有り得ざる時に乾杯を!それは何となく、何の根拠もなく、何の確証もなかったが──
「何かが起こる」と予感した夜の出来事だった。
今日も1日が終わり、ベッドに入り眠りについた。
だからこれは夢だと思った、何もない暗い空間に僕はいつもの服を着て立っていた。
呼吸もできるし歩くことも出来る、明晰夢という奴なのだろうと僕は歩き出した。
何もない空間を暫く歩くと一枚の扉があった、何かに招かれるように僕は躊躇いもなくその扉を開ける。
「驚いた、ただの人間が俺の腹の中に来るとは」
扉の先には灰色のダッフルコートを着た黒髪の青年が少し驚いた赤色の瞳を僕にむけていた。
中の空間は小さな図書館のようになっていてぐるりと周りは本で埋め尽くされている、僕は咄嗟に返事も出来ずにぽかんとしてしまった。
その様子を見ていた青年は読んでいたであろう本をパタンと閉じて「とりあえず話を聞かせてもらう」と近くの椅子に座り向かい側に座るよう促した。
僕は慌てて向かい側の席に座り、ここに来るまでの事情を彼に話した。
「─と、言うわけでなんで僕もここに来られたのかわかりません」
「……なるほど」
彼は僕の話を聞いて何か考え込むように口元に手をやる。
こうして近くで見ると彼は容姿端麗で何処か憂いたような無関心な表情が美しく見えた。
光を灯さない赤色の瞳は暫くすると僕に向けられ、手を伸ばし僕の顔に触れる。
少しひんやりとした白い指先が僕の輪郭をゆっくりをなぞっていくのが官能的だと思った。
「お前の名前を聞かせろ」
「テオドア、テオドア・アクエリアスです。その貴方の名前は…?」
「……面倒臭い、が、いいだろう。這依一、一で良い」
僕の名前を聞くと這依一と名乗った、恐らく日本人であろう青年は満足したように指先は離れて席を立ち壁にある本棚へと向かう。
そうして一冊の本を見つけたようで手に取るとパラパラとページを開き、そして眉間に皺を寄せ深いため息をつき本を元に戻した。
僕はその本が気になり表紙を見ようと目を凝らそうとしたらまるで瞬間移動のように彼が目の前に立っていた。
「お前の事情はわかった、通りで迷い込む筈だ」
「えっ!?あれ?貴方さっきまであそこに…?」
「そんな事はどうでも良い、だが、こんな所に入られても面倒だ、帰り道を用意するが時間が少しかかる」
「テオドア、お前のこれからの人生に俺は知った事ではないがこれまでの人生に少しは興味がある。だから話せ」
僕の意志など無いかのように一方的に捲し立てればパチンと指を鳴らす。
するとカシャンと軽い音と共に紅茶や茶請けが突然現れた、まるで魔法のように現れたそれはついさっき出来たかのように湯気がたち、ふわんと甘い香りが漂う。
「えっと、貴方は魔法使い、という奴なんですか?」
「それを知ってどうする?」
「貴方のような魔法使いも居るんだなって思いまして、僕が見たのは悪い魔法使いと13人の良い魔法使い達なもので」
そう言って、話せと言われた手前が半分、夢だからと半分の気持ちであの日の事件を話した。
一さんは、僕の話を静かに聞いて時折軽く頷くだけだった。
「そんな感じでこうして力を失ってしまいましたが元気にやっている感じですね!」
「──お前は、その力が惜しいとは思わなかったのか?」
「もし、その力が取り戻せると聞いたら……お前は、どうする?」
もし、力を、あの「やり直し」をまた使える──
彼の言い方はまるで自分ならお前にまた力を使わせるように出来ると言っているようではあった。
ティーカップを持つ手が一瞬止まりはしたが、答えなんて決まりきっている。
「ああいうズルはこれっきりで良いです。力を失う、それを含めて僕が、いや、僕達が選んだ答えなのですから」
「──そうか、なら、今の話は忘れると良い」
僕の言葉を聞いて納得したのか忘れろという言葉と共に紅茶に口をつける。
基本的に無表情な彼だが一瞬だけ笑ったように見えたと思った時、何処から共なくボーン、ボーン、と時計の音が聞こえた。
「帰り道が繋がったな、最初に入ってきた扉を潜れば帰れる、それでさよならだ」
