これもまた、聖火神エルフリックの導きですわ。
ソリスティアの何処かで、彼女は今日も笑っているのかもしれない。
『愛の伝道師』
何かこの頃やけに何かを考えているなとは、思っていたのです。嫌な予感と共に。
「それで?君は何の用があって、ここに来たのですか?クリック君。」
大事な話があると急にクリック君が訪ねて来たので、何事かと…いや、何となく何か起きるような気はしていました。ですが、結局それの内容までは私は辿り着く事は出来ませんでした。
何処かに異動になった、聖堂機関の高い備品を壊してしまった、自分の信じる道が分からなくなった、私とはもう居られない顔も見たくない等々。可能性有るものを考えてみるものの、最終的に早く話してくれないのは何故なのかという壁にぶつかってしまう。会いに来たのだから、あと一歩でしょう?早く息の根を止めて欲しい。
「…テメノスさん。」
やっと、クリック君が口を開いた。覚悟を決めた真剣な顔で、
「テメノスさんが僕を愛する事が出来なかったとしても、僕がそれを補う以上に貴方を愛します。だから、大丈夫です。安心してくださいね。」
「…はい?」
いきなり何を言い出すのだこの子羊くんは、と固まってしまった。
「テメノスさんが世界から誤解されようとも、僕は貴方を愛します。そして必ず貴方をお守りします、貴方を害する全てから。」
「とりあえず落ち着きましょうか、クリック君。」
何が襲ってきても守りきりますと、一人やる気になっているクリック君。そんな彼に頭を抱えそうになったが、グッと堪えてどうしてそんな事を言い出したのかと理由を訪ねる。
もしかして知らない所で私への襲撃の計画でもあったのかと思ったが、そうでは無いらしい。
「この前、東フレイムチャーチ街道で、聖火教会のシスターに会いました。その方は、一目で僕が何かを悩んでいると見抜いてきました。」
「君、騙され易いタイプだったんですか?もう少し人を疑った方が良いですよ?何か悩んでますね、なんて詐欺師の常套手段ですよ?聞いてます?」
「そのシスターは、僕に一冊の本を差し出して言いました。知識を蓄えることで、あらゆる事態に対応出来るわと。確かにと、僕は思いました。」
「ああ、駄目だ。全然聞いてないですね、これは。」
クリック君は、そのシスターらしき人物から借りた本を律儀に読んだらしい。呪いとかかかってる可能性もあるから、彼にはもう少し警戒心ぐらいもって欲しいものです。
…もっとも、それを無くすような魔法でも使われていたら警戒心を持っていても全く意味がないのですが。
「この世界には、様々な愛の形があるのですね。普段読まないジャンルでしたので、とても勉強になりました!」
「クリック君、君とても危ない橋を渡ってるって自覚あります?今回は物凄い幸運で無事だっただけって事は分かってます?あ、その顔は分かってないですね?…呆れた。それだから、君は子羊くんなんです。」
「酷いです、テメノスさん。僕は子羊くんじゃありません!!」
様々な愛の形を説いた本…。是非とも現物を手に入れて異端かどうか判断したかったのですが、クリック君によると、気がついたら何処にも見当たらなくなっていたらしい。そもそも存在していたのだろうか、その本は。まさか、幻覚を見せる魔法の使用があった?
これは少し探る必要がありそうだと、思考を巡らせる。そのシスター、本当に何者なのだろうか。
「そのシスターに、少々興味が湧きました。なのでもう少し情報が欲しいです。クリック君、そのシスターについて何か覚えていますか?」
「テメノスさん、いきなり余所見をするなんて…。僕だけを見てください!」
「はいはい見てます見てます。私はいつも君だけを見てますよ、とても危なっかしいので。…で、そのシスターについて何か覚えているのですか?それともいないのですか?はっきりしてください。」
覚えている事全て話せと促すも、何故か風貌もよく思い出せないと彼は言う。
そのシスターは認識阻害の魔法まで使うのかと、一気に警戒を強めたけれども、
「何故か応援してるって、言われたんですよね。僕とテメノスさんが仲良くしていれば、それが彼女の生きる糧になるとか?」
「…はい?」
「不思議ですよね、何故そんな事を彼女は生きる糧にするのでしょう?供給ありがとう、って僕は何も渡して無いような…?」
前言撤回です。今すぐに、私はそのシスターの存在は忘れる事にします。
忘れようとすると同時に、クリック君が何の警戒も抱かなかった事に納得をした。彼女を警戒する事も拒む事も出来ない。だって彼女は、そういう存在なのだから。
「(彼女は、一人であって一人でない。他人であって、親しき友人である。愛の伝道師であり、自ら道を切り開く者である。彼女は愛の悩みを抱える者の前に現れ、その者に合った一冊の本を授けるという…。)」
少し昔の話です。教皇が放っておけば無害だから手を出すなという忠告を無視して、ロイが彼女を調査しようとしてしまったのを思い出しました。
調査の為とはいえ近接触を取ろうと寄ってきた彼を彼女は同類と見なして、暖かく仲間として迎え入れようとしたそうです。根掘り葉掘り聞かれた、新しい扉を開きそうになった、教皇の言う通り関わってはいけなかった。1ヶ月ぐらい彼の精神状態が不安定だったのを覚えています。時たま、幸せそうに笑っている時もありましたが。
「(それにしても、彼は悩んでいた訳だ。無意識に、彼女を引き寄せてしまうぐらいに。)」
愛する事が出来なくても、世界から誤解されようとも。
彼女の導きの果てか、それとも導きなぞなくてもいずれ辿り着く筈の答えだったのか。それでも愛すると言い切れる彼が、とても眩しい。…去って行ったとしても、誰も咎めないというのに。
「クリック君。」
名前を呼べば、はい何でしょうと笑う彼。普段と、同じ様に。
…しょうがない、今回は私も彼女に導かれるとしましょう。導きがあったのなら、これはしょうがない。
「君と一緒に見る世界ならば、きっとどんな世界でも綺麗なのでしょうね。」
体調不良を疑われたので、二度と言わないと心に決めました。