■口吸いの話■「少尉は故郷に想い人なんかはいるのか?」
たまたま二人だけになった時に何気なく杉元に聞かれ、鯉登はひょいと眉を上げた。
「いるわけがなかろう。それに私はいつか旗手を拝命することを目標としているのだ。」
胸を張って続ける鯉登にそっか、と自分で尋ねておいて杉元はどこか気の抜けた返事をする。
「なら口吸いなんかもしたことはないのか?」
「口吸い…」
鯉登はひとつ瞬きをした。
「一度だけある」
「へぇ?」
「叶うことならいつか旗手になりたいと月島に話した時に。そう、それでだから口吸いだってしたことはないと私が話したら」
『そうですか』
月島は平素の無表情を崩すことなく鯉登の目の前に立った。
『旗手は品行方正、重ねて童貞処女であることが望ましいと言われていますが…』
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