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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    二年後のタケルと漣が映画を観に行く話です。(2023/12/14)

    ##大河タケル
    ##牙崎漣
    ##カプなし

    憧憬 半月の夜だった。夜道で一度だけ空を見たから知っている。普段通りの日常に半月がくっついて、今から俺はコイツとレイトショーを観に行く。そういう、少しだけ特別な夜だった。日付がもうじきに変わるころだった。
     ビルの正面入り口は閉まってるから裏口のようなところを通ってエレベーターに乗る。現在地を示す階数を増やしていくエレベーターの中で、もしも途中で降りたらどうなるのかって考えた。そりゃ真っ暗なフロアが広がってるだけなんだろうけど、非日常へと繋がっていそうでなんだか少しだけ惹かれる。そんなことを考えていたらあっという間に映画館がある階までついた。
     夜道では誰にも会わなかったのに映画館には人がいる。他人っていうのはどこから来るんだろう。顔も名前も知らない人が、期待がもたらす静かな活気の中にいた。
     そこかしこにあるポスターのひとつをコイツはじっと見ていた。月に似た色の瞳が獲物を狙う猫の目のように光っている。ポスターには俺が共演した俳優が深刻な顔をして映っていて、なんだか小難しいタイトルがついていた。端っこに目をやれば俺の名前も書いてあるんだが、コイツはその『大河タケル』って文字を読んだんだろうか。まぁ俺が出る映画を観るっていうのをコイツは知っているから、文字なんて見てもみなくても変わらない。
     そんなことを考えていたら、コイツはふっと飽きたように身を離して売店の列に並んだ。財布も携帯も俺のボディバッグに入っているんだから、一声かけないとコイツはなんにも買えないくせに俺に声のひとつもかけやしない。と言っても今更文句も言う気にならない間柄なもんだから俺も黙って列に並ぶ。金髪の男がビールを買っているのが見えた。
     レイトショーには来れる年齢になったけど、酒を飲むにはあと一年かかる。早く大人になりたいとは思わなくなったけど、コイツにできて俺にできないことがあるのはなんだか気に入らなかった。
     会話もせず、ポップコーンとホットドッグと一番デカいジュースを買った。円城寺さんのラーメンをたらふく食べたはずなのに腹が減っていた。コイツのぶんはコイツに持たせて、会計を済ませて席に座る。もうCMが流れていた。
     鋭心さんも言っていたけれど上映前のCMを見ている時間は嫌いじゃなかった。安全を保証されながらぼんやりと孤独をなぞるように暗闇を待つ。コイツは早くマスクを取って買ったものを食べたいんだろうけど、二年もアイドルをやってきた俺たちはマスクを外せるタイミングを待たなければならないことを知っていた。
     ボディバッグから俺とコイツのスマホを取り出して、電源を切って、俺はようやく一息つく。隣ではコイツが目を閉じてゆっくりと息をしていた。
     封切りから数週間経って落ち着いたとはいえ、そこまで人もいないレイトショーだとはいえ、助演で出演している映画を観に来ているのがバレたら騒ぎにならないとも限らない。だから一番後ろの席がよかったんだけど、人がまばらにいたから誰もいなかった後ろから三番目の席をとった。左右にも、前後にも、人はいなかった。
     座席には空白が目立つのに空間が期待に色めき立っていた。数分もしないうちにあたりが暗くなって、それを緊張ごと飲み干すような息が聞こえる。俺たちはようやくマスクを外してホットドッグを一口齧った。
     いまから俺は自分が出演した映画をコイツと観る。何度も台本を読み込んで、ストーリーを完璧に覚えた映画を観る。円城寺さんでも、プロデューサーでも、隼人さんでもなく、俺はコイツと映画を観る。一度だけ、試写会で観た映画を観る。思うことがある。
     俺は、この映画の何が面白いのかが全くわからない。
     台本を読み込んで内容も理解したつもりだし、参加することで現場の気迫も体験した。後学のためだと言って出演していないシーンも見学させてもらって、監督のこだわりだって聞いた。出演者の実力は高く、なかでも主役の演技は本当にうまいと思ってる。封切り後の評判も上々で、鋭心さんもよい映画だと言っていた。「感動した」だの「泣いた」だの「傑作」だの、SNSは賛辞で溢れてる。それなのに、頭ではいい映画だと思うのに、心が全く動かなかった。
     他人と感性が違うことに不安はないが疑問はある。だから姿形のない他人じゃなくて、俺と一番近いところにいる『他人』であるコイツをつれてここに来た。認めたくないけど、コイツがこの映画をみて何を感じるのかが知りたかった。
     コイツは数口でホットドッグを平らげてポップコーンに手を伸ばしている。キャラメルも塩も適当に攫っていく指先を、注意喚起のムービーを無視してただ見ていた。コイツは俺の視線に気がつかないわけがないのに、なにも言わずにポップコーンを口に運んでいる。俺のことなんてどうでもいいのか、無視しているのかはわからない。コイツが俺に興味を持っていない時間っていうのは確かにあって、そういうのを嘘みたいに思ってしまう傲慢が俺にはある。二年かけて培った厄介な傲慢だ。
     静かな、川のせせらぎが聞こえる。映画が始まった。


