向かいから立香がやってくる。シャルルマーニュに気付いた瞬間笑顔になって手を振って駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!」
立香が見ていたのは自分のはずだが、周りに誰かいるのだろうかとシャルルマーニュはキョロキョロとあたりを見回すけれど、やはり誰もいない。
不思議に思いながら誰を呼んだのか聞こうと立香を見れば、当人は真っ赤な顔で俯いてその場にしゃがみ込んでいた。
慌てて近づけば、かすかな羞恥に震える声が聞こえた。
「ごめん、間違えた……」
それはつまり間違えてシャルルマーニュを兄と呼んだという事だ。
ミスをしてしまった時の恥ずかしさは分かるし、そういう時にさっと気にするなとフォローできるのがカッコ良いのもありがたいのも分かっている。
それでも、それでもシャルルマーニュは胸に湧き上がってきた思いを抑えきれなかった。
「もういっかい」
「え?」
「もう一回呼んでくれ!」
兄、いい響きじゃないか!しかもマスターが弟なんて、素直で可愛くてカッコ良い自慢の弟だろう。褒めたい、甘やかしたい、可愛がりたい!
シャルルマーニュの脳裏には立香と一緒に過ごしたありもしない幼少期の思い出が巡る。
生まれたばかりの赤ん坊が手を伸ばして抱き上げてくれとねだる姿や、カッコ良いと兄を慕ってくる姿、一緒に遊び疲れて昼寝をしている時の姿、自分と離れたくないと泣く姿。様々な場面が浮かんでは消えていく。全て捏造だが。
「やだよ!」
そんなシャルルマーニュの考えなど思い至るはずなく、立香はさっきの恥ずかしさを思い出して全力で拒否する。
「もう一回でいいから!俺を兄にしてくれ!」
「シャルルが兄ちゃんだったことなんてないよ!」
「いやいやあったはずだ。なあ、もう一回!」
肩を掴んでもう一回とねだるシャルルマーニュと、恥ずかしさで顔が暑くて仕方がない立香の騒がしい駆け引きが始まる。
俺は誰の弟でもないんだー!と叫ぶ声が始まりだった。