチメンタルジャーニー(フロ監) 起きたら目の前にフロイド先輩が寝ていたのでめちゃくちゃびっくりした。叫びそうになる口を抑えて、慌てて反対側に寝返りを打つ。シーツの感覚も枕の柔らかさも、全然馴染みがない。横目で見た天井も、いわゆる”見知らぬ天井”だった。
寝起きの頭をめぐらせて思い出す。そうだ、ここはホテルだ。旅先の。本当は昨日の午後に着くはずだったのに、船の運行が大幅に遅れて到着が夜になった。
しかも予約がうまくできてなかったとか先に送った荷物がひとつ足りないとか、うそみたいなトラブル続きで、もう心身ともに疲れ切ったふたりはほとんど会話もないままベッドに突っ込んで熟睡してしまった。
フロイド先輩とは別に付き合ってもないし、そういった恋愛の色はまったくない。だから、私が4年生の実習期間、この世界のあちこちを巡って見聞を広める旅に出るんですと打ち明けた時「じゃあ俺もいく〜」とまるで週末映画に行くようなノリで約束してきたのか未だに謎だった。しかも、それを有言実行している。
本当にどうしてこんなことになったんだろう。
「……考えごと終わったぁ?」
「ヒッ」
「なにヒッて尾びれでも攣ったの?」
「いえ……お、はようございます……」
「んーおはよー」
いつの間にか起きていたらしいフロイド先輩が後ろから覗き込んでくる。背を向けて寝転がっていたから、上体を起こして覗き込まれると、まるで上から降ってきたみたいでほんとに心臓に悪い(リリア先輩を思い出した)。
「てか腹減ったね。小エビちゃんも空いたでしょ」
「そうですね……昨日いろいろあって結局晩ごはん食べませんでしたもんね」
「ラウンジ行けばまだ朝食やってそうだけどせっかくだし外行く?」
「いきます」
「即答じゃん。じゃ小エビちゃん先鏡使いなー俺シャワー浴びるから」
「はーい」
シャワーの音を聞きながら手早く身支度をする。身だしなみ程度の化粧をしながら、フロイド先輩って洗面所のこと鏡って言うんだなあと新たな発見に気づいて少し口元が緩んだ。
昨日乗船したあと、チケットを握ったままだった私を見て「失くさないようにぽっけにしまいな」と言い出して、それもまた可愛かった。身長190あるけど。
時刻は9時ちょい過ぎだったから街の1日はとっくに始まっていて、人々の活気で溢れていた。石畳の大路の両サイドには隙間なく小店が連なり、軒先に並ぶさまざまな商品はどれも見慣れないもので心が弾んだ。
「外国に来たって感じします」
「小エビちゃんそもそもこの世界のニンゲンじゃねーんだからどこ行っても外国じゃん」
「それはそう」
「まー俺もずっと海んなかで生きてきたから似たようなもんかもね」
フロイド先輩はスマホでマップを確認しながら、なんでもないことのように言った。でもその言葉はすごく意外で、同時に、誰にも寄り添われることがなかった言いしれぬ寂しさに触れられた気がしてドキッとした。
「だから着いてきてくれたんですか?」
「だからっていうか、理由って必要あんの? なんか楽しそうだから着いてきた飽きたら帰る、そんだけ」
「フロイド先輩らしいですね」
「……小エビちゃんはさぁ」
確かになにかを言いかけたのに、続きは港から聞こえる汽笛の音にか掻き消されてしまった。続く人々の歓声で、なんですかと聞き返す空気でもなくなってしまう。
タイミングを逸したまま呆ける私にスマホの画面が差し出される。
「ここどーお?」
「! おいしそう……!」
「じゃ決まり」
にやと歯を見せて笑ってそのまま歩きだす。勝手についてくればと言わんばかりの気まぐれな背中を慌てて追いかける。その歩幅は学園で見慣れたものよりずっとずっと小さくて、可愛い言葉遣いをみつけたときと同じ気持ちになった。
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続きたい
習作 作業時間60分くらい