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    さもえど

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    さもえど

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    自探索者とよその探索者さんとのssけも耳生える話 〜好日軒の場合〜

    新型感染症が未曾有の大流行の後にその矛を納めたかと思えば、のべつ間もなく新たなパンデミックが発生した。
    今度こそ、対抗手段もないままに人類は翻弄されているのである。
    しかし新たな脅威は、高熱を出すわけでも味覚を奪うわけでもないらしい。

    いわゆるケモ耳、なるものを生やしてしまうのだとか。
     
    そんなバカな。耳を疑うようなニュースにそう思ったのも束の間である。
    いつものように顔を洗おうと鏡に向かったら、自身の頭がもふもふの耳を一対携えているのであった。
    そのうえ一層もふもふの尻尾が腰からぶら下がっているのを見てしまえば、田畑俊郎は鏡の前で崩折れるしかなかった。
     
    報道を見る限り、放置しておけばすぐに戻るらしい。
    特に害のある症状ではないため、かわいらしいパンデミックに襲われながらも社会はいつも通り回っている。
    新しくできた耳を触ってみる。
    三角形の耳は猫のようにも、犬のようにも、あるいは両方のように思える。
    灰色の毛は先端が僅かに白く、しばらく悩んだ後、田畑はこの耳が狼のものではないかと推理した。
     
    外へ出ると、例えるまでもなく動物園が広がっていた。
    馬耳を立てながら走っていくサラリーマン、散歩させている犬とおそろいのふわふわを生やした老婦人、フェレットのような大きな耳を揺らす学生に、仲良く猫耳を生やした親子。
    もちろん、好日軒も例外ではない。
    扉を開ければ、最近入ったばかりの大学生が、ちょこんと細長い耳を動かしながら挨拶してくる。
     
    「あ、田畑さん。おはようございます」
    「ん、おはよう」
    「ほらー!やっぱり言ったでしょ?田畑さんは意外と肉食動物だって!」
    「本当だ…。絶対ウマとかだと思った…」
     
    最近の若者は恐ろしい。この状況に完全に適応している。
    誰にどんな耳があるかの予想で盛り上がっていたようで、うわー!だの見えなーい!だの言いながら紙にマルバツを書き込んでいる。
    自分は草食動物の予想が多かったらしく、候補にはヒツジやウマの名前が何人にも挙げられている。
    ん?一人だけ『メンダコ』と書いている奴がいる。
     
    ……何書いてんだアイツ。
     
    哺乳類ですらない。
    『理由:へにょへにょしてるから』
     
    なんて失礼なんだ。
    不遜な後輩様に不服を申し立てねば。
    姿を探すが、しかし控室には見当たらない。
     
    「田畑くん、おはよう」
     
    穏やかな声に振り向けば、店長がもふもふと控室に入ってくる。
    (この「もふもふ」というのは妙なパンデミックの影響で生えたケモ耳ではなく、彼自身が出している擬音であることをここに注釈しておく。この店の店長はなぜか鶏の姿をしているのだ。理由はわからない。)
     
    「おはようございます、店長」
    「ふふっ、素敵なお耳だね。似合っているよ」
    「はあ…」
     
    ところでなぜ店長の姿は変わってないんですか、とは聞かない。
    この世にはツッコミを入れても仕方ないことが沢山あるのだ。
    この店に入ってから、そしてあの後輩と出会ってから、田畑俊郎はそう学んだためである。
     
    「店長、アイツ見ませんでした?」」
    「ローマくんのこと?」
    「先輩への認識を改めてもらう必要がありますからね」
     
    そういえばアイツは何を生やしているのだろう。
    うるさい奴だから、トサカでも生えてるかもしれない。店長とお揃いにもなるし。
     
    「そっか、田畑くんはまだ見てないんだね」
     
    店長は優しく、しかし含みのある笑み(鶏なので、あくまでこちらが受け取った印象である)を浮かべる。
     
    「彼ならずっと御手洗いにいるよ」
     
    ーーーーーーー 
     
    しばらく待っても戻って来る気配がないため、御手洗いまで様子を見に行くことにする。
    洗面所の鏡の前に長い金髪を垂らした背中が見えた。金色の中に薄い茶色が混ざっている。
    こちらに気づいたのか、ローマが振り返る。
    開口一番文句を突きつけてやろうと思っていたのに、その姿を見て言葉を失ってしまった。
     
