腕のむずむずする感覚に目を覚ますと、ムカデが一匹腕を這っていた。
「っ……ぎゃあああああ!」
黒い身体でわさわさとたくさんの足で腕に巻き付いて頭の方へと這い上がってくる様子に悲鳴を上げて慌てて腕を振れば、勢いよくそのムカデは飛んでいき壁へぶつかる。べチャっと音がしたと思うとムカデは潰れて黒い液体を零しながら一緒に壁を伝って床へ落ちていく。
「は?」
起こったことが信じられず目を見開く。
そんな訳がない。
そんなことが起こりえるわけがない。
壁に当たって潰れるほどの柔らかな虫でもなければ、勢いもなかった。
だからこれは。
「あーあ、可愛そうに。ただ親切に寝汚い君を起こそうとしてくれただけなのにねぇ」
突然聞こえてきた声に驚いて振り返るとオベロンがわざとらしく眉を下げて潰れたムカデを見ている。
そしてこちらを見ると「なあ、そう思うだろう」と同意を求めて来た。
確かに故意でないとは言え、潰れてしまった虫に思う事はある。
ただ同時にそうなるようにしたのはお前だろうとも、考える。
このムカデはきっとオベロンがそう仕向けたものだと思うから。
だんだんとぞわぞわと腕を這うムカデの感触が蘇ってきて気持ち悪さに腕を擦ると、オベロンは見逃すことなく不快そうに顔を顰めた。
「……あの子も報われないね」
気落ちした声は演技なのだろうか、何か違和感がある。
オベロンは指先をムカデに向けたと思うと、少し指先を動かしてすぐに降ろした。
釣られるようにムカデがぶつかった壁を見ると、何もなかったかのように跡形もなく消えていた。
「やっぱりこれお前なんじゃないか!」
振り返って叫んだけれどそこにはもうオベロンの姿はなく、ひらりと医務室のカーテンが揺れているだけだった。
「え……何なんだ……」
それからすぐにアスクレピオスがやってきて、3日も眠り続けていたことを聞かされた。