空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:23 はじめて、空を飛んだ。誰かに乗せてもらう事もなく、誰かを乗せる事もなく。自分ひとりの命を操縦桿に乗せて、艶やかなプロペラ機を一人だけで飛ばした。
その事実を思い出し、汐見はひとり暗いベッドの中でほう、と息を吐く。両耳に入れた無線イヤホンからは陽気なメロディが流れていた。
すっかり慣れてしまった寮の硬く狭いベッドに良く似た――しかし彼が普段暮らしている寮ではないその場所で、ベッドと部屋を仕切るカーテンを締め切った一人だけの空間でごろりと寝返りを打つ。背中に空閑の体温はない。しかしそれでも、実家に帰った時に感じた一人寝の寂しさはなく――汐見の胸に残るのは高揚感だけだった。
自家用操縦士ライセンスの取得を目的にやって来た、カリフォルニアにある国際航空宇宙学院のアメリカ校。短期滞在用の四人部屋に用意された二段ベッドの上段。それが汐見に与えられた今の寝床で。下段には空閑が、そして反対側の壁にもう一つ置かれたベッドの上下段には同じ日本校から選抜されたクラスメイトがそれぞれ一人づつ。
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