Burn you ノートパソコンの画面に現れた少年はこんがりと健康的に日焼けしていた。レバークーゼンのアパルトメントの片隅に、懐かしい日本の夏の空気が一瞬流れ込む。ぎらつく太陽。蝉時雨。練習終わりの氷菓。
「ははっ、よく灼けたなあ」
「もー毎日毎日暑くて敵わんじゃ」
「夏休みに入ると日中の練習が増えるからな」
今、日本は二十二時過ぎで、ドイツは練習が終わったばかりの午後。時差が十三時間もあると、リアルタイムでの会話はこのタイミングくらいしかない。しかも互いに遠征が入ったせいで、こうして話すのは三週間ぶりだ。
「ほら、こんなに色が違うんスよ」
遊馬はTシャツの裾をぺろんとめくって、引き締まったお腹を見せてくる。まるで灼けていないお腹と真っ黒に灼けた腕の色の違いは確かに面白かったが、その無防備さがオレ以外の奴に発揮されていないことを祈りたい。
それにしても前回より格段に灼けている。炎天下を走り回っているのだからある程度は仕方のないことではあるのだが、遊馬は果たして対策を取っているのだろうか。
女性なら殆どの人が欠かさないのだろうが、男性は気に留めず放置する輩も珍しくない。事実、エスペリオンの若い者も何人かが無頓着だった。
画面の中の遊馬の顔を、改めてまじまじと見つめる。野性的で人懐っこそうな顔立ち。何も顔で好きになったわけではないけれど、ゴールしたことを笑顔で報告してくれる時などは画面を越えてハグしたいくらい愛おしさを感じる。
差し出がましいかなとも思いつつ、オレは念のため確認することにした。彼への余計なお世話なんて、初めて話した時から始まっている。
「遊馬、つかぬことを聞くけど――日焼け止めは塗ってるか?」
「塗ってないじゃ!」
なんとも彼らしい回答。
まったく悪びれない、あっけからかんとした笑顔にオレは苦笑いして一旦席を立った。商品名を言うより実物を見せた方が早いだろう。
練習前に遊馬が隣で始めた行為を、竹島は目を丸くして凝視していた。
――信じられない。
こともあろうに遊馬が日焼け止めを塗っている。
有名な金色パッケージの日焼け止めを雑に振って、手の平に出した液体を鏡も見ずに適当に顔に広げている。
――ジュニアの頃から将来シミが残るぞシワが出来るぞと何度忠告しても面倒くさいじゃ!と聞かなかったあの遊馬が、日焼け止めを塗るなんて。
呆気に取られているうちに遊馬がロッカーの扉を閉めて竹島に背を向けたので、慌てて呼び止める。
「おい、待て! 鼻のあたり白くなってるぞ!」
「おっ、さんきゅ」
手鏡を出してやると、遊馬は慣れない手付きで鼻のてっぺんに残っていた日焼け止めを広げていく。
「ゆ、遊馬、お前、どういう風の吹き回しだ……?」
初めて見る親友の姿に、竹島は聞かずにはいられなかった。日焼けにはとんと無頓着だった彼を、一体どこの誰が揺るがしたというのか。
「……デグさんが」
珍しく小さな声で。珍しく目も合わせず。
「デグさんが、君にシミが残ったら嫌だって言うんじゃ……」
遊馬は罰が悪そうにそれだけ呟いたあと、再びくるりと竹島に背を向けて、今度こそグラウンドへ向かっていった。
――なるほど、出口さんの言うことなら素直に聞くんだなあ。
残された竹島は昔からの親友の変わりように口元が緩むのを止められなかった。うっかり練習に遅刻しそうなことに気付き、慌てて自分の支度をしながらもにやつきは収まらない。
遊馬が素直に聞く理由は、相手が日本代表のエースだからではなく、きっと――。