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    さめはだ

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    さめはだ

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    両片思い拓2♀、学パロ

     しっかり折れ目のついたスカート、その裾の下から惜しみなく晒されるしなやかな生足には紺色の靴下がとまっていた。普段ネクタイが結ばれている胸元には赤色のスカーフが括られており、動きに合わせて布先がふわりと揺れる。


    「……恥ずかしいんだが…」
    「carinoっ可愛い!似合ってるわよっ!」

     鏡に映った己の姿に頭が痛くなったが、隣で嬉しそうに微笑んでいる泉の姿にほんの少し自信の芽が出てきた。素っ気なく「…そうか」と口にした輝ニが再び鏡に目線を移せば、ついでと施された化粧ではない赤みを頬に載せた自身と目があった。



     ことの発端は、なんてことない「そういえば、なんでスラックスなの?」という泉の素朴な質問だった。男子生徒がスカートを選ぶ事は殆どないが、女子生徒がスラックスを選ぶ事は稀にある。幼い頃からの男児っぽい振る舞いが抜けず、自然と選択した制服とは既に2年の歳月をともにしている。クローゼットに掛かっている新品のスカートに今更手を付けるのもな、と輝ニは毎朝その細腰にベルトを巻いていた。

    「別に、俺が何を着ようがいいだろう」
    「ん〜そうだけどさぁ…」
    「…似合うとも思えないしな」

     それは無いと思うけど、口にしようとした言葉は声にならなかった。伝えた所で素直に聞くとは思わない。

    「ねえ、ものは試しで着てみない?」
    「…なぜ」
    「私が見たいのっ!それに…」

     側に寄ったブロンドが頬を掠め、擽ったさで顰められた眉間のシワは、耳打ちされた言葉で瞬時に解かれた。

    「なっ、んでアイツの名前が出てくるんだ!」
    「あら、図星だった?」
    「バカなこと言ってないでさっさと離れろ!」
    「顔真っ赤にしちゃって…ふふっ、そういうとこ可愛いわよね」
    「てめっ…泉ィ!」

     その口を抑えようと椅子から浮かした腰は、後ろから回された腕によって無事阻止された。こんなことをやってのける人間は一人しか思い当たらない。腹の前に回された腕を押さえながら、振り返りもせず棘を載せた声を投げた。

    「離せ輝一!」
    「あら早かったわね」
    「お待たせ…で、なんでこんな怒ってるんだ?」
    「恋する乙女は可愛いって話よ」
    「あ〜」

     その「あ〜」はなんだと叫びたくなったが、頭がキレる二人相手に分が悪いと悟った輝ニは押し黙る。押さえていた腕を振り切って、迎えに来た輝一と共に帰るためスクールバッグを肩に担いだ。わざとらしく荒々しく鼻を鳴らすが、照れ隠しにしか見えない姿に泉と輝一は顔を見合わせクスクスと肩を揺らした。

    「考えてみてちょうだい。少なくとも、似合わないとは思わないわよ」


     私も、拓也も。


     再び鼻を鳴らして逃げるように教室を後にした。



    ***

     源輝ニという少女は、つっけんどんな人間に見えがちだがその心は芯が通っていて優しい女性だった。

     そして、とても流されやすい。


    「………よし」

     殺風景な自室のクローゼットにしまってあるビニールがかかったままの制服を手に取った。未開封のそれをまじまじと眺め、袋を引きちぎる。

     本来、土曜日だから登校の必要はないが「駅前のパン屋さんに行って、その後夏服見に行きましょうよ」という誘いの元、待ち合わせに向かうため身支度を始める。昨日の泉の言葉が忘れられない輝二は制服のスカートをひらめかせながら自室を後にした。リビングで朝食の準備をしている義母にいつも通り朝の挨拶を口にしたつもりだったが、しっかりと裏返っていた。里美も、初めて見る娘のスカート姿に多少なりとも動揺を見せた。何かあったのだろうか、無理をしているのではないだろうか。心配を悟られないように柔らかく笑いかけ、変わろうと一歩を踏み出した愛おしい娘に普段と同じ「おはよう、輝ニちゃん」と声をかけた。

