干天の慈雨に報いる「監督の好きなもの……」
「真っ先に浮かぶのは酒だけど、俺ら未成年だし買えねえもんな」
「それは俺たちが成人してから贈りたいところだよな。名前入りボトルとかあるらしいし」
「これから寒くなるし、ウルトラライトダウンのベストとかどうですか！」
「お、いいじゃん、どうせなら赤にしようぜ！　音駒カラーで！」
「それだと還暦祝いになっちゃうから」
「「かん…れき……？」」
「六〇歳のお祝い。今回の主旨と違う」
「駄目かあああ」
　
　音駒高校の一大行事である文化祭を今週末に控え、その準備に奔走して生徒も教職員も、学校全体が忙しなくなる九月。春高予選を控えた男子バレー部も例外ではなく、部活動開始時間はいつもより一時間遅くなった。だからと言って終了時間が延長されるわけではないから、自主練もできないこの時期は短時間で効率的な練習が必要で、練習時間確保を優先するため猫又監督との打合せもいつもより短くなる。
　黒尾が監督に今日の練習について報告を終えて部室に戻ると、既に体育館を片付けた部員たちが車座になって頭を悩ませていた。
　
「お前ら、騒ぎ過ぎ」
　
　時計はそろそろ最終下校時刻を指すところだ。文化祭準備のため部室棟もまだ騒がしいが、さすがに教員の追い出しも来る頃だろう。すぐには結論が出なそうな今日の議題を前に、黒尾は部員たちに帰宅を促した。
　
「なあ、お前は何がいいと思う？」
「敬老の日のプレゼント？」
「そう」
　
　帰宅することに異議はないらしく、主将の言葉に素直に従って各々が荷物を手に部室を出ていく。全員の退出を確認をするため最後まで残った黒尾の横を、同じく忘れ物がないか確認していたのであろう夜久が通り際に問いかけた。
　
「そんなの、決まってるダロ」
　
　思わせぶりに笑って自信満々に言い切ると、黒尾を見上げる夜久はぱちりと大きく瞬きした。夜久だけでなく、先に部室を出ていた海や孤爪らにも黒尾の言葉は聞こえたらしい。複数の視線を感じながら、黒尾はわざとらしく丁寧に、がたついて癖のある扉の鍵をかける。
　
「勿体ぶるんじゃねーよ！」
「えー？　だってお前らも、わかってんだろ。俺たちにしかできなくて、監督が一番欲しいもの」
　
　気の短い夜久が部員を代表して発破をかけると、黒尾は扉からくるりと向き直ってにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。チェシャ猫みたいに人を試すような、だけどよく知ったその顔を見て、レギュラーメンバーの脳裏に今年に入ってからの共通目標が浮かぶ。
　
「「「ゴミ捨て場の決戦！！」」」
「だーから、騒ぐなっつってんだろ」
　
　元気な一，二年生の声を、呆れたように咎める黒尾の声もまた楽しそうに綻んでいる。
　
「監督の、長年の夢だ。引退されてたのを復活してもらってここまで来たんだ。俺たちがそれを叶えるのが、俺たちにできる最大の恩返しだろ」
「だな。そのためには、まずは俺らが全国行き決めないとな」
「おうよ！　ついでに全国制覇もつけてやろうぜ」
　
　三年生の言葉に下級生たちも口々に賛同して、満場一致で贈りものは決まった。そうと決まれば、やるべきことは一つだ。
　黒尾が差し出した拳に、海、夜久が続き、スタメン一〇人のそれが円をつくる。試合前には嫌がる孤爪も、このときばかりはスマートフォンから目線と手を外して参加した。
　
「俺たちは血液だ――」
　
　いつもの掛け声と、それに合わせて気合を入れた雄叫びがまだ明るい月夜に響き過ぎて、後日見回りの教員から苦情が入ったことにはこの際目を瞑って欲しい、とは黒尾の談である。