    うさぎだ。
    細長い特徴的な形状の耳。彼の髪質に似た柔らかな毛に覆われている。
    しかし、通常であればピンと天を突くであろう耳は、側頭部から肩のあたりまでだらりと垂れ下がっている。
     
    「…あれだ、あれ。ロップイヤー?」
    「うるさい」
    「まさかお前がな。寂しいと死んじゃうってか」
    「ええい!うるさいと言っているだろう!!」
     
    よく見るとエプロンの結び目の下から、ぴょこんと丸っこい尻尾が覗いている。
     
    「貴様は…なんだ、メンダコじゃないのか。」
    「ルールがおかしいだろ」
    「へにゃへにゃしているし」
    「だとしてもだよ」
     
    軽くチョップを食らわせる。
    ぐぬぬと不満げな顔をするローマ。
    しかしはっとした表情をすると、すぐに鏡へ向き直る。
    ヘアブラシを片手に持ちながら、鏡と睨み合っている。
     
    「どうでもいいけど、お前髪縛れよ。もうすぐ店開けんだから」
    「貴様に言われるまでもなく分かっている。ただ…」
     
    ローマは鏡越しに己の耳を睨み、言った。
     
    「上手く縛れん」
     
    確かに、長く垂れ下がった耳は、生え際から毛束を不自然に分けてしまっている。
    耳が視界の邪魔をするのもあって一本にまとめるのは苦労しそうだ。
    普段はポニーテールから編み込みまで起用にこなすコイツが何十分も苦心しているのだから相当だろう。
    「ああもう鬱陶しい!いっそ切り落として…」
    「バカバカバカ飲食店で流血沙汰起こすな」
    「しかし」
    「わーった、わーったから」
     
    今にも耳を引きちぎりそうなローマを諌めて、ヘアブラシを奪い取る。
     
    「俺が結んでやるから」
    「はぁ?貴様に」
    「できるわけ、あるんだな。大人しくしてろ」
     
    ブラシを軽く通すと、金色がさらりと流れた。
    素人目に見てもしっかり手入れされた髪だと分かる。
    流水のような手触りをしているのに、不思議と脳内に浮かんだのは麦畑だ。
    普段人の髪をあれだけ貶しているだけはある。美しい髪だった。
    結んでしまうのを、もったいないと思ってしまう程に。
     
    手首に嵌めていた予備のヘアゴムを咥える。
    一房にまとめるは難しい、ならば。
     
    「これでどうだ」
    「………!」
     
    左右にそれぞれまとめられた、2本のおさげ髪。
    毛束の流れが変化しているため、髪に無理をさせないよう緩めに結んだ。
    ただ、衛生的な観点から軽く編み込んで長くなりすぎないよう調整してある。
    どうしても垂れてしまう横髪は、前髪と一緒にヘアピンで抑えた。
     
    「及第点だな」
    「お前…。困ってる後輩を助けてやったんだぞ」
    「ああ。感謝するよ、先輩」
     
    珍しく素直に感謝されたので面食らってしまった。
    満足そうに毛先をいじっているあたり本当に気に入っているらしい。
     
    「貴様が髪を結えるとは思っていなかった。やればできるじゃないか。」
    「まあ、娘にやってあげたからな」
    「自分の髪型にもこれくらい気を使え。みっともない」
    「この髪でやってもしょうがないだろ。ボサボサだって言ってくるのお前じゃねえか」
    「後でローマがシャンプーを見繕ってやる」
    「結構だ」
    「しかし」
     
    ローマはこちらを見つめて不服そうな顔をする。
     
    「何が不満なんだよ」
    「髪のことじゃない」
     
    肩まで垂れた耳を持ち上げながら、恨めしそうに言う。
     
    「なんで貴様が狼なんだ」
    「俺が聞きてーよ」
    「貴様が狼ならローマはライオンだろ!解せん!」
    「似合ってるよ、うさ耳」
    「どういう意味だ」
    「店の雰囲気にも合ってるし」
    「…本当にどういう意味だ?」
    「ん、いやだって」
     
    無意識というのは恐ろしい。
    その言葉がこの場において何を意味するのか、考えることなく口に出してしまう。
     
    「美味しそうだし」
     
    目を見開いたローマを見て初めて、自分の失言に気づいた。
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