散兵様の恋情「いい買い物ができたよ、ありがとう!」
稲妻のとある土産屋。この国らしい優雅な装飾が施された筒……万華鏡を持って、私は隣に立つ少年に笑いかけた。
「礼には及ばぬ。他に見てみたい物はあるでござるか?」
彼の名は楓原万葉。稲妻での旅に深く関わりがあった人物。
雷電将軍との大激戦の末、どうにかこうにか平和を取り戻した稲妻。元・指名手配犯の彼が当たり前のように歩けているのがその証拠だ。晴れて自由の身となった万葉に、品揃えの良い土産屋を教えてくれないかと頼み今に至る。
「ううん。これすごく気に入ったから。えへへ、同じの三つも買っちゃった」
「誰かに贈るのか?」
満面の笑みで頷いてみせた。一本は自分用、二本はクレーと七七にあげるのだ。喜ぶ二人の顔を思い浮かべていると、横を通りすがった男の子に意識をとられた。
似ていた、彼に。
(……スカラマシュ)
あれから全く会えていない。
男の子の後ろ姿を見送る。家族と出掛けていたようで、母親であろう女性と合流していた。幸せなはずの光景にぎゅっと胸が締めつけられる。
(原型……)
八重神子に彼の正体を聞かされた為だった。スカラマシュは……人間ではなかったのだ。その話の後、あまりの衝撃に暫く何も考えられなくなった。
男の子たちが楽しげに去ってゆく。スカラマシュも、人として生まれていれば。
「蛍?」
「っあ、ご、ごめん!」
万葉に呼ばれ我にかえる。心配そうにこちらを見ていた。
「疲れたでござるか?すまぬ、あれもこれもと案内し過ぎたであろうか」
彼の優しさになぜだか切なくなる。悟られぬよう「大丈夫、ちょっとお腹空いただけ!」と明るく答えた。すると、
「そうか、ならば食事処にでも向かおう。……一応伝えておくが、拙者にから元気を見せる必要はないぞ」
「……!うん、ありがとう」
微笑んで歩きだす万葉。私の歩幅に合わせるように、ゆっくりと。
なんて優しいんだろう?彼は欲しい言葉をちゃんとくれる。気遣ってくれる。
そんな風にされると、悲しくなる。
(……どうしてスカラマシュに惹かれちゃったんだろ)
気付いてしまった気持ち。誤魔化せない感情。
(いい人なのは、万葉だけじゃない)
トーマだって、ゴローだって。モンドと璃月にも沢山いる。優しい人たち。
それなのになぜ、ファデュイの……私を、平気で傷つける少年に焦がれるのか。
たとえばもし、目の前を歩く万葉と恋人になったのなら。
(毎日、すっごく幸せなんだろうな)
簡単に思い描ける、理想の関係。
……だけど。
(スカラマシュが、いい)
彼じゃなきゃ駄目なのだ。
私が触れてほしいと思うのはスカラマシュただ一人。
別れ際の寂しげな背中が蘇り、涙があふれてきた。
(力に……なりたいよ)
私の手であなたを助けたい。そう思うのはおこがましい?また拒絶する?