     「輝二ちゃんがどんな格好をしてようが、大切な娘だからね」という言葉に微笑み返し、少しばかりの高揚と共に家を出た。



    『スカート、履いたぞ』

     部活動をする生徒たちとすれ違いながら教室へと足を向ける。集合場所となった教室は、当たり前だが誰もいない。と、思っていたが、朝いちばんで送ったメールのおかげで先客がいた。双子の兄、輝一だ。

    「おはよう、輝二」
    「…わざわざ出てきたのか」
    「そうだなぁ…女の子二人のボディガードってところかな?」
    「…ん」

     手を引かれ、隣の席へと腰を落とした。ノリがついた慣れないスカートに悪戦苦闘しながらも、なんとかひだを崩さずに腰掛けられたようだ。勝ち誇ったような妹の表情に笑みを漏らし、真の待ち合わせ相手を待つことに。
     ほどなくしてやってきた泉のテンションの上りようにはさすがの輝一も若干引きぎみだった。「似合ってる!」「可愛いじゃないっ」「せっかくだから、少しメイクもしてみない?」と、とんとんと話が進み、双子が口をはさむ間もなく四角い化粧ポーチを取り出した。

     チップが瞼をなぞり、唇にはほんのりとピンク色がのる。目線で助けを求めてくる妹に手を振った輝一が、「そうだ」と閃いた提案を声にした。

    「拓也、呼ぼうか」
    「へっ?!」
    「こら、動かないで。…そうね~せっかくいつもより可愛いんだから、見せつけましょうよ」
    「ちょっと待ってくれ!そんな勝手に…!」
    「…はい、できた」

     陶器のような肌をピンクに染めながら渋り続けるから、泉がその顔の前に鏡を差し出した。

    「…これ…俺、か?」
    「ふふっ、そうよ~ちょーっとメイクしただけで、こんなに可愛くなるのよ?」
    「そ、そうか…。…うん、悪くない…」

     だよな、と向けられた目線に双方から大きくうなずかれ、輝ニの中の欲がむくむくと湧き上がってきた。

     別に、男のなりたいとは思はない。けれど自分に女の子らしさは程遠いと思っていた。やり方も、振るまい方もわからない。染み付いた所作や言動を自ら変える勇気が持てなかった。
     だが、気の置ける友人と、過ごした時間は一般的な兄妹とは違うが信頼する実兄の後押しで、もしかしたらが出てしまう。

     もしかしたら、アイツの隣を親友としてではなく、一人の女の子として並べるかもしれない。

     胸の内をじわりと暖かくしながら、不安な気持ちはしゅるしゅると萎んでいった。代わりに湧いてくる「会いたいな」という願いは、すぐ叶うことになった。


    「こーいち〜?部活終わったぞー」

     ガラリと引き戸が開き、ジャージ姿の拓也が携帯を弄りながら現れた。こんな早くに顔を合わせるとは思っておらず、咄嗟に泉の背中へと隠れる。「照れてる?」「…うるさい」と小声で会話してる二人を横目に、呼び出した張本人が口を開いた。

    「いきなり呼び出して悪いな。お前に見てもらいたくて」
    「ん?なに?」

     携帯をポケットにしまい顔をあげる。タイミングを見計らって背中を押され、隠れていた輝ニがスカートをひらりと揺らしながら一歩前へと踏み出した。

     何を言われるだろうか。笑われるのかもしれない。そうなったらいつもように「そうかよ」と素っ気なく返事をして、笑い合えばいいだけだ。でも、もしかしたら。もしかしたら、二人のように「可愛い」と言ってくれるかもしれない。
     期待と不安で張り裂けそうになりながら、何でもないといった表情を取り繕い、何時ものように「よう」と声をかけた。


    「………は?」
    「た……くや…」

     見つかってしまった、見られてしまった、もう後戻りはできない。さっきまでのハリボテの余裕は剥がれ落ちる。新品だったスカートの裾は、握りしめた手によって可哀想なぐらいのシワを残していた。

