願い
「...ねぇ、これ、きみのこと?」
汚い字で何かが殴り書きされたメモ帳を金髪の少年に差し出すジョーカー、カジノのオーナーに「この特徴に当てはまる青年を探すように」と言われてここまで来たのだが...
「ん〜..........僕のことだと思うよ、君、誰?」
「.....ジョーカー」
金髪赤目、左耳にイヤリングがひとつ。定期に路地裏に現れるどこか掴みどころのない青年。多分、彼のことで間違いはないだろう。そう確信したジョーカーは鞄の中から封筒を取り出し、メイオールの目の前に突き出した。
「たりる?」
150ドルが入った封筒、メイオールは封筒の中身を覗き見ると金額を数えることもせずにこう返した。
「何の依頼?」
「助かったよ、今日はいつにも増して人手が足りなくてね」
メイオールの身長に合う大きめの制服を差し出しながらわざとらしく発言する店長。今回、彼を雇った表向きの理由としては「裏カジノのディーラー役の欠員補充」なのだが、本来の目的は「闇金の取引が行われる卓のディーラー役」をメイオールに押し付けることだった。
もし仮に警察に捕まったとしても逮捕されるのはメイオールだけ、店の損失を考えると妥当な判断ではあるだろうが..........ジョーカーとしては今回の依頼をすることがまるで彼1人に濡れ衣を着せる行為に思えてどうも乗り気にはなれなかった。
「ジョーカー、彼に色々教えてあげなさい、きっと初めての事で勝手も分からないだろうしね」
「..........うん」
更衣室から出てきたメイオールは長かった髪をひとつにまとめていた。正装のために髪型を整えたのか、単に邪魔だと思ったのかは分からないが。そんなメイオールの服の裾をつまみながらホールに案内をする。そこには様々なゲームの台が並んでいて、ジョーカーはメイオールの目は見ずに尋ねた。
「...やりたいの、ある?」
メイオールは少しだけ考えるような仕草をした後にジョーカーの手を払い、質問に質問で返した。
「君は何のゲームをやってるの?」
質問に質問で返されたジョーカーは少々驚いたような顔をして、そして初めてメイオールの目を見て答えた。
「ポーカー、と、ブラックジャック」
そう答えるとまた目を逸らした。彼の目はどうもリックによく似ていて、独特な笑顔と言うか、目線というか、とにかく全てがやけに不気味で恐ろしく感じる。直接嫌悪感を表すのは彼に対しての失礼に当たるとわかってはいるのだが、どうも彼の雰囲気が好きにはなれず、結果彼を避けるかのようにして彼と話をすることになってしまっていた。
そんなことを気にも止めて居ない様子のメイオールは迷うことなく卓上のトランプを手に取り答えた。
「僕はポーカーやろっかな」
トランプを手にしたメイオールを見て軽く頷くと、1枚の紙を手渡してジョーカーは店の奥に消えていってしまった。手渡された紙には大まかなポーカーのルールと...「イカサマ」の手順が記されていた。闇カジノなのだから当たり前だが、ここでは金が全て。金と権力をもってして勝敗が決まる、そのためにはズルやイカサマも平気でする。それが闇カジノというものだ。
「ほらほら!君も飲みなよ、見たことない顔だけど新人さんかな?いいよいいよ、君可愛いし」
「今日はいつもより可愛い子多いねぇ、君歳はいくつ?ここは初めて?」
店がオープンしてからジョーカーの卓にもメイオールの卓にもそれなりに客が入っていた。この店に客として来るのは資産家や政治家、そして一発逆転を狙う多重債務者、居るのは金を余らせた薄汚い大人かクズの2択なので、客層も民度もある意味地に落ちていると言えるだろう。実際、ここで法律なんてものが通用する訳もなくゲームの卓では闇金の受け渡しや違法薬物の売買が定期的に行われている。それを見て見ぬふりし、警察に見つからないよう逃げ隠れすることもキャストの仕事内容と言える。
「あれ、今日はポーカーの卓の子違うんだね」
「...ん?ああ、うん、僕は臨時のアルバイトだよ」
