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    yushio_gnsn

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    お金の為に他所の男に嫁ごうとするにょかべと、それを必死で止めるレンジャー長と、相変わらずの超絶激重ゼンの話です。

    #アルカヴェ
    haikaveh

    馬鹿と死域とお説教第六感。理屈では説明しがたい、鋭くものごとの本質をつかむ心の働き。学術的根拠はなくとも、野生の感とか、虫の知らせとか、様々な言葉で人々に言い伝えられている。ティナリは生論派の学者として、また自然と密接に関わるレンジャーとして、第六感の存在は十分にあり得ると考えている。そもそも、テイワットには解明されていない事の方が多い。現時点の学問で理屈が証明できないことが真実であったとしても、何ら不思議ではない。

    「僕ね、結婚してあの家を出ようと思うんだ」
    「……へ?」
    「いい加減、アルハイゼンから離れるべきだと思ってね」

    憂い顔の彼女――カーヴェの言葉を聞いた瞬間、ティナリは第六感の存在をより強く確信することとなった。

    本日は晴天。森林の香りをたっぷりと含んだ風は温かくも爽やかで、探索、研究、昼寝、家事、何をするにも絶好の日和であるのに、毎日手入れをしているふわふわの尻尾の毛が妙に逆立った。好物のキノコ盛り合わせを頬張っている時ですら、胸の中に不穏の二文字が苔みたいに張り付いていた。よくない、とてもよくないことが起こりそうな気がする。落ち着いていられず買い物名義でシティを訪れれば、だだならぬ雰囲気のカーヴェと出くわし、そのままプスパカフェに入って、今に至る。

    「……詳しい経緯を聞く前に、一度席を変えてご飯を食べてからもいいかな。長くなりそうだし、内容的に、あまり他人に聞かれたい話じゃないだろう?」

    ティナリはなるべくいつも通りの、淡々とした声色を作った。ふわふわだった尻尾は今や、ハリネズミのようにとげとげしく逆立っている。青空八割、雲が二割、ぽかぽかの陽気に子供たちのはしゃぐ声、香ばしいコーヒーの香り。平和そのもののスメールシティで、レンジャー長は村のすぐ傍に死域が湧き出たときような悪寒と緊張感にまとわりつかれていた。

    「僕が店員さんにお願いしてくるから、それまでに話をまとめておいて欲しい」
    「わかった」

    テラス席から店内の一番奥の席へ場所を移す。平日の昼間ということもあり、カードゲームに興じる人は少ない。時折、論文に頭を抱える教令院の学生が糖分を求めてお菓子をテイクアウトする様子が見える程度だ。食後のコーヒーがテーブルに並ぶと、カーヴェはぽつぽつと話を始めた。

    「前々から仕事で付き合いのあったフォンテーヌの商人が居てね。彼が、結婚すれば借金を全部肩代わりして、仕事も回してくれるっていうんだ」
    「それ、前にお断りしたやつじゃない?」
    「それは、そうなんだけど……」

    ティナリは以前、仕事で知り合った男に関係を迫られ困っているとカーヴェから相談されたことがあった。アルハイゼンに恋人役をしてもらい、同居していることを理由にどうにか退けたと聞いている。ようやく断ち切った悪縁を、血迷った彼女は再び繋ごうとしているのだった。

    「アルハイゼンと喧嘩したなら、今すぐ頭に氷スライムを乗せた方がいい。一時の感情で人生を棒に振るべきじゃないよ」
    「喧嘩なんてしてないよ。ただ単純に、確信しただけさ。僕は彼の人生に必要ないし、むしろ邪魔になんだって」

    カーヴェは学生の頃から、見目麗しさとお人良し、中性的な言動も相まって、男女問わず面倒な輩を引き寄せた。彼女の博愛主義にも原因があるのだが、それはそれとして媚薬入りのお菓子を渡したりストーキングや強姦まがいの行為に出ようとする者たちを放置することはできない。結果、ティナリ、セノ、そしてアルハイゼンの手によって刑務所送りになった人間の数は両手両足でも足りなかった。

    「地道に借金を払い終わるまで彼の家に居るとしたら、下手をしなくとも人生が終わってしまうんだ。家賃は払っているけれど、今の関係には未来がない」
    「だからって今更出ていく? だいたい君、アルハイゼンのことが好――」
    「だからこそだ!」

    語気を強めるカーヴェの瞳には、狂った決意が滲んでいた。ティナリはカーヴェとアルハイゼンの複雑な関係について知ってしまっている。カーヴェは学生の頃にアルハイゼンに恋をして、しかし決定的な離別をし、紆余曲折を経て同居人という地位を手にした。

    「一緒に暮らしたからこそ理解できる、僕は彼にとって不利益でしかない。好きだからという理由で迷惑をかけていいなら、僕に恋して刑務所行きになった人達に顔向けできないよ」
    「君の存在が不利益だとするなら、最初から同居を断られていると思わない?」
    「それは……彼も血迷うことがあるんだろう。あれはほんの気まぐれとか、そういうやつだよ」