でも、本心なんだ。自分の気持ちに嘘はつきたくない。
(逢いたい……)
熱くなった目元を拭い、どこで食べようか思案している万葉に歩み寄る。いけない、気遣わせては。
二人で悩みに悩んだ結果、天ぷら屋に行くこととした。私はなんとか笑顔をつくり、万葉と旅の思い出について語ったのだった。
夕暮れ時になり、お礼を言って万葉と別れた。
肩掛け鞄の中には万華鏡が三本。いつクレーたちにプレゼントしようか考えながら帰路につく。
「わ、結構暗くなるの早いなぁ」
陽が落ちる速さに夏の終わりを感じる。
「うーん、近道するか」
魔物に出会すかもしれないが、真っ暗な夜道を一人で帰る方が嫌だ。確かこっちからなら……そそくさと森の中へ入っていく私。うん、合ってるはず。
「あいたた、すごい獣道」
葉っぱでかすり傷を負いつつ進む。横着するべきじゃなかったかな?後悔し始めたところで開けた場所に出た。
さらさらと耳触りの良い音を立てて草木が風に揺れる。その中心、一本の大木の下で……少年が眠っていた。
(……うそ)
スカラマシュ。
身体を横向きにして、例の帽子枕に頭を預けている。
思わず彼の方へ足を踏み出した。深い眠りについているのか起きる気配はない。
目の前まで辿り着き、しゃがんで彼を見る。
(……信じられないな)
寝息を立てているスカラマシュ。怖いほどに整った顔だが、人間となんら変わりないように思う。けれど現実は残酷で。
(人形……)
触れられた時の記憶が巡る。彼の身体は冷たい。あたたかかった試しなど一度もない。それでも。
(心は……どうなんだろう)
綺麗な寝顔を見つめる。
少なくとも人間と同じように笑うし、怒るし……悲しむ。
彼が見せてくれた表情の一つ一つ。つくられたものなんかじゃないと信じていたい。
そう強く思って、無意識に手を伸ばした時。
「──誰だ」
「わ!?」
目を開けたスカラマシュが私に小刀を向けた。いつ起き上がったのか。武器を取り出したのか。速過ぎて全く見えなかった。
「っ!、君か」
「ご、ごめん。起こすつもりは」
驚いた後、顔をしかめて小刀を懐にしまうスカラマシュ。バツが悪そうに座り直し睨んでくる。
「人の寝顔ずっと見てたの?気持ち悪いな」
「ち、ちが……わ、ないけど」
正直に言ってしまった私に「馬鹿なんじゃない?」と彼が返す。ストーカーと思われたな、これは。
しかし冗談を言う気には到底なれない。それは彼も同じだろう。
「……正気?あんなことされた後に近寄って来るとか」
嘲りと困惑がない交ぜになったような視線。当然か、なにせ監禁されていたのだから。
「酷い目に遭わされるのがクセになった?もっと虐めてほしいの?」
言葉こそいつもの小馬鹿にしたものだが冷め切った声だ。どこか投げやりに言っている風に思える。
黙り込んでいる私にスカラマシュが若干の苛立ちを見せた。
「なに?稲妻救いましたーって、ご報告にでも来たの?はいはい良かったね、流石は栄誉騎士様」
「スカラマシュ……」
「分かったからさっさと消えてくれないか?殺すよ?」
また沈黙した私を見て彼が盛大に溜息をつく。「……あのさぁ」、聞こえた瞬間、バチリと電撃の走る音が響いた。スカラマシュの手から発せられたものだ、そのまま木の根に触れてみせる。一秒も経たない内に溶けてしまった。
「なんなの?僕に何を求めてるわけ」
「……雷電将軍の、原型」
呟くと、スカラマシュが目を見開いた。雷元素が徐々に力を失っていくのが分かる。彼を真正面から見据えた。
「だから、身体が冷たいの?」
「……なに。いけないのか?」
「だから……人を傷つけるの」
「説教する気?ごめんね間に合ってるから」
「だから──寂しがってるの」
風が吹いた。私たちの間を緋櫻毬が流れていく。
瞬きもせず見つめる私にスカラマシュが息をのんだ。
葉擦れの音。いつの間にか月が顔を出し始めている。
「知った風な口を、聞くな」
怒りを滲ませた声を発したスカラマシュに掴みかかられた。人外だからだろうか、凄まじい力だ。振りほどける気がしない。
「スカラマシュ、」
「同情しているのか?哀れんでいるのか?何様のつもりだ……っ」
「そんなんじゃ…」
「そうだろ!……っ思いあがるな、どうでもいいんだよ、何もかも!要らない、目障りだ……!」
呑みこまれる。言葉の濁流に。
ひたすらに感情をぶつけてくるスカラマシュ。目を逸らさずにいることしかできない。
「嫌いだ、全部……!、嫌いなんだよ……君も」
夜空によく似た瞳が光を見失う。
幼いまま時間が止まって、道に迷い途方に暮れている。そんな一人の少年が見えた。
彼を呼んでくれる人はどこにもいない。手を引いてくれる人も、いない。
情けをかけられ稲妻の地を彷徨い歩いた人形。
壊れることで自我を保ち、いつしか殺戮を愉しむようになった。……それなのに、
「君のせいで僕の中の何かが狂いだした……。消えろよ、これ以上入ってくるなっ……」
激しい拒絶。
だが、待っているのではないかと思った。
「……スカラマシュ」
静かに呼ぶ。彼が口を閉ざした。
そっと、白く冷たい頬に触れる。
「本当に……私のこと、要らない?」
この言葉を……待っているのでは、と。
私の肩を掴む手が強張る。
彼が何かを言おうとして、やめた。そうして、
「……寂しくなんか、ない」
躊躇うように続ける。
「人形でいるのが寂しいんじゃない。僕を形成する上で、それは些細なことなんだ……」
スカラマシュの唇が震えた。
「僕は、君に」
肩が熱をもった気がした瞬間、背後で咆哮が轟いた。振り返ると、木々をへし折る生々しい音と共にヒルチャール・雷兜の王が現れた。巨体から想像もつかないスピードで走ってくる。不意を突かれたせいで臨戦態勢に入るのが遅れた、まずい!もう目の前……、
「蛍!!」
叫び声がした。
スカラマシュが後ろ手に守ってくる。
心臓が大きく跳ねた。
(……今、呼んだ)
私の──名前。
雷鳴、そして目を開けていられないほどの稲光。
クラクラしながらなんとか前を見るとたった一瞬にして雷兜の王が消し飛んでいた、地面ごと抉り取られて。
初めて目の当たりにしたスカラマシュの力に驚愕する。これが執行官・散兵か……!