     何を言われるんだろうか…ひょっとしたらひょっとして、可愛いと、言ってくれるんじゃないだろうか…。友人と兄に絶賛されたおかげで低かった自己評価は浮上ぎみ。希望と理想を込めた眼差しで、入口に立ち尽くす拓也を見やる。

    「…どう、」
    「なあ、それ……なに?」

     冷ややかとも取れる目線を一身に受け、思わず後ずさってしまうところだった。なんとか耐えて見せ、半分正解の答えを返した。

    「…たまには、俺もそれ相応の格好をしようと思ってな」
    「……ふーん…」

     突き刺すような視線がつま先から頭のてっぺんまでをさらい、目があったかと思えばすぐに逸らされた。そして。


    「……見てらんねぇよ、それ」


    「……は?」

     たっぷりの空気を含んだ声は輝ニではなく兄の物。それは妹を侮辱したとも取れる一言に対してでもあるが、それよりも、この男が好いた女子に向けて言った事が信じられなかった。

    「ちょっと拓也!あんた、何言って、」
    「いや、いい。…いいんだ泉」

     肩に置かれた手は微かに震えていて、その姿に泉は口を噤んだ。

    「…ちょっと出る」
    「…輝ニ」
    「……」

     心配の色を乗せた泉に優しく微笑みかけ、扉の方へと足を踏み出した。拓也とすれ違いざまに「悪いな、変なもの見せて」と言葉を残しピシャリと扉が閉められた。それはまるで、輝ニの心の謝絶にも聞こえる音だった。



    ***

     日光が当たった埃ですらキラキラと舞ってキレイなのに。

     立ち入り禁止の屋上へと通じる階段は人の出入りが滅多にない。だから逃げ込むのには最適だった。
     汚れることも厭わず床に座り込み、壁に背をつけながらぼぉっと天井を見上げていた。目を閉じれば先の拓也の表情が鮮明に思い出されるから、ただ、天井を見上げ続ける。頭の中では「自販機新しい物入ってたな」とか「今度の日曜は、輝一と出かけよう」とか、今でなくてよい事柄を思い浮かべて。

    「………ーーー」

     失敗した、らしくないことをしてしまったからだなと、結局行き着いてしまった思考は自らの行いを失態と決めつけ責め立てる。虚無感。今更女子っぽく振る舞ったところで何も変わらないだろうに、何を期待していたのだろうか。

    「…はッ…涙でも出てくれれば、まだ可愛げがあるのになぁ……」

     呟いた声は掠れて消えていった。



    ***

    「……」
    「……」
    「……言い訳、させてくれ」

     すぐ様追いかけようとした泉を制した輝一が、これみよがしに特大のため息で返事を返した。

    「はあ……言ってみてくれ」
    「ゔっ……えっと、だな……えっと…」
    「ああもうっ!焦れったいわね!しゃきっとしなさい!」
    「………すげぇ……かわい…かった…」

     しばし流れる沈黙。その沈黙を破ったのは、微笑みで誤魔化せなかった傷ついた顔を向けられた泉だった。バンッ!と机を小さい手の平で叩き、わなわなと肩を震わせた後、教室に響き渡る声量で叫んだ。

    「さっさと追いかけて伝えて来なさいッ!!」
    「は、はいッ!!」

     返事とともに放り投げた鞄が床に落ちる前に、拓也の姿は見えなくなった。残された二人が同時にため息をつき、呆れ顔を見合わせる。

    「…世話が焼けるな」
    「はあ…まったくよ」



    ***
     
     バタバタと足音が聞こえ、うずくまった状態のまま声を発した。

    「…すまない、いきなり逃げ出してしまって…もう少し一人でいたいからさ…輝一は、泉と出かけててくれないか…」

     脱力しきった独り言のような声が床に吸い込まれていく。反応がないことに疑問を感じ、苛立ちを滲ませた声で「だからっ」と口にしながら顔を上げ、足音の正体が兄でも友人でもない事を知る。

