シンプルだけど上品で可愛らしいデザインだなと、さすがの俺でもそのぐらいは感じ取れる。白を基調にしたケーキスタンドがでてーんと置かれたテーブルには、お揃いであろうティーカップとお皿が用意されていた。
「いただきまーっ」
「待て拓也」
「んだよぉ…あ、こーゆーのは写真とんのか」
脇に退けていたバックからすちゃりと取り出したスマホをひらつかせる。そうだよな、せっかくキレーでカワイー空間だからな。
数日前、破顔しながら突きつけられた液晶には予約済みの文字が浮かんでいた。何のことだと輝ニを見ればそれはもう嬉しそうに「行くぞ、アフタヌーンティー」と言ってのける。デートではなくお茶のお誘いに、疑問を感じる間もなく冷や汗が滲み出た。
俺の予想は的中して、当日朝イチぶち込まれた浴室でシャワーを浴びせられる始末。もちろん冷水だ。
はいはい!そんなこったろうと思いましたよッ!!知ってた!!
パシャリ、一度シャッターを鳴らした端末をいそいそとバックへと戻す。
「えっ…1枚でいいの?」
「記念に撮りたいだけだからな」
こういうのって、ばえ~とかいって何枚も何枚も取るもんじゃないのかなと思うんだけど、そういうところが輝ニらしいな。おそらくその写真も、泉への報告用といったところだろう。ふっと笑みを零した俺に、キレイなラメが乗った瞳と、そのアイシャドウにも負けないきらきらした目線が向けられる。
「さあ、食べよう!」
ああもう……かわいーなぁ…。
リップでぷるんと潤った唇の前で、細くて長い指が合わさった。いただきます、声を出した後フォークがケーキスタンドへと伸びていく。一度手元の皿へと置かれ、2つに切ってから口へと運ばれていった。
「ん〜〜〜っ」
「ふっあははっ…嬉しそうな顔ぉ…んじゃ俺も〜」
輝ニが取ったやつとは別のケーキへフォークを伸ばし、そのままぱくりと頬張った。ショートすぎるショートケーキのこってりとした生クリームが口いっぱいに広がり、甘いなと、至極当たり前な感想をもつ。
「おい、行儀悪いぞ」
「んあ?…あー悪い」
「せっかく塗ってやったのに、そんな大口開けるから…ふっ、クリーム付いてる…」
取り出したハンカチが俺の唇を拭う。むず痒くなり、離れていくハンカチへと見線を下げた。クリームの白に淡いピンクが溶け込んで、ああそうだと、頬が引きつった。
「後で化粧直しが必要だな」
なあ、拓子ちゃん♡
突きつけられた小型の鏡で、オレンジ色のアイシャドウを載せた瞳と目が合った。
アイロンで真っ直ぐ伸ばされた髪に差し込まれた花柄のカチューシャは、俺のために買っていたものらしい。イエベハルらしい俺は暖色を充てがわれがちで、楽しそうに着せ替え人形…着せ替え人間遊びをする輝ニは寒色がよく似合う。そういうのをブルベって言うんだってのを教えられた。プレゼント選びの参考にはなるけど、俺自身には不要な知識が増えていく。
華奢になった肩を覆うふんわりとしたブラウスはシフォンって言うらしい、それも教え込まれた。なで肩ぎみの私には似合わないだとか、骨格なんちゃらでお前によく合うなと、上裸の俺♀に押し当てられた。
下着ですか?お揃いがいいって駄々をこねられたがサイズがなかった…俺のサイズが。あんな絶望に打ちひしがれた輝二を見たのは久しぶりで笑ってしまった。そんなに悔しがるなら、多少きつくても我慢してやるぞと言ってやったのに「形が崩れるから駄目だ」って食い下がる。仕方ない、妥協だと悔しそうに別のセットを持ってきた。こちらもご丁寧にオレンジ色だ。カップ付きのキャミソールでいいし、なんなら自前のパンツ履きてぇのにお許しが出ない。ほとんど同じ高さの眉間に指をぐりぐりと押し付けながら有無をいわさず「着けろ」の一点張り。こえぇー…。
トップスがこれなら、スカートはこっちと弾んだ声で見せつけられたのはひざ丈のタイトスカート。濃いブラウンが落ち着いた雰囲気で内心ほっとした。フリフリなミニスカートとか絶対ヤだもん。ドレスコードでもあるのかと思ったら、雰囲気でいいらしい。
さすがにヒールを履く技術がない俺のために用意されたローヒールのローファーに合わせたフリルのついた靴下が、すべすべな脛より下でひらついている。
ちなみにスカートを履くときにケツがきつくて顔をしかめた俺に「…なんか、えろいな」って言ったの忘れねーからな?別に太ってるわけじゃないんだからッ。
カワイラシー俺の出来上がり。満足げに表情を綻ばせた輝二が、変わらない細さの指を絡めとった。可愛い、よく似合ってる、最高だと絶賛の嵐。タクコ、ウレシーアリガトーって棒読みの返事しかできない。お前の性癖こじれすぎだろ、ある意味女装した彼氏の変わり果てた姿に歓喜されても…最近輝二からのプレゼントは八割女物なんだけど。…まあここで、ちゃんと”拓也”に似合うものも用意するあたりずるいよなって思ったり。ホント、ずっりぃーの…好きだなぁ、悔しいし言わないけど。
「あっ、あ~次は輝二が食べたやつ食おうかな~」
「これだな、食べさせてやるよ。はい、」
あーん♡と差し出されてしまったら断るわけにもいかないだろう。ほとんど女子しかいない空間に輝二の気が緩んでるみたい。普段は絶対しない、ってか俺自身が恥ずかしくてできなかった夢が叶ってしまった。指摘された通り小さく開けた口にケーキを招き入れる。嬉しそうに笑いかけられ、口内と雰囲気の甘ったるさをカップに注いでおいたストレートティーで流し込んだ。
「おいしい?」
「…ん」
「そうか」
自分の皿に乗っていた残り半分が、ぷるぷるの二枚の壁の内側へと消えていく。関節キスだあ♡なーんてガキくさいこと今更気にならないけど、肩に重みを感じる今の姿じゃテレが出た。
「なーぁ~、なんで俺誘ったの」
「ん?」
ミルクティーに口をつけた輝二が目線だけ上げてくる。元から一口サイズのシュークリームを口に放り投げ、「こら」とされる注意を受け流しながら疑問を問いかけた。
「いつもこういうのは泉と一緒じゃん」
「まあ、そうだな」
人付き合いがそこまで得意じゃない輝二が一番気を許す友人は自然と泉になっていた。次いで純平と友樹…かな。もちろん俺は友人じゃない、別格だ。ここで輝一の話をだすのはやめよう、それこそ別格になってしまうから。
「美味しいデザートを、お前とも楽しみたかったんだよ」
「こうじ…」
そうはにかみながら返されて、愛おしさに胸を抑えるポーズを取りながら、いや待てよと、別の思考へと陥った。別に男子禁制でもないだろうし、女になる必要は無かったんじゃ…?