呆けて立ち尽くす私。こちらに視線を移した彼がそんな様子を見て、
「……間抜け」
一言、呟いた。
居心地が悪そうに口をつぐんでいるスカラマシュ。怒鳴ったことといい、今といい……取り乱した自分を見せてしまったからだろう。私は私でなんとなくドギマギしつつお礼を言う。
「た、助けてくれてありがとう」
「勘違いしないでくれないか?羽虫をはらったら君がくっついていただけ」
素っ気ない。しかし寧ろこれが普段の彼で安心してしまう。自分にとって都合のいいスカラマシュでも何でもいい。
暫く沈黙が降り、何度も躊躇してそれでもやっぱり言いたくて……小さく、聞いた。
「えっと、さ。名前……呼んでくれたよね?」
「事実を捻じ曲げるな」
即答される。
「や、でも」
「妄想癖」
「確かに呼ん」
「耳の穴、裂いてあげようか」
「っ……聞こえたもん!"蛍"って!」
あ、と心の中で言った。
スカラマシュが手の甲で口元を隠したかと思うと、私から目を逸らしたのだ。え、これって……。
(照れてる?)
単に怒っているだけにも思えるが、けれど……。
照れているのだと信じたい。ぶわーっと、嬉しさがこみ上げてきた。
「覚えててくれたんだ!ね、もっかい呼んで!」
駆け寄って彼の袖をグイグイ引っ張る。だがしかし思いっきり手のひらで顔をボフッと塞がれた。
「うるさい。もう忘れた、だから呼べない。この話は終わり、分かった?」
ま、前が見えない。どんな顔をしてるか見たいのに!
でも、やや早口で言っている辺り……それに。
(もう、ってことは)
聞き間違いじゃなかったんだ。
相変わらず視界は真っ暗なのに笑い声をもらした私にスカラマシュが「気持ち悪い」と言い今度は鼻を摘んできた。「変な形になる」、痛がって喚く私。すると、
「最初からこういう鼻だろ」
「……っ!」
初めて言われた時はムカッとしたはずなのに、今は……。
(嬉しい)
純粋にそう思って、へらりと笑ってしまった。
更に気味悪がられたのは言うまでもないが、どうにも抑えられなくて顔が緩んでいった。
「にしても、まだ稲妻にいたんだね」
大木の下に二人で座って話す。嫌がりも逃げもせず隣にいてくれる、それだけのことに胸がきゅっとなった。
「いたら駄目なの」
「違うよ。もう、捻くれてるなぁ」
「……君さ、神の心を取り戻そうとか思わないのか?僕が何をしたか分かっているよね?」
淡々と言われドキッとする。確かにその通りだ。スカラマシュは許されざる悪事を働いた。本来なら、とっ捕まえて尋問して。
そこまで考えて項垂れた。そんなの分かってるよ、十分過ぎるほどに……。
「……今は、こうしていたい」
か細く返事をした私にスカラマシュが突き放すように言う。
「つくづく甘い。信じられないな」
そこで会話が途切れた。
彼はとっくに他事へと意識を向けているかもしれない。だけど私はグルグルと同じことを考えていた。
どうかしてる。紛れもない敵に対して。
スカラマシュの正体を知っている人はおそらく一握り。だからこんな風に平然と稲妻に居座っていられる。
けれど事実が明るみになった時、みんなはどう思うだろう?