    「…輝二」
    「…た、くや……」

     動揺してこぼした声は頼りなく震え、鼻の奥がつんと痛んだ。ついさっきまであれほど何ともなかったのに、気を緩めたら水の粒がこぼれそうになる。



     逃亡先を、図書室か屋上への階段の二択まで絞れた。距離が近い図書室の机の影や本棚の間を一つ一つ確認していたから、正解の階段にたどり着くのに十数分かかってしまった。祈るように階段を登り輝二の姿を確認できた。小さく丸まった輝二に焦りを憶えたが、見つけられたことにほっと安心もした。

     階段を登りきり、近づこうと一歩踏み出したところに冷え切った声がちくりと攻撃してきた。

    「はッ…わざわざ、文句言いに来たのかよ…」
    「やっちがッ」

     普段の口喧嘩と同じようにも聞こえるが、自嘲気味に笑う顔つきと隠しきれてない悲壮感たっぷりのそれは、拓也の胸をぎしりと鈍い音をたてて締め付ける。こんな顔をさせたのは自分なんだという現実が、どうしようもなく彼を責め立てた。

     とっさに挙げた否定を皮切りに、輝二が耐え切れず声を荒げた。

    「わかってるさ!こんなの似合わないってことは、俺自身が一番わかってる!」
    「ちげぇってば…!」
    「もうほっといてくれよ…っ!」
     
     何も言えない。だって封じたのは俺なんだから。走ってきて呼吸は乱れて苦しいはずなのに、冷え切った空気のおかげで脳内は澄んでいた。いや、なにも考えられないといったほうが正しいだろう。

     気が付けば、膝の間に顔をうずめる輝二の目の前にしゃがみ込み、ここ数年で開いた対格差を活かして、小さくも、己の中では何よりも大きい存在を腕の中へとしまい込んでいた。

     抱擁の衝撃よりも、いつも横からわずかに感じるだけだった拓也の匂いに包まれたことに肩がびくりと揺れる。抱え込まれたことによって頭は上げられない。臭かったりしないかな大丈夫かなと、不快になってないかと思考が頭をよぎり、こんな状況下でもコイツにどう思われてるかと気にしてしまう自分自身に嫌気がさす。沁みついた思考回路にがんじがらめにされ、すぐに非難は出来なかった。

    「…やめ、て…くれ…」
    「……やだ」
    「こんな…こんな……惨めになる…」
    「……」

     消え入るような声音に拓也の中の歯車が音を立てて動き出した。今、伝えなければ。二人の関係はうまく行って現状維持で、下手したら昔馴染みの知人への降格だ。

    「……俺さ、輝ニのカサブタがついた膝が好き」
    「………は?」
    「待って!まだあっからちゃんと聞いてっ!」
    「……」

     何を言い出すかと思えば、傷が良いと褒められる。斜め上の引っ掛かりに思わず涙も引っ込んでしまった輝ニは、抵抗を辞め、されるがまま続く言葉を待った。

    「制服のネクタイ締めるときの仕草もさ、お前の場合すげーキレイで、それを見てるのも好き」
    「……」
    「ベルトさ、男子と共通じゃん?マックスまで絞めても余ってるし…折れそうでそこは心配」
    「…そんなわけないだろ…あと、どこ見てんだよ変態」
    「…見えたんだよバカ」 
     
     話題選びを間違えたと思ったが、如何せんきっかけが「カサブタ」なのだから今更遅すぎる。空回り気味の言葉たちは失言にも聞こえるが、拓也が言いたいことをどことなく表していた。

     お前は、自分が思ってる以上に素敵な女の子なんだぞ、と。

    「……む、胸のボタン…ちゃんと上まで止めろよって…思ってたり…」
    「……そう、なのか…?」
    「…そ、うなん…です」

     締まる首元が疎ましく思い、今日も第2ボタンまで開けているから俯いたままの視界にインナーのキャミソールが覗き見えた。咄嗟に胸元を押さえ、今まで気にならなかった事に顔が熱くなる。