「もうさよならですか?」
「ああ、もう会う事もないだろう」
二度と会えないと聞くと少しだけ胸が痛んだ。
初めて会ったはずなのに何処か僕と彼は繋がっている、そんな感覚を感じたせいか別れが惜しいと思ってしまった。
「お前達人間の好意など気持ち悪い、だからさっさと何処へなりとも行ってしまえ」
「…それでも僕は今日、貴方に出会えた事は幸福だと思っています」
「俺は、お前が此処に迷い込んだのはお前の不幸だと思っている」
「さようなら、どこかの魔法使いさん」
後ろ髪を引かれる思いを感じながらも帰るべき場所がある僕は扉を開ける。
そうして最後に振り返りながら不幸だと言う魔法使いに笑顔で別れを告げた。
扉が閉まる直前に見えたのは、何処か複雑そうに口元をあげる彼の不器用な微笑みな気がした。
「二度と会うまい、俺の残滓を持つ者よ」
何か言っていた気がしたが、それは僕の耳に届く事はなかった。
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突然現れた訪問者に驚きはしたがただの人間だと分かれば恐れる事はない、そもそも自身に恐怖というのも機能してるが怪しいが。
此処は俺の保有するアカシックレコード、数多の因果、生物、場所、全てが揃う俺の腹の中。
だからテオドアと名乗った青年の事はすぐに見つけられた。
因果を捻じ曲げ、現在を破棄し、数手前の過去へ引き戻す「やり直し」の力。
何処かの俺か、或いは過去の俺か、その何方かが与えた力。
あの青年の言う通り、今はその力を失ったただの人間だ。
「……らしくない事を言ってしまうとは」
昔は使えたが、今は使えない、だからなんだ?が正直な感想だった。
だが実際に口に出たのはもう一度望むならやり直しの力を授けようとしていたのだ。
出来なくはない、俺なのだから、やろうと思えば出来るが面倒臭いことこの上ない。
だから、尚のことそんな事を言い出す己に驚いた。
「人間の善性を集めたような奴だった」
人がより良い未来を歩めると信じて疑わぬ綺羅星のような男だった。
人ですらない俺ですら人は利用して陥れて欲望と悪意のまま同族を傷つけ合うロクデナシとそんな場面を見ているしあいつもそれを見たことがない筈ではない。
それでも、人は美しいと心の底、いや魂の底から思っていたあのテオドアは眩しすぎる星そのものだった。
「結局の所、人間というのは突き詰めるとそういう奴ばかりになるのか」
「何独り言言ってるの?気持ち悪いな」
突然増えた声に振り返れば俺の良く知る人間が居た。
どうやら今日は人間によく会う日なのだろう。
「相変わらずお前は俺の事が嫌いで何よりだ」
「そういうところが嫌いなんだよ、この好感度システムバグり野郎。要件ってのは──」
時の残滓を持つ美しき探求者よ、力を捨てるというのであれば後悔するな。
お前には深淵なる加護も祝福も不要であろう。
その先でお前が星々を繋ぐ事も、または何も出来ず死のうと、俺の知った事ではない。
だから精々、お前と言う一冊の人生を完成させれば良い。
完成した暁には、その時改めてお前と言う人生に触れよう。
それまで此方側に跨ぐ事がないようにだなんて柄にもなく祈ってしまった。
登場人物
テオドア
うっかり腹の中(概念)に迷い込んでしまった。
誰かと不思議な話をしてた夢見てた気がする!けど覚えてないや!!
なんだか懐かしい気持ちに駆られたので自陣に会いに行く。
這依一
弊卓のヨグ様。
タウィル・アト=ウムルをベースに作られた端末。
久々にアカシックレコードに引きこもっていたら何か来て普通にビックリした。
他の俺、なんつーことしてんだって思ったけど自分も人のこと言えないので素直に帰した。
わざわざ人1人殺すの面倒臭い……
最後に来た人間
這依一と契約している人間。
正直邪神は嫌いなのだが諸事情で契約をした。
しかしあの這依一は嫌い=好きという好感度システムがバグっているので一方的に好感度が上がられて迷惑してる。
でも彼自身滅茶苦茶強いのでなんとも言えない