    血迷っているのは君だ、とティナリは心の中で即答した。アルハイゼンが他人に干渉されるのを嫌うのは先輩であり共同研究までした彼女自身が一番よく分かっているはずだ。にもかかわらず、アルハイゼンが他人を生活空間の中に招くのがどれだけ異常な事態であるか、カーヴェには理解ができていない。ティナリから見ても間違いなく天才、常人をはるかに超える知識と思考力を持つカーヴェが異常性を認識できないのは拗れ過ぎた片思いと意地の賜物であろう。

    「一緒に暮らしたって、僕らの間に甘い時間なんて一秒たりともありはしなかったんだ。恋人役をしてもらったって変わらなかった! それに、旅人から聞いたんだ」

    目を潤ませるカーヴェを見た瞬間、レンジャー長は悟った。怒ることはあっても涙を流すことは滅多にない彼女がこうなっているということは、相当なショックがあったのだと。そして、そのショックこそが今回の事態を引き起こした元凶であると。

    「僕なんか、家に居ない方が良いんだって!」

    ティナリは、人生で最も深く、大きく、長いため息をついた。旅人に悪気は無いだろう、言われたことをそのまま伝えただけだ。今回はアルハイゼンにも問題がある。彼はいい加減釣った魚に餌をやることを覚えなければならない。

    「彼には仕事もあるし、広い家もある。あとは僕が消えれば完璧な人生だ。問題は僕のツケだけれど、大本の借金がなくなりさえすれば、真面目に仕事をしていれば払える金額さ」
    「君はお金の為だけに結婚するってこと?」
    「僕の気持ちを終わらせるためでもある」

    そう言って、カーヴェは鞄の中から紙を取り出した。厚手の用紙は婚姻の申請をするものであり、既に片方の欄が埋まっている。

    「ティナリ、一生のお願いだ。僕が今からこの書類に記名するから、役所に届けて欲しい。駄目なら一緒に窓口まで行ってほしい」
    「勘弁して」

    なるべく言葉を選んでいたティナリだったが、ついに本音が口から零れた。しかし、ここははっきりと物申すべきタイミングであるとも自覚していた。カーヴェの選択の先には地獄しか見えないのだから。

    「例えアルハイゼンでも、他人の妻を家に置いておくなんてできないだろ。これが一番手っ取り早い方法なんだ」
    「手っ取り早く地獄に直行する方法だね」
    「だって、こうでもしないと出ていけないんだよ。同居なんかするんじゃなかった。絶対に一緒になれない相手の一番近くに居るって、惨めじゃないか」

    そう言って、今度は鞄からペンとインクを取り出す。ティナリは彼女がまともにペンを持てるかどうかも怪しいと思っていたが、カーヴェは目を潤ませながらもしっかりとした手つきでペンを持ち、先端をインクに浸した。

    「すきだったのに」

    ついに零れた雫が書類に落ちて、知らない男の名前が滲む。ハンカチを差し出したい気持ちを堪え、レンジャー長は決意する。いい加減、このクソみたいな死域を排除する時だと。

    「名前を書く前に聞いて欲しい。良いお知らせがふたつ、悪い知らせがひとつある。どっちから聞きたい?」

    カーヴェが顔を上げた拍子に、ぼたぼたと涙が紙に落ちた。彼女は鼻を啜った後「じゃあ良い方から」と口にする。

    「良い知らせのひとつめ。懇切丁寧な解説をしてもらったところ申し訳ないけど、君の抱えている問題は既に解決している。元から考察する余地がなかった、と言った方が正しいかな」

    ガタン、と音がする。カーヴェの真後ろの席に座っていた人物が立ち上がり、こちらのテーブルに座りなおした音だ。

    「悪い知らせは、新たな問題が発生しているってこと」

    ひぃ、という小さな悲鳴と共にカーヴェの表情が凍り付いく。隣に座りなおした男はまさにアルハイゼンその人であり、尋常ではない殺気を放出する彼はこの死域の核であった。先程から何度かティナリに対して恨みがましい視線を送っていたが、カーヴェを泣かせたのはアルハイゼン自身である。プスパカフェの一角を死域に変えるほどの黒い感情を持っているのであれば、彼女との付き合い方及び日ごろの発言を根本から見直すべきである。

    「もうひとつの良い知らせを教えてあげる。僕は新たに発生した問題に対する有効な解決策をもう思いついている」

    恐怖と驚きで涙の引っ込んだカーヴェに対し、ティナリはなるべく優しい口調で語りかける。傷心の女性に対し、これ以上のストレスは酷だろう。

    「その婚姻届、相手方をアルハイゼンの名前に訂正してから君が署名するといいよ」

    そして、死域の核たる男に対し、とびきり冷ややかな視線を向けた。

    「いつまで拗ねているつもり? とっとと彼女の涙を拭いてあげなよ、この大バカ」
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