    「すっすまない…こんなもの見せてしまって…」
    「えっ、やっちがくて!もっと見たくなっちまうからさ…!」

     しゅんと項垂れる姿を励まそうと出た言葉はそれこそ失言で、余計なことを言ってしまったと口を覆った。腕の中で見上げてくる輝ニが目を白黒させ、その失言を口の中で噛み砕く。ごくりと飲み込み、みるみる顔が赤くなっていった。

    「はっ…え…えっ、み…見たい…のか?」
    「……」

     背中へと回された小さい手がジャージをきゅうっと掴んできた。突き飛ばされると身構えていた所へ、まるで離さないと言っているような行動に今度は拓也がその反応を飲み込んだ。

    「みっ………み……す」
    「…なんて?」
    「……ううっ……見たいですッ!!」
    「うるせっ」
    「あー!あー!そうだよ!見たいに決まってんじゃん!!」

     真っ赤になった顔面を隠すように輝ニの頭ごと胸板へと押し当てた。バクバクバクと、大きく早い鼓動に息が詰まる。

    「言っとくけどなァ!別に、女子だったら誰でもいいとかじゃねーかんな?!」
    「……まだ何も言ってないだろ」
    「いーや、お前はどうせ「俺ので悪いな」とか言うに決まってるっ」
    「……」

     否定しないのは肯定と同じで、確かに輝ニはそう考えていた。親友の年相応の欲望を自分で代替わりできるならそれだけで十分役得だと。

    「……さっきは、ごめん…ホントに、ごめんな…」
    「あっ…」

     直接的な言い方ではないがそれが何を指しているかのはわかった。ついに触れられた核心に声を上げた輝二の肩を掴み、ゆっくりと抱擁を解いていく。目じりに残った涙の跡に拓也の胸がきしりと痛んだ。

    「…その…えっと、えっとぉ…」
    「…言いづらいことなら、無理に言わなくても…」
    「いや、さすがに好きな子傷つけて平気な顔できないって…」
    「へ」
    「あ」

     雫を震わせた瞼がみるみると上がり、呆気にとられた大きな瞳が丸く見開かれる。比例して、拓也の顔面が火を噴きそうなぐらい赤く染まっていった。

    「ズッズボンもさぁ!こーじのかっこよさってーの?そーゆーのがわかるから、す…好きだし!だからえっと…スカート、ひらひらしってから…なんか、えっとな…初めて見たから驚いちゃって…その…」

     会話を繋げようと慌てて口を開いたが、目を見開いたまま硬直している輝二の耳に届いているか定かではない。聞こえていたとしても、拓也自身何を口走ってるかわかっていない言葉の羅列は散らかりっぱなし。「えっと」「その」と同じ言葉を繰り返す姿に、耐え切れず輝二が吹き出した。

    「ふっ、あはははっ!なに言ってるかわかんねーよ!」
    「えっ…え?!嘘、まじで?」
    「まじで。くっくくっ…少しは落ち着ついて話せ」
    「…んなに笑うことないじゃんか」
    「……ぷっ…ふふっ、あははっ!だって拓也お前、必死なんだから…!」

     口元に手を持っていき、小刻みに肩を揺らす姿に耐えきれず「笑いすぎだろ!」と声を荒らげた。

    「俺が言いたかったのは!にっ、似合いすぎてびっくりしちまっただけってこと!似合わねぇとは言ってねぇから泣くなっ」
    「な、泣いてなんかないぞ!」
    「気にするとこそこかよ?!」

     不本意ながらもやっと見れた晴れた表情に安堵して、赤くなった耳をごしごしとこすりながら立ち上がった。座り込んだままの輝二へと手を差し出して、握り返された手ごと引っ張り起こす。いまだに肩を揺らすから、いつものようにわき腹を肘で小突いてやった。

    「あ~あ~腹減ったぁ」
    「どこか食べに行くか?」
    「そうだなぁ…あ、駅前のパン屋さんもうすぐセールの時間じゃねーか?」
    「よし、決まりだな」