     見知った会話がずっと流れている。頭に叩き込んだストーリーが展開されている。映画は中盤に差し掛かるあたりだ。俺はずっと退屈だった。
     つまらないとかじゃなくて、ただ心が動かない。ふっと横を見れば同じように退屈そうなコイツがいて一瞬だけ安心して、自分が少し情けなくなる。コイツが俺と同じようにこの映画を退屈だと思ったとして、それがなんになるんだろう。
     シーンが切り替わって、雨の音が流れ出した。俺のいくつかある見せ場のうちのひとつだ。
     俺がヒロインの手を引いてやってきたのは小さな停留所だった。ぼろぼろの屋根が、唯一の役目だというように雨から俺たちを守っている。
     バスは一日に数度しか来ないけれど、待っていれば必ずここに来て望む人間を連れ去ってくれる。孤独を攫うように奪い去り、きっと誰かにそれを押し付ける。
     見せ場、のはずだ。ストーリー上で必要なシーンであることも理解している。
     ヒロインがぼんやりと、というよりは呆然とバス停に佇んでいる。ざあざあと雨の音がする。ふいに、スクリーン上の俺が口を開く。
    『帰ろう』
     居場所を見失ったヒロインはどこにだって行けることを知り、それでも俺の言葉に本当に帰りたい居場所を思い出す。何度も繰り返し練習して、空き時間にずっとヒロイン役の女優さんに相談して、時間をかけて作り上げた大切なシーンだ。雨音も、俺たちの呼吸や表情も、演出のために人工的に入れられた光も、全部がしっかりと機能していて美しいシーンだということがちゃんとわかる。それなのに、どうして、こんなに心が動かないんだろう。俺はどっかがおかしいんだろうか。
     コイツがどう思っているのかというよりは、ただ見慣れたもの──あるいは本当に美しいものが見たくなって隣に視線を移す。瞬間、呼吸が止まった。
     コイツが、泣いていた。
     泣いていた、というのはあんまりにも不確かかもしれない。頬に涙のあとが一筋だけあって、あとはすべてがいつも通りだ。目に涙が溜まっていることもなく、呼吸が乱れていることもなく、ただ一筋の軌跡だけを残してコイツは俺の横にいた。
     ふっと視界が暗くなって、映像が暗転したことを知る。俺はこの先を知っている。彼女の選んだ道を知っている。
     知った上で、なにが面白いのかわからない。
     結末を見たらコイツはどう思うんだろう。そう思ったのに、コイツは暗転にあわせて瞳を閉じて、そのまま最後まで眠ってしまった。


    「俺、あの映画のなにが面白いのかわかんないんだよな」
     映画館から追い出された俺たちはあらかじめ取ってあったビジネスホテルへと歩いていた。半月はずいぶん低い位置にあるが、それを掻き消す太陽の気配はない。
     映画館には人がいたのに、帰り道に人はいなかった。他人ってのはどこから来て、どこに帰るんだろう。
    「面白いはずなんだけどな。頭では面白いって思うのに、なんか……」
     心が動かない、っていうのを「つまらない」とは言いたくなかった。でも、なんて言ったらいいのかがわからなくて、代わりにどうでもいいことばっかり言ってしまう。
    「出演してるのにな。……ちゃんと理解して演じたし、参加できて光栄だと思える作品だ。すごい映画だってのもわかるのに……なにが面白いのか全然わかんねぇ」
     何かを繋ぎ止めるように続けた言葉は言い訳だったんだろうか。俺の言葉にコイツは一言だけ「ふーん」と呟いて、どーでもよさそうにあくびをした。
    「オマエは? 面白かったか?」
     俺はコイツが途中から寝ていたのを知っている。それでも、問いかけた。
    「退屈で寝てた。気づいてただろ」
    「……そうか」
     言うべきか迷っていたらコンビニが見えてきた。何か買ってからホテルに行こう。そう提案するはずだったのに、黙ってるはずだったのに、俺は聞いた。聞いてしまった。
    「オマエ、」
     全てを見透かしたみたいに、ふたつの満月が俺を見つめる。
    「オマエ、泣いてただろ」
     どうして、と続ける前にコイツが口を開いた。聞き慣れた、ざらざらした声。
    「んなわけねぇだろ」
     俺が何かを言う前に、コイツは「オレ様が泣くわけねぇだろ」と言ってそれきり黙ってしまう。歩く速度も、態度も、なんにも変わらない。
     認めたくないのか、あるいは本当に無意識だったのか。それとも、あれは俺が見たまぼろしだったのか。
    「……気づいてないのか?」
    「なにがだよ」
     コイツが認めたくないのなら、それを突きつけることになんの意味があるんだろう。
     コイツが無意識だったのなら、それを気づかせることになんの意味があるんだろう。
     俺が夢を見ていたとして、ああ、それが一番いいのかもしれない。だってそれならコイツは俺と一緒で、あの映画になんの感情も持っていないってことなんだから。
     それでもコイツは確かに泣いたんだ。あのシーンまでがどんなに退屈でも、あのあとのことが心底どうでもよくても、スクリーンに映る俺が「帰ろう」と言った時、コイツは泣いた。俺の中でそれは真実になってしまった。
    「……なんでもない」
     コイツと俺は違う。だからこそ高め合えるし、だからこそ一緒にいられる。時折もどかしくもあるけれど、俺とは違った感性がすごく眩しい時もある。だから泣いててほしかったのかもしれないけど、もう自分でもよくわからない。
     ただ、俺の中でコイツは泣いたことになってしまったから。
    「変なの」
     そう言ってコイツはコンビニに入ってしまった。財布も、スマホも、全部俺が持ってるのに。俺がいないと、なんにも買えないのに。
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