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    琴事。

    @kotokoto__0118

    小説を書く人です。20↑。物語と猫とインターネットが好き。
    ぽいぴくは基本的にTRPG関係のやつ置いてます

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    琴事。

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    鼓組長と五十嵐先生の出会いの話。
    鼓組長お借りしました~~

    結び目「……あ?」

     とある組に呼び出されて、傷を負った組員を治療して帰ってきた帰り道。飯どうすっかな、なんて考えながら歩いていた途中で、ガキが落ちているのを発見した。
     思わず足を止めて、じっと眺める。この距離では、生きているのか死んでいるのかの判別がつかない。
     はぁ、と一つため息を零してからまた歩き出す。無視しようと思った。この業界じゃ、よくあることだ。ガキが一人、行き倒れてることなんて。二十年近くこの場所に居て、すっかり理解していることだった。

     理解していること、のはずなのに。

    「おい、生きてるか」

     気づけば、膝をついてそう声をかけていた。近くに寄れば、胸が上下しているのが分かるものの、声かけに対する返事はない。意識はないのか、などど脳内でメモを取りながら、その体に触れる。その表面が驚くほど冷たくて、思わず呼吸があるか再確認してしまった。変わらず胸は上下している。なら、ずいぶん長いことここで一人倒れていたのだろうか。考えながらも、体は動く。その体を背負って、一度下した器具類の鞄を再び持って。

    「……なにしてんだか」

     言いながら、己の医院への道を歩いた。


     処置室のベッドにその体を転がす。四十年物の体にはやや重労働だったようで、思わず一つ息が漏れた。手早く確認と治療を済ませてから、椅子に腰を下ろす。それなりに疲れていたのだろうか、ふわりとあくびが漏れた。コーヒーを入れるか迷って、けれど再び立ち上がるのが億劫で少し迷う。視線をベッドの上のガキに一度向けてから、大きく溜息を吐いて再び立ち上がった。あんなところで倒れていたガキだ、どうせ訳ありで、そしてそういうやつは大抵警戒心も高い。向こうが目が覚めた時に、こっちが眠ってる状態じゃあそのまま殺される可能性だってある。今、俺が意識を落とすべきではないのだ。

     ふわぁ、とまた一つあくびを零しながら、処置室を出て裏の台所へ向かう。湯を沸かして、コーヒー粉を取り出して適当に混ぜてからそれを啜る。そうすれば、その熱さと苦さに少しは目が覚めた気がした。飲みながら、考える。あのガキについて。
     どこの誰なのか、どうしてあそこにいたのか、なんてのは今考えても仕方のないことだからいったん後回しにして。どうして俺は、あいつを拾ってしまったのか。
     見慣れた風景だ。よくあることだ。実際、今までだって何度か似たような景色を見たことはあった。それでも、そのたびに視界からそいつらを外してきた。俺が一度手を差し伸べたところで、どうにもならないのをすっかり分かってしまったから。こちらに来て、もう二十年だ。それが分からないほど、馬鹿ではない。
     だと言うのに、どうして俺は、こんなことをしてしまったのだろうか。

     思考が沈みかけた時のことだった。ガシャン、何かの倒れる音が耳に入ったのは。その音でハッとして、処置室へ早足で向かう。音だけで、何が起きたかはだいたい察していた。

     処置室の扉を開ける。開けた瞬間、何かが飛んできてそれを避けた。予想はしていたが、それでも思わず溜息が漏れそうになる。
     視線を向ければ、そいつは強い警戒の色を乗せてこちらを見ていた。

    「なんだ、死にかけてた割には元気じゃねえか」

     言いながら処置室の扉を後ろ手に閉めて中に入る。処置室の中では、ベッド横に寄せていたガードルが倒れていた。さっきの音はこれか、思いながらもそれを起こす。

    「……ここ、どこだ」
    「俺の医院だ。お前が落ちてたから拾った」
    「なんだ、ヤブ医者かよ」
    「わりいな、これでも一応正規の医者だ」

     言いながら、散らかった処置室を軽く片づけていく。

    「ほんで、怪我人は医者の言うことを聞くもんだぜ。……まあ、その様子じゃあ言うこと聞く気はねえようだが」
    「うるせえ」
    「文句言う元気はあるようだな」

