「リツカ!」
たどたどしく可愛らしい声に呼ばれ振り返った。
転んでしまうんじゃないかと思うくらいの前傾姿勢で勢いよく走ってくる彼に慌ててしゃがんで両手を広げると、ぱあと表情がますます明るくなって遠慮など一切なく飛び込んでくる。
確かまだ小学校に入る前だったはずだが、それでも全体重を乗せた全力のタックルはきつい。
痛みと後ろ向きに転びそうになるのを必死に耐えてなんとか抱き留めた。
怪我をさせなかったことに安心し、もうそろそろこれをやめてくれるように説得しなければならないと考える。
「シャルル」
「なに?」
犬だったら全力で尻尾を振っているだろうと思うくらいの眩しい笑顔。
まっすぐに好意を伝えてくる視線と態度にさっきまでの決意はどこへやら、まだ抱き留められるから大丈夫だと説明は脇へ置くことにした。
「今日も元気だね」
差しさわりの無い台詞に置き換えてみるとどうにも投げやりな応対に思えたが、幼いシャルルには褒められたように聞こえたらしい。
大きな元気の良い声で「うん!」と頷いて、こちらを見る。
期待に満ちた目に二敗目。
頭に手を置いて撫でると期待に応えられたのかくふくふと嬉しそうに声を漏らす。
愛らしい友人を愛でていたいが、こんな子供が一人で外を歩いているはずがない。
案の定彼の母親が慌ただしくやってきて、こちらに気付くとほっと歩を緩めた。
「いつもいつもごめんなさいね」
「気にしないでください。俺もシャルルが甘えてくれるの嬉しいですから」
そう言ってシャルルを離して立ち上がろうとするが、シャルルは掴んだ服を握りしめたまま放してくれない、
シャルルはまだまだ甘えたりないのか不満そうに唇をへの字に曲げていて、また負けそうになるがそうは許してくれない。
家に帰るならあっさりと一緒に帰ろうと抱き上げただろうけれどもうすぐバイトの時間だ。
「ごめんね、シャルル。これから約束があるんだ」
「……だめ?」
「うん。約束は守らないといけない、シャルルの好きなカッコ良いヒーローも言ってたよね」
「……ん」
シャルルは俯いて服を掴んでいた手をゆっくり開いて放す。
仕方のない事だけどやっぱりその姿には心苦しくなってしまう。
シャルルの母親へ視線をやると、それだけで理解してくれてOKと首を縦に振ってくれる。
地面を見たまま胸の前で自分の手を握るシャルルへ向き直ると、その頭を撫でた。
「また、明日ね。明日は大丈夫だから」
「あした!」
それだけで勢いよく顔をあげて楽しみだと笑顔になってくれるのだから、こちらも嬉しくなってしまう。
「やくそく、やくそくだから!」
「うん」
頷くと感極まったらしくまた抱き着いてきた。
一度納得すればちゃんと聞いてくれる子ではあるが、またごねられると大変だなんて考えていると。
「メルシー」
と頬へキスを一つ。
そう言えばシャルル自身はほぼ日本で生活しているが、両親はフランス人だったなと思い出す。
家ではそう言う単語とか生活習慣が残ってたりするのかなと驚きに呆けている間に、シャルルはぱっと離れて母親の隣に収まる。
「リツカ、またあしたね!」
そう言って大きく手を振って歩いていくのを、反射だけで手を振り返した。