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    アロマきかく

    @armk3

    普段絵とか描かないのに極稀に描くから常にリハビリ状態
    最近のトレンド:プロムンというかろぼとみというかろぼとみ

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    アロマきかく

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    起こり得ない未来のお話。の書きかけ。
    ダフネ光if

     およそ2ヶ月の“業務”を終え、ようやっと勝ち得た休暇を職員の皆と謳歌して。今一度L社の運営方針を考え直してみたが、エネルギーを生産するには結局アブノーマリティへの世話が必要であることには変わりない。
     色々と考えを巡らせては見たものの、当面は極力職員への福祉体制を強化しつつ、業務内容の大きな変更は無しに今後もエネルギー産業を続けることにした。
     職員の命を危険に曝すことになるのは変わりないが、少しずつ人命にとって脅威になるようなことは減らしていくつもりだ。自分だって危険なことをさせるのは本意ではない。かといって突然業務内容を変更して頭に勘付かれでもしたらそれこそ本末転倒だ。だから、少しずつ。
     職員の危険を減らすということはエネルギーの生産効率が落ちることとイコールではあるのだが、そこはどうにかして賄うしかないだろう。

     そもそも、元々本社で生産されたエネルギーは都市に出回らず、光の種を散布するため本社内に蓄積してあったのだ。その分を都市へ供給できるようになるのだから、エネルギーの総生産量が減ったところでエネルギー生産業としてのL社に対する評価は今までと然程変わらないはず。

     7日間もの間、都市を照らし続けた光の柱こそ一時期注目されたものの、なんのことはない。また今までと変わらぬ日常が戻ってきて、人々は皆光の柱が現れたことなんて忘れてしまうだろう。
     “白昼”と呼ばれた7日間の光は人々の記憶から失われても、人々へ植わった種は……きっと、発芽の時を待っている。



     L社の巣の中、目抜き通りをのんびりと歩く。
     今までのように連日作業する必要もなくなったから、新たに定期的な休日を交えた業務予定表を組み直した。
     今日はその休日にあたる。L社の管理人という立場を脱ぎ捨てて“外”を散策する。

     傍らには、秘書として自分を補佐してくれる存在。AIではあるが、彼女のことを機械だとは思いたくない。彼女には確固たる自我があり、己の意思というものを持っているから。
     ただし、“頭”の定める倫理法によって、人間の姿を模したAIの存在は禁じられている。人間以外のものは、わかりやすくそれと認識できる外見でなければならない。
     実感はないが、知識としては知っている。今なら、Aさんが法を犯してまで彼女を彼女として作った理由も、なんとなくわかる気がする。

     Aさんは機械を嫌っていた。Aさんはカルメンを求めていた。機械も人間も信じられないAさんが信じられるのは、自分自身とカルメンだけだった。
     それらの感情がないまぜになって、出来上がった彼女はカルメンの記憶を持ちながら、その自我は生まれたての赤子同然。内面に持つものは、Aさんと似通ったものがあった。
     そして、瞳の色も。
     無意識のうちに、Aさんは己の理想と己自身を彼女に詰め込んでいたのかもしれない。『子は親に似る』とはよく言ったものだ。
     カルメンとしての記憶は持っているが、経験はしていなかった彼女がAさんに向けて放った一言。精一杯の気遣いを込めて言ったつもりだろう一言。その一言が、Aさんにとっては致命的だった。
     だから、Aさんが彼女を嫌う理由のひとつにはきっと、“自己嫌悪”が混ざっている。自分はAさん本人ではないけれど、記憶は持っているから。Aさん自身薄々わかっていたはずなのだ、どんなに本物を模したところでこうなるということは。むしろAさんほどの頭脳をもってしてこの結果を予想できないはずはない。
     解っていても、縋らずにはいられなかった。
     AさんであってAさんではない自分の立場から見た結果、きっとそういうことなのだろうと感じた。



     いざ外に出られるという段階になって、自分の秘書たる彼女を外の世界へ連れ出そうとした。
     ずっと思っていた。彼女を温かい場所に出してやりたいと。
     少しだけ反発し、少しだけ躊躇いを見せた後、「せめて見た目くらいは変えても良いだろうか」。彼女が訊いてきた。あまりにも彼女の外見は人目を惹きすぎる。透明感のある銀色めいた空色の髪などはその最たるものだろう。あと、その、体型とかも、多少。