     言いながら、ベッドの向かいに椅子を持ってきてそこに座る。いまだ強く警戒するそのガキの目は昏い。ああ、やはりかと思った。

    「名前は」
    「お前に言う義理ないだろ」
    「そうかい」

     言いながら、処置室内のデスクの引き出しに手を伸ばす。中を探れば、記憶通りいくつかの菓子がそこに入っていた。

    「……言っとくけど、金なんかないぞ。それとも体目当てかクズ」

     言われたそれに、思わず鼻で笑ってしまった。

    「まあ、もちろん治療の対価は貰う、が」

     ベッドに近づく。そいつの警戒の色が強くなる。

    「そのためにもまずは怪我治せ、何するにも体が資本だ、特にこの業界はな」

     言いながら、ベッドの上に手の中にあったチョコ菓子を転がす。そのガキが一瞬、ぽかんとした表情になったのが分かった。なんだ、年相応の顔もできるじゃねえか。

    「とりあえずそれ食っとけ、これから飯持ってきてやる」

     そうして裏の台所に向かうべく、再び処置室の扉を開ける。そのまま出て行こうとして、その前に一つ言い忘れたことがあると気づいた。

    「それから、俺はお前みたいなガキに欲情するクズじゃねえよ」

     言って、今度こそ処置室の扉を閉める。これで、処置室に戻ったときにガキが居なくなってたらその時はその時だ。

     再び戻った台所で、まずはレンジにうどんをぶち込む。冷凍のそれを二つ解凍している間に、ヤカンを再びコンロにかけて、それから冷蔵庫を開けた。中を見て少し迷って、常備してる蒸した鶏肉と卵を取り出す。続いて冷凍庫からほうれん草を取り出して、一度作業台へ。そうしている間に、レンジがチンと音を立てた。レンジの中のうどんを取り出して、今度は冷凍のほうれん草をレンジの中へ。取り出した熱いうどんは、それぞれどんぶりにぶち込んだ。チン、とレンジが鳴って、ほうれん草の解凍が終わる。あとは湯が沸けるのを待つのみだ。
     湯が沸けるのを待っている間に、飲みかけのコーヒーを飲み干す。少しすれば、ヤカンがやかましい音を立てて沸騰したことを告げた。コンロの火を止めてから、どんぶりにそれぞれ適当に湯をかけていく。冷蔵庫からめんつゆを取り出して、目分量でそれぞれに足して箸で混ぜた。その上に鶏肉とほうれん草を乗せて、卵を割って落とす。あの年ごろガキには物足りないだろうが、とりあえず今は胃に優しいものを食わせるべきだと判断したが故のうどんだった。

     盆にどんぶりを二つと、水の入ったコップを二つ、箸を二膳。それぞれ乗せて処置室へ戻る。裏で飯を作っている間、もうでかい音は聞こえなかった。

    「よぉクソガキ、戻ったぞ」

     一声かけてから、足で処置室の扉を開けて中に入る。ガキは、ベッドの上で丸くなっていた。ピクリと反応はしたから、起きてはいるらしい。

    「どうせしばらく飯食ってねぇんだろ、これ食って寝ろ」

     言いながらベッド横のテーブルに盆を乗せる。匂いに釣られたのか、むくりとガキが起き上がった。

    「……なんも仕込んでねえだろうな」
    「文句言うなら両方俺が食うぞ」

     言いながら、片方のどんぶりを取って椅子に座る。俺がずるずる啜り始めたのを見てか、そのガキもどんぶりを手に取った。少し迷ってから、結局箸も取って食い始める。思っていたよりは落ち着いて食っている様子が見て取れて、飯が全く食えない環境に居たわけではないのか、なんて考えた。

    「お前、なんでこんなことしてんだ」

     ガキからそう問われたのは、二人して無言でうどんを啜る時間が少し過ぎてからだった。その問いが、「どうして俺にこんなことをしてるんだ」という意図であることもすぐにわかる。けれど、俺はそれにすぐに答えることができなかった。

    「……別に、ただの気まぐれだ」

     結局そう誤魔化す。自分でも分かっていないのだ、どうして俺がこんなことをしているのか。

    「変なクソオヤジだな」
    「うるせえクソガキ、さっさと食え」

     言いながら箸を動かそうとして、ぼそり、ガキが呟いた。

    「……鼓」
    「あ?」
    「獅子張鼓。名前。クソガキじゃねえ」

     箸を置く。少しだけいい気分だった。

    「ずいぶんとけったいな名前だなあ」

     言ってやれば、そいつはふんと鼻を鳴らしてから再びうどんを啜る。それを見てから、俺もまた箸を動かした。

     こんな業界に居れば、若い頃に養ったはずの倫理観やら常識やらはすべて無意味なものとなる。それでも、二十そこらまでは向こうの人間だったのだ、俺だって。すっかり捨てきったと思っていたそれらは、どうやらまだ俺の中に残っていたらしい。つまるところ、世間一般的な良心だとか、親切心だとか……俺が、医者を目指したきっかけだとか。見ないふりをしていた、それらの残りカスが、今日こいつを見て思わず手を伸ばしてしまった原因なのだろう。
     もしかしたら、こいつを今日治療したことによって、俺は明日死ぬかもしれない。明日じゃなくても、未来に死ぬかもしれない。そういう業界だ、分かってる。それでも。
     それでも俺は、きっと、こんなガキがそのまま死んでいくところなんて見たくなかったのだ。本当は、ずっと。

     俺もどうやら、まだまだ若いらしい。たったこれだけの出来事で、すっかり食いなれたこの冷凍うどんが、どこか違う味な気がするのだから。
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