シャルルマーニュにはいつになっても色褪せない思い出がある。
そのうちの一つは、幼い弟が大きな目いっぱいに涙をためて自分にしがみつく姿。
「りつかはにいちゃんといっしょがいいよ」
そして忘れられない声。
あの時のシャルルマーニュは子供で、どうしようもなく情けなかった。
子供ながら疲れきった毎日に、何もかもが嫌で逃げ出したくて、一人で家を飛び出した。きっとどこかで、誰かが探して見つけてくれると甘えて。
けれど、シャルルマーニュが逃げるのがうまかったのか、誰も探してなんていなかったのかーーそれは後に否定されるけれどーー日が落ちてもシャルルマーニュは一人だった。
誰も知らない細道の奥の空き地の角で膝を抱えて寂しさに震え、ぐっと唇を噛んで溢れようとする涙を耐える。
自分は一人なんだと、自分を愛してくれる人なんていないと自暴自棄に嘆いていた時だ。
「にいちゃ、どこぉ……シャルにいちゃん」
弟の立香の声がした。まだ一人で外に出るなんて出来るはずがない、こんなところにいるはずがない声だ。
立香とは学ぶべきことが違うと引き離されてここ数ヵ月まともに顔を会わすことが出来なかった。日々やることが多く疲れきっていたとはいえ、なぜ忘れていたのだろう。あんなかわいい弟のことを。
シャルルマーニュは慌てて声が聞こえた方へと飛び出した。
気のせいだったらいい、そうじゃなかったら。こんな暗い中にあのかわいい弟が一人で泣いていたら、考えるだけで胸がつぶれそうだった。
声の方へ近づく程、辛いことに幻聴などではないと分かる、声がはっきりと聞こえるようになった。
「立香!立香ー!」
ここにいると気付かせなければと声を張り上げて叫べば、答える声が返ってくる。
「にいちゃん!にいちゃんどこ!?」
聞こえてきた方へ走れば、シャルルマーニュを探してなんて立香は一生懸命にあちこち首を動かしていた。勢いのままに駆け寄れば、立香も転びそうな勢いで走ってくる。
そのまま二人はお互いに飛び込むように抱き合った。
「にいちゃん!」
「立香!」
「にいちゃんどこいってたの!?りつかいっぱいさがしたんだよ!」
うわああ、と泣いて縋りシャルルマーニュを離さない弟に、自分がどれだけ心配を掛けてしまったのか理解する。
「ごめん、ごめんな」
「おいてかないで、りつかはにいちゃんといっしょがいいよぉ」
にいちゃん、にいちゃんと呼び続ける立香。
二度と忘れるものか。こんなに俺を全身で大好きだと言ってくれる弟のことを。
きつく立香を抱き締めて、シャルルマーニュは改めて誓った。
「そんな話が」
「あるわけ無いから!俺、シャルルの弟じゃないよ!」
「そんな……兄ちゃんは悲しいぞ!あ、リツカが兄ちゃんかっこいいって誉めてくれた日の話の方がいいか?」
「やめて!?これ以上おかしな歴史作らないで!」