よすがを縒り合う・習合とは。
文化接触によって生じる2つ以上の異質な文化的要素の混在,共存のこと。
出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
《名》 哲学上または宗教上で、相異なる諸種の教理や学説が融合すること。
出典:精選版 日本国語大辞典
刀剣男士としての彼らを鍛え上げる方法は、いくつか存在する。
まずは戦場。戦うを本分として励起された彼らを過去へと送り出し、戦の経験を積んでもらう。演練などの模擬演習もそのひとつだ。
つぎに内番。人の身を得た彼らに、ひととしての生活をしてもらうことで、その扱いを学んで貰う。
それから、錬結。玉鋼を重ねうたれる刀のように、他の刀剣の力を少しだけ、分けて貰う。
付喪神を呼び出してない生ぶの刀剣は、打たれた、もしくは手にした段階で如何なる刀か、政府のシステムで告知される。審神者の手もとに渡った時点で、ある程度の縁はできているから、だとか。
その縁を別の刀に分けるのが、錬結というシステム……なのだと思う。詳しくは説明されていない。錬結というものを行えば、刀剣男士は少し強くなる、というのが政府の説明だ。
もうひとつ、刀解といって、素材そのものに戻すこともできるけど。得られるのはわずかな資材。それを見てすすんで刀解する審神者はそんなに居ないだろう。……一部の劣悪な噂はどうだったかな。
同じ刀を二振り呼び出すこともできるけど、少数派と聞く。政府からの監視もあるうえ、審査が必要だとか……。そもそも、まともに刀に応対できない私が、二振り同じ刀を従えられるとは思わない。
ここまでが、実戦向きの話し。……審神者ならば、だいたい知ってるおはなし。
では、習合は? いつからか時の政府とマニュアルと共に差し出されたのは、『同じ刀剣同士を習合させることで、乱舞レベルをあげることができます』だった。
美しく戦うのが彼ら刀剣男士と云う、政府の大元。乱舞ってなんだ、桜でも舞うのか。
聞くところによると、珍しさ――審神者との縁を結びにくい男士ほど、必要な量は減るそうだけど。
「三日月、三日月」
珍しい筆頭の三日月の袖を、書類をもったままくいと引っ張る。
今日の近侍である彼は、既に休憩モードだった。お茶を置いた三日月は、はて、と首を傾げ。
「ああ、政府からの通達か」
「うん。新しい儀礼様式なのかな。三日月から見て、これはどういうもの?」
「はっはっは。……そうだなぁ、俺が説明していいものか」
月の映る蒼を細めた太刀は、私を見据えて笑みをこぼす。麗しいばかりの顔にひるむばかりだったのは少しだけ昔。今は……綺麗だなぁ、とは思うけど、まだ会話はスムーズにできている、はず。
品定めするように私を見つめたあと、三日月はふ、と表情を緩めた。
「主はいかんせん、怖いもの知らずだからな」
「……そーかな」
「そうだとも。縁の紡ぎ替えも、主は俺に聞いた。俺が最も心得ているだろうという顔でな」
「三日月、『適当』はしないと思うから」
「ずいぶんと買われたものだな。……して、この言葉そのものの意味について、主はどの程度知っている?」
「シンクレティズムの一種。あー、……ええと、異なる考え方を統一して、分かりやすくする……かな。異文化交流で相手の文化に置き換えて説明するとか」
横文字に首を傾げた三日月に、私は言葉を探して変換する。これもシンクレティズムだろうか。
「日本だと、神仏習合が有名かな。付喪神相手に、宗教論はあまりしたくないけど」
「そうさな、俺もこれこうとは言い難い。俺たちの中でも神仏の考え方は多様なものだ」
同じ宗教でも宗派が違うとか。そういう話しは結論が出ないものだ。落としどころをつくるならまだしも。……これも考えのすり合わせであってるのかな。
思考の迷路に迷い込みかけた私に、三日月がお茶を差し出す。温めに淹れられたそれは、猫舌寄りの私には優しい。
「俺たちは刀だ。人の身をとる、付喪神だ。……審神者によっても、その見解は異なるものだろう」
「うん。……そうだね、あなたたちは刀剣男士だ」
特別な、戦うための存在。私の大切な刀たち。審神者によっても考え方は、それぞれだ。
「俺たちの多くは、審神者を理解したつもりになっているだけだ。審神者以上にな。
人の形を取っただけ、傷は手入れをすれば回復するうえ、超長期間の行軍にも耐えうる。
審神者はそうはいかない。俺たち以上に、ひどく、脆い」
実感の籠った言葉に、思わず私は口を閉ざした。……三日月に、私の刀たちにそう思わせてしまったのは、苦い失態だ。……正直、恥ずかしい話しでもある。取り返すために躍起にもなれないけれど。
「……今は、そこまで、ひどくないよ」
気まずげに言った私に、三日月は優しく笑んだ。
「ああ、そうだ。……これは隔たりだ。俺や、主たちの間にある、越えられぬ溝のようなものよ」
「言われても納得はできないってこと?」
「悪い話しばかりではない。俺たちにとって審神者は、使い手である人のひとりに過ぎない。幾人もの手を渡り歩いた、先のひとりだった。
己の過去に苛まれる刀にとって、戦うためにそうと割り切る理由にもなる」
「使い手の意志に応じるのが、刀だから」
「然様。…………して、習合といったか。ありていに言えば、こういうことだろう」
おもむろに手を伸ばした三日月が、私の手を取る。指を絡めて、隙間が減る。顔のいい男がやると様になりすぎる仕草に、なんだかどぎまぎとさせられる。
私の動揺も知らぬ顔で、三日月は言葉を続けた。
「ちかしく。今よりも更に、縁を重ねる。
俺たちが、もう少しだけ審神者に、”今の主”へ手を伸ばすこと。
あるじを知りたいと、今の主に目を向ける、縁を増やすすべ。……溝を埋める手立てやもしれんな」
「…………なるほど」
「主、顔が赤いぞ」
「みかづきのかおがよろしいので。……笑わないでよぉ……」
はははと声をあげて笑う三日月に、余計に恥ずかしい気持ちにさせられる。あの三日月宗近相手に知りたいと真摯に言われて、照れないほうが無理だと思う。
気を取り直すために、咳払いを挟んだ。習合は審神者から刀剣男士に施すもの。つまり――。
「……私が縁を深めたいと願って、あなたたちが応じてくれた形、ってこと?」
「俺はそうだぞ、主」
ゆるりと力を抜いて、私の手を解放した三日月は、ずっとほけほけと笑っていた。あとから聞けば「たまらないものだな」などといわれたけど。……三日月も嬉しかったって事かな。それはまあ、嬉しいことですが。
「……………がんばって三日月宗近を集めます」
「他の刀も頼んだぞ、主や」
「とうぜん、ですっ」
気合いを入れるように拳を握りしめた私に、三日月はふと視線を外へ向ける。
母屋には、多くの刀たちが居る。彼らと縁を深めて、……それが、戦うための、ひいては共に在るための縁になるなら。
審神者と刀剣男士を結ぶ、縁のひとつならば。
目を細めた三日月は、決意する私に柔く諭す。
「いっとう、とくべつと想うなら、縁の色も変わろうな」
――あくまで俺の考えだ、気になるならば聞くといい。
そう締めた三日月の言葉の真意を私が知ったのは、遠く春を待つ、寒い冬の日だった。