「へぇ...あ、そうだ、君、これあげるよ」
メイオールの卓に付いた1人の男、配られたカードを眺めながらボードの上に白い粉が入った袋を差し出した。この場で行われる白い粉の取引。この粉の正体は口に出さずとも、その場にいる全員が理解していた。
「...僕、お金もってないけど?」
「いいよ、こういうの初めてだろ?」
「別に..........」
「大丈夫大丈夫、ここじゃ当たり前のことだから、いま使ってみなよ、きっと気に入るからさ」
執拗に麻薬の使用を迫ってくる男、特に麻薬に興味も関心もないメイオールはため息をつき、少し考えた後に適当にあしらうための言い訳をして1度スタッフルームに戻ろうとした。その瞬間
「うるさい」
どこからともなく聞こえた声、そして男のテーブルの前に突き刺さったトランプ。明らかにこのトランプ、紙でできた普通のトランプではないだろう。そして声の主はその卓にゆっくりと近づいてきた。
「え、あ、ジョーカー?友達だったのか」
「あ〜...さっきの子」
「ねぇ、うるさい」
「ははっ、そんなに怒らないでくれよ、悪かったって、ジョーカーの友達とは知らなくてね」
「..........」
随分と不服そうな顔をしたジョーカー、そのままメイオールの服の裾を掴むと半ば強制的にスタッフルームにメイオールを引っ張っていった。
「ねぇ、別に平気だって、あーゆーの慣れてるし、何とも思ってないから」
メイオールがそう伝えホールに戻ろうとするもののジョーカーはメイオールの服の裾を話そうとはしなかった、このまま振り解けばしがみついてきそうなジョーカーを見てため息をついたメイオール。このガキ、何を考えているのかさっぱり分からない。
「お金貰ったら働く、それが僕の仕事だよ、さっき君が僕のこと呼びに来たんじゃないか」
「..........だって」
だって、に何か言葉を続けようとしたジョーカー。しかし言葉の後には何も無く、しばらくの沈黙の後にジョーカーはこう尋ねた。
「おかねあげたら、お願い聞いてくれる?」
「は?え、うん、お金くれるなら依頼聞くけど」
依頼を聞く、と言われた後にジョーカーはしばらく考えて、そして引き出しの中から封筒を取り出しメイオールに手渡すと迷うことなく依頼をした。
「ピアス開けるのてつだって」
「...はぁ?」
「...開けるけど、ほんとにこんな依頼の内容でいいの?一応100ドル貰ってるんだけど」
ジョーカーが手渡した封筒の中にはとんでもない大金が入っており、その中から100ドルとニードル、ピアス用の金だけ受け取り今に至る。ファーストピアスは本人の希望で緑の宝石がデザインされたものになったが..........この子供、本当に分からない。
「いいよ」
「ならいいけど..........開けるよ?」
耳に針を突き立てるとそれなりに怖がった様子を見せるジョーカー、まぁ怖がる素振りすら見せないようでは本当に気持ち悪いので少しだけ安心した。そしてそのまま勢いよく耳たぶに針を貫通させた。
「痛っ!」
「針刺さってるしそりゃ痛いよ、はい、次こっちね」
半泣きになるジョーカーを尻目に左耳のピアスも開ける。叫びも喚きもしないのでまぁ特に失敗することも無く終わったと言えるだろう。器具をすてるとその場に置いてあった手鏡を渡して。
「はい、まぁ何とかなってるでしょ、ズレたりもしてないと思うし」
「..........」
「似合ってんじゃないの?知らないけど」
「..........うん」
鏡の中のピアスをじっと眺めながらそう呟くジョーカー、やっぱりこいつ不気味だ、まぁ嫌いではないけれど。
「最初の依頼って終わったってことでいいの?だったら僕もう帰るけど」
「うん、ありがとう」
帰る、と発言をすれば鏡を机に置き着いてくるジョーカー、ガキと言うより犬か何かに近しいものなのかもしれない。そう考えてドアに手をかけひらひらと手を振った。
「またいつか、会うことがあればね」