(スカラマシュと一緒にいる私も、軽蔑されるね)
好きになってはいけない相手なのだ。
分かりきった答えに辿り着いてもやはり受け入れられない。それどころか現実を呪い始めてしまう。
(私、なんで自ら茨の道を選んでるのかな)
万葉なら、ゴローなら、トーマなら……次々と不毛な"もし"を考える。
もしも相手が彼らであればなんの悩みもなかった。堂々としていられた。
(諦めるべき、なの……?)
気分がどんどん沈んでいき未だ俯いていると、
「君、僕といるとあんまり笑わないよね」
「え?」
スカラマシュが唐突に口を開いた。
「あのぼんやりした銀髪と喋っていた時と随分違うじゃないか」
「ぼんやり……銀髪……」
もわもわと手掛かりを頼りに記憶を呼び起こす。えっと……あ、もしや。
「万葉?」
「名前なんて聞いてない」
ぶすっとしてスカラマシュが腕を組み胡座をかいた。なんで怒ってるんだろう?いや、それよりも。
「今日……スカラマシュ、近くにいたってこと?」
他のタイミングで見かけたのかもしれないが、にしてはピンポイント且つタイムリーな話題過ぎた。万葉にだけニコニコしているわけでもなし。
はたして予想は……。
「うるさいな、だったら何?」
当たっていたようだ。苛立たしげにジロリと睨んでくる。だからなんで怒ってるの?困惑するも追求はしないでおいた。彼だって買い物くらいするだろうし変に深入りするのも図々しいし。
最悪な空気になってしまったのでますます気が滅入ってきて下を向く。
不意に冷たい手が顎に触れてきて、スカラマシュの方へ顔を向けさせられた。
「……笑え。どうしたらさっきみたいに笑うんだ」
鼓動が大きく鳴る。
極めて不機嫌な表情で言われているのに私の頬は自分でも分かるほど赤くなっていく。
合わさる視線。お互い瞬きひとつしないまま。
「スカ、ラマシュ?」
返事は、ない。
彼の指が私の唇に触れた。僅かに瞼を伏せて。
ま、待って、そんなはず、ないけど……キ、キス、されたりして──
「っ……万華鏡!」
時が止まる。
「……は?」
スカラマシュが眉根を寄せた。当たり前だ。
心臓が爆散しかけたものなので脳裏に過ぎった単語を叫んだのだ。
彼が手を下ろすと同時、ワタワタと鞄を漁る私。そして万華鏡を一本取り出してスカラマシュにあれよあれよと握らせた。流石に反応に困った様子。
「なんなの?」
「えと、つ、使い方!教えて。稲妻人だよねっ?」
「どう使うか知らずに買ったのか?……言っておくけど万華鏡は稲妻発祥じゃないよ」
そうだったんだ。
長い時を生きてきたスカラマシュ。歴史に物凄く詳しそうだ。
豆知識に相槌を打つと、彼が筒を回しながら覗き込んでいた。片目を瞑っているのがなんだか可愛い。
と、今度は見惚れる私の手に万華鏡が握らされた。
「はい、実践」
「え?せ、説明は?」
「見て分からなかった?こんなの説明も何もないよ」
雑過ぎる。
教職に就いたら確実に鬼と化すだろうな……思いつつ、予想外に簡単な使用法だったので見たままに回してみる。
「わあ……っ!」
感嘆の声がもれた。色とりどりに輝く光……回すとクルクル模様が変わって。
(すごいっ……!)
夢中になり覗き続ける。一本の筒の中にこんな光景が広がっているなんて不思議だ。早くクレーと七七にも見せてあげたい!
「綺麗」、うっとりして呟くとスカラマシュが浅く息を吐いた。
「……この程度で笑うのか」
キョトンとして彼の方を向く。無表情に森の奥を見つめていた。
「君って本当に理解不能。……分からない、優しくする方法」
彼らしからぬ、とても落ち着いた声。
目を奪われた私からスカラマシュが万華鏡を取り眺めた。
「馬鹿高いの買わされて。これだから無知ってやつは」
「え、ぼったくりなの?あの店」
「掘り出し物が多く並ぶ市場がある。そこで似たようなの安く買えるよ。……教えてあげてもいい」
「ほんと!?万葉にも言わなきゃ!」
「じゃあ教えない」
ムスッとしたスカラマシュに万華鏡でぽかりと頭を叩かれた。タルタリヤに引き続き、万葉も嫌いなのか?
