「ね、潔は何にするか決めた?」
深夜の食堂。メンバー全員分の飲み物を用意する傍ら、蜂楽が食堂の壁に貼られたポイント交換表を見て尋ねてきた。
「ポイントのやつ?」
「そうそう! 潔だったら、次なに欲しい?」
もう一度、蜂楽に尋ねられて、上から表を眺める。
1ポイントでステーキかマッサージ、3ポイントで携帯、5ポイントで安眠ベッド、10ポイントで一日外出券。どれも魅力的なラインナップである。
ブルーロックでは一流のストライカーを育てるため、娯楽の一切を取り上げられている。だが、ゴールを決めてポイントさえ集めれば、希望するご褒美と交換することができた。この前、ステーキに変えたばかりだから、潔はまた0ポイントからスタートだ。ここからまた地道に貯めて、スマホぐらいは取り戻したいところ。家族や友人に連絡したいし、この先メンバーの誰かが同じようにスマホと交換したとき、あわよくば連絡先をゲットしたい。できれば隣にいる蜂楽とも。ブルーロックで出会った大切な友人であり、相棒。そして――
「ん、なに?」
常にニコニコとよく笑う顔に、ギュッと心臓を鷲掴みにされる。ふとしたときに見せる、蜂楽の太陽のような笑顔に潔は弱かった。
今までずっとサッカーに打ち込んできたから、このざわざわとする気持ちの正体にいまだ名前がつけられていない。だけど、いつかブルーロックを出て離れ離れになったとき、蜂楽の連絡先ひとつ知らないことが寂しかった。寂しいし、悲しい。たとえバラバラになったとしても、この出会いを手放したくないと思っている自分がいる。
「んー……、俺はスマホかな」
「いいね♪ でも俺は10ポイントがいいなぁ」
「えっ」
てっきり、蜂楽も同じものを望むのではないかと思っていたので、勝手にショックを受けてしまう。
お互い、連絡が取れなくてもいいのかよ。と、心の中で毒づいた。もしかしたら蜂楽にとって自分の存在は、サッカーを抜きにしたら取るに足らない存在なのかもしれない。
そうひとりで落ち込んでいると、あちょー! と頭にチョップを食らった。
「にゃはは♪ 変な顔ー!」
「いって……! 蜂楽、お前なぁ……!」
「だって、潔の顔が暗いから」
笑って、と言って、ぶにーっと頬を横に抓られる。
こんなやつの連絡先が知りたいなんて。自分でも焼きが回っていると思う。でも、欲しいものは欲しいのだ。
「蜂楽はスマホいらないのかよ」
「にゃ、欲しいよ? だけど、それよりも外に出たいかなぁ」
何が楽しいのか今度はぷにぷにと頬を捏ねられる。いい加減、手を離せ! と振り払ったら、その手を掴まれた。手首から手のひらにかけてするりと指先が滑って、指を絡め取られる。ハッとして蜂楽の顔を見つめた。
「潔の連絡先は欲しいよ。でもさ、俺はそれだけじゃ足りない」
「ば、蜂楽……?」
はちみつ色の目からスッと光が消える。さっきまでの陽気な雰囲気は何処へやら、急に研ぎ澄まされた視線に後ずさった。そんな潔を追いかけてくる蜂楽に、気付けば壁際まで追い込まれている。蜂楽、と名前を呼ぶ声がカラカラに乾いていた。
「俺、潔と出かけたいな」
「は、」
「二人でデートしたいな……なんてね♪」
スッと離れていく蜂楽の手。放心する潔をよそに、蜂楽はテキパキとドリンクを抱えると、いまだ動けないでいる潔を呼んだ。
「潔ー! 行くよー!」
「えっ、あ、うん」
慌ててドリンクを抱えて、蜂楽の後を追いかける。
……さっき、蜂楽はなんて言った? 確かにデート、って言ったよな。それって。
「……ねぇ、潔」
もっと言うとね、と、ふいに蜂楽が呟く。前を進む蜂楽が急に止まって、うわ、と間抜けな声が出た。
「一日どころか、本当はもっともっと潔といたい」
この意味、分かる? と言われてごくりと息を呑む。
さすがの自分も、このざわざわとした気持ちが恋で、いま頷けば蜂楽とどうにかなれることぐらい理解できていた。