     狙ったかのように拓也の腹が音をたて、つられて輝二の腹も小さく鳴る。二人が揃って吹き出した。

    「あははっ!こーじも腹鳴ってやんの!」
    「お前こそ!すごい音鳴ってたじゃないか!」

     ひとしきり笑いあげ、ジャージのズボンが一歩を踏み出した。階段をとんっとんっと二段飛ばしで降りていくから茶髪が反動でふわふわと浮く。幼い子供みたいだと呆れ顔を浮かべながら、その背中へ続こうとシワが付いてしまったスカートをひらつかせる。

     とん、と踊り場に降り立った拓也が振り返る。3段しか降りてない輝二が首を傾げながら「なんだよ?」と声をかけた。

    「……さっき言ったこと、嘘でも冗談でもねーかんな」
    「さっき…て……えッ?!」
    「うわァ!急げこーじ!お前のチョココロネ売り切れるぞ!」
    「ま、待て拓也…!お前ッ、」
    「わーッ!わーッ!聞こえな~いッ!」
    「足早すぎんだろ…!」

     いつの間にか始まってしまった鬼ごっこ。先に捕まるのは拓也なのか輝二なのか。



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    さめはだ

    DONE成長拓2♀
     これが何度目のデートなんてもうわからない。ガキの頃からの付き合いだし、それこそ二人で出かけた回数なんて数えきれないぐらいだ。良く言えば居心地の良さ、悪く言えば慣れ。それだけの時間を、俺は輝二と過ごしてるんだしな。やれ記念日だやれイベントだとはしゃぎたてる性格はしていない。俺の方がテンション上がっちまって「落ち着け」と宥められる始末で、だからこそ何もないただのおデートってなりゃお互いに平坦な心持になる。

     でもさ……。

    『明日、お前が好きそうなことしようと思う。まあ、あまり期待はしないでくれ』

     ってきたら、ただの休日もハッピーでスペシャルな休日に早変わりってもんよッ!!



     待ち合わせは12時。普段の俺たちは合流してから飯食って、買い物したけりゃ付き合うし逆に付き合ってももらう流れが主流だ。映画だったり水族館だったり、行こうぜの言葉にいいなって返事が俺たちには性が合ってる。前回は輝二が気になっていたパンケーキだったから、今日は俺が行きたかったハンバーグを食べに行った。お目当てのマウンテンハンバーグを前に「ちゃんと食い切れんのか」と若干引き気味な輝二の手元にはいろんな一口ハンバーグがのった定食が。おろしポン酢がのった数個が美味そうでハンバーグ山一切れと交換し合い舌鼓を打つ。小さい口がせっせか動くさまは小動物のようで笑いが漏れ出てしまった。俺を見て、不思議そうに小首を傾げる仕草が小動物感に拍車をかけている。あーかわい。
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    さめはだ

    DONEモブ目線、成長一二。
     鍵を差し込んで解錠し、ドアノブを回す音が聞こえてきた。壁を隔てた向こう側の会話の内容までは聞こえないが、笑い声混じりの話し声はこのボロアパートじゃ振動となって伝わってくる。思わずついて出た特大のため息の後、「くそがァ…」と殺気混じりの呟きがこぼれ落ちた。

     俺の入居と入れ違いで退去していった角部屋にここ最近新しい入居者が入ってきた。このご時世にわざわざ挨拶に来てくれた時、俺が無愛想だったのにも関わらずにこやかに菓子折りを渡してくれた青年に好感を持ったのが記憶に新しい。

     だが、それは幻想だったんじゃないかと思い始めるまでそんなに時間はかからなかった。


    『あッ、ああっ…んぅ…ぁっ…!』

     
    「……」

     ほーら始まった。帰宅して早々、ぱこぱこぱんぱん。今日も今日とていい加減にしてほしい。残業もなく、定時に帰れたことを祝して買った発泡酒が途端に不味くなる。…いや、嘘です。正直、めちゃくちゃ興奮してる。出会いもなく、花のない生活を送っている俺にとってこんな刺激的な出来事は他にない。漏れないように抑えた声もたまらないけど耐えきれず出た裏返った掠れた声も唆られる。あの好青年がどんな美人を連れ込んでるのかと、何度想像したことか…。
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