ツーンとそっぽを向く彼に慌てて話しかける。
「さ、流石。詳しいね」
「……沢山、歩いてきたから」
小さく溢し、夜空を見るスカラマシュ。遠く……ずっと遠くに想いを馳せているように思えた。その顔からはなんの感情も読みとれない。けれど、宛てもなく彷徨うひとりの人形が鮮明に見えて切なさを覚えた。
ファデュイではなく私が彼に話しかけていたら。
思っても詮無いこと。胸が苦しくなる。
「……ねぇ」
スカラマシュが言い、私に視線を戻してきた。
「え?」
「どうして、泣いてたの」
突然の問いかけ。泣いていた……?
考えてすぐにハッとする。食事処に向かっていた時か。
まさかスカラマシュへの気持ちに悩んで…などと言う勇気はなく、泣き顔まで見られていた恥ずかしさもあって戸惑った。
「な、泣いてないよ?」
何も返してこない彼。苛立って……でも、それを抑えているように少しだけ唇に力を入れていた。
ふ、とスカラマシュの瞳が柔らかくなる。
「……僕は君が嫌いだ」
ポツリ、ポツリと呟く。
「どうでもいい。死んだって悲しまない。……だから」
一等明るい星が瞬いた。
彼が、はっきりとその言葉を口にする。
「僕に取り繕う必要なんて、ないんだ」
夜風が優しく髪を撫でていく。心臓がまた、大きく音を立てる。
これは夢、なのだろうか?彼の言う、"幻想のスカラマシュ"なのだろうか?
だって、確かに言ったのだ。隠さなくていいと。私の本当の気持ちが聴きたいと。
(幻でも……構わない)
今だけは許されたい、この恋心。
誰に蔑まれてもいい、好きだ。私は……スカラマシュが大好きだ。
どんなに酷いことをされたって、たった一瞬でも寄り添ってくれるのならそれでいい。それだけで生きていける。大袈裟なんかじゃない。
喉が震える。手だって、震えてる。嬉しくて仕方がないのだと。
「スカラマシュに……逢いたくて、泣いてたんだよ」
涙があふれた。うまく話せているだろうか。
私の言葉に彼が双眸を揺らせて、逸らす。そうして所在なげに万華鏡をなぞりながら、
「……なにそれ。ならもう泣かなくていいじゃないか、逢えたんだから」
ぼそりと、言った。
その姿が堪らなく愛おしくなり泣き笑いを見せてしまう。「そうだね」、頷いて目元を拭う私。
ようやく落ち着いた頃、膝を抱えて座り直したスカラマシュが先ほどよりもっと小さな声で呟いた。
「……嘘、ついた」
「え?」
こちらを見ようともしてこない。躊躇った風に、彼が続ける。
「死んでも悲しくないとか……嘘、なんだ」
そっと、私の手を握ってくる。視線は未だ自身の足元。
「雷兜の王が来た時、恐怖を感じた」
上がってゆく私の熱が彼の手にうつる。
「君が殺される、そう思ったら……怖かった」
紺青色の瞳と、目が合う。
「生まれて初めて……怖いと思ったんだ」
幻想。夢幻。創りものの彼。
(……違う)
これは現実。
何もかもここに存在している。
月影がそれを証明してくれる。暗い暗い闇の中、スカラマシュを照らすのはぼんやりと灯る、今にも見失いそうな光。けれど彼にはそうじゃなければ駄目なのだ。彼を消してしまわぬような仄かな明かりでなければ。
(……やっと、見つけた)
本当の彼。
ひどく冷たい、お人形。
その内に渦巻く感情は私と何も変わりがない。
(生きてる)
生きているのだ。
「……僕は」
スカラマシュが私の頬に触れる。
呆れられるほどに鈍感な私だけど、彼が言おうとしていることは分かっていた。
「僕は、人形でいるのが寂しいんじゃない。……この身体を、心を、」
星々が煌めく。
私はあの日と同じことを思った。
「──君に拒絶されるのが寂しいんだ」
スカラマシュの瞳は……夜空みたいで綺麗だと。
夜が深まっていく。
今日は満月だ。私も彼も、帰り道はきっと困らない。
遠くまでふわりと照らす月が見守るように導いてくれるだろう。
ゆっくりと微笑んで、スカラマシュの髪を優しく梳いてあげる。
すると彼が帽子を指でグイと下げ、ほんの僅か……頬を薄紅に染まらせた。
「……僕がいつ、触れるのを許可したんだよ」
──そう、不機嫌に言いながら。