聞かなきゃよかったと思いながらも、こうも喜ばれたら邪険にできない。惚れた弱みってやつだ。
男だろうが女だろうが喜んでくれるのはいいんだけどさ、主導権をそろそろ俺にも譲っていただきたい。輝二の目がケーキスタンドへ向いていることをいいことに、この後の反応を想像して舌なめずりをした。
「じゃあ次はどれ食べ、」
「俺の番。口、開けろよ」
あーん、して。
おもちゃみたいなフォークを真横に向け、ソファの上で指を絡ませた。びくりと身体を揺らした輝二の耳が徐々に赤く染まる。眼差しから本気かと訴えかけられた。やるのはいいけどやられる分は恥ずかしいらしい。きょろきょろ目線を迷子にして押し黙るから、ふっと笑いを漏らしながらダメ押しと首をあざとく傾げてやった。
「だめ?」
「…お前、ずるいぞ……」
「あははっ、俺のこーゆー顔好きじゃん輝二」
「好き、だけど…ああくそっ」
意を決して、目を伏せながらケーキが口へと消えて行った。
「……やるのも、恥ずかしいな」
「…じゃあやるなよ」
繋いだ手に力がぎゅうっと込められ、今度は俺の肩がびくりと揺れた。てっきり振り払われると思っていたのに、機嫌がいいのか他から見えないから許されたのか。
別格になるまでの長い道のりのお陰で、同棲までこぎ着けた今でも、元の姿で街中で手を繋いだりするはお互いに躊躇いがある。女子同士の謎の距離感は、泉と輝二で目の当たりにしてるんだけど、どうやらこの姿の時は吹っ切れるみたい。
さらに力を込めた手の平で返事を返す。
「……」
「……」
「…なんか言えよ」
「いやっ…なんって言うか…」
輝二が吹っ切れたとしても、こっちの心の準備は出来てなかった。仕掛けておいて何言ってんだって感じだけど、仕方ないじゃん…こんな体験初めてなんだから。キスだってセックスだってしているし、一緒にテレビ見てるときとかは繋いでるのに。外ってだけでこんなにも違うのか。
余裕のない心持に、しまったと顔をそむけた。
「…怒るなよ?」
「ものによるな」
「ゔっ……耳かして」
繋いだままの手ごと俺の匂いをさせる細身を引き寄せた。内緒話をするみたいに、そっと耳打ちをする。
「…早く帰りたい、んだけど…」
「どうした、トイレ行きたいのか?」
「ばか、ちげーよ!…察し悪りぃなぁもう…」
見た目が女でも、さすがに女子トイレは使えない。当たり前だが男子トイレもだ。帰宅を催促する俺に、膀胱の心配を返される。察せってんだ、俺の気持ちをよ。
「だからぁ!……早く二人っきりになりたいって言ってんの」
「へっ」
「もうさ、女のままでもいいからさ…抱かせてよ、お願いだから」
雰囲気ぶち壊しもいいところ。近くの席の会話は聞こえないけど、可愛いね美味しいね素敵だねってキャッキャしてる女性ばかりの空間でする話じゃない。そんなことはわかってるんだ、わかってるんだけど仕方ないだろ。ふっくらした身体で可愛らしい恰好をしていようが男なんだから。ただ、好きな女の隣にいる男なんだから。
どうにか頷いてくれないかと、輝二が弱いって言った顔でもう一度首を傾げながら「…だめ?」と伺いを立てる。
「……だ…だめ、じゃ…ない…」
輝二も耳打ちしてくるけど、勢い余ってぶつかった衝撃でカチューシャがずれてしまった。開いた手で位置を直し、身体ごと輝二の方へ向く。
顔を赤くさせ耐える様な面持ちの輝二が、リップが取れだした唇をゆっくりと開いた。
「…お風呂、入ってから……抱いて、くれ…」
ずるいってお前は言うけれど、お前も人のこと言えないからな。勃つものが無い代わりに、じゅくりと反応を示した下腹部に小さく呻く。
女子同士の距離感を目一杯味わってやろうと、アイロンで伸ばされた邪魔くさい前髪ごと輝二の額にこすり合わせた。