     繰り返しになるが、彼女の容姿はカルメンがベースになっている。とはいえその面影は大きく異なっていると言っていいくらいには、美化されすぎているとも思う。かろうじて原型を留めているのは髪型くらいなのではないか。
     その特徴的な長い髪を、ばっさりと切った。肩口に触れるかどうかというところまで。ボブヘアー、と言うのだろうか。あまりその手の知識については明るくないから正確な名称はうろ覚えだが、短くした髪もまた、彼女にはよく似合っている。

     そして人間離れした髪の色も変更する。彼女には新陳代謝が存在しないからそのまま染めても良かったのだが、髪の根っこから丸ごと入れ替えるらしい。髪の質感から感づかれるかもしれないからと。
     自分には彼女を作った記憶こそあれど、その記憶通りに指が動いてくれない。「自分で出来るから」と自らの頭皮にあたる部分を切り開いて植え込まれた髪を交換する様子に、遣る瀬無さと己の無力さを感じた。
     外に出ようと誘ったのは自分なのに、そのための碌な準備すら彼女にしてやれない。
     彼女を作ったのは“自分”なのに、彼女の身体の構造すら理解できていない。

     彼女が選んだ髪の色は、淡いベージュ。濃いめの色を使っても、彼女の白い肌と合わせると重たく見えてしまうだろうから、きっと一番無難な選択肢。植毛のための髪は人間用のウィッグにも使われるもの。確かにこれならば、違和感を持たれることはないだろう。
     どうせ自分には知識があっても何もしてやれないのだ。しかし、せめて彼女が植毛を終えるまではその様子を見ておこうと思った。彼女が機械であるという事実を認識して、だからこそ彼女を機械として見做さないように。
     矛盾しているように感じるが、彼女が機械であることと、彼女が自我を持つひとつの存在であることは、両方とも大事なことだと思ったから。
     ずっと彼女から目を背けてきたAさんに代わって、自分が彼女をしっかりと見つめてあげたいと思う気持ちもある。それなのに、機械としての一面を見る度に目を背けたくなってしまう自分自身が情けないし、我儘だなと思う。



     ふいに目抜き通りを一陣の風が吹き抜けた。
     風に靡く彼女の髪を見て、改めて思う。
     ああ元々の色だったら、きっと日差しを受けてさながら流れるダイヤの如く煌めいていたに違いない。だがそのさまは明らかに人目を惹いてしまうだろう。ただでさえ存在自体が法に背いているのだ。無闇矢鱈と目立っては要らぬトラブルを呼びかねない。
     淡いベージュの短い髪を踊らせながら細い眉をしかめ、風上に向けて手をかざす彼女。そのさりげない仕草や立ち居振る舞いの一つ一つが、まさに人間そのものだった。こんな機械があるものかと一笑に付される程度には。

     彼女は“人間”をおよそ百万年ものあいだ、見続けてきた。人間である職員たちを、ずっと。
     彼女の目には人間がどのように見えていたのだろう。職員たちは、そして……管理人Xたちは。
     あまりにも繰り返しすぎたから、途中から深く考えるのを放棄していたかもしれない。
     でも、最初のうちは。
     何故自分はAさんからぞんざいな扱いを受けねばならないのだろう、と。自分を作り出した“生みの親”であるところのAさんが自分に対して厳しい態度をとるのは自分に落ち度があるのでは、と。そんな彼女が様々手を尽くして、いったい自分の何が悪いのかを思い悩んでいた。
     そんな彼女の努力の痕跡が、Aさんの記憶の隅にひっそりと隠されていた。Aさんにとっては忌まわしい記憶だったのだろう、思い出したくないからと記憶の深層へ追いやっていたに違いない。
     僕はそんな記憶たちも、余さず掬い上げる。掬い上げて、真正面から向き合う。

    「外の空気と日差し、気持ちいいでしょう」
     と言ってはみたものの、実際に経験するのは自分自身も実質初めてだ。記憶の中にあった光景がとても眩しかったから、きっと気持ちいいものなのだろうなとは思っていたけれど。
     知識だけ持っているのと実際に体感するのとでは、天と地ほどの差がある。
    「ええ……思っていたよりは、ずっと」
     控えめな口調で彼女が零す。

     本来は、こうして彼女とL社の外を歩くなんてことは叶うはずのないことだった。
     あり得るはずがなかった。台本通りに舞台が回っていたのならば。
     目抜き通りを走る風の中に、一筋の翡翠色をした光がちらと見えた気がして、思わず振り返る。

     今も、僕たちを見ているんですか。
     幸せそうだなって笑っているんですか。

     僕は、まだ諦めたわけではないですからね。
    ――森林浴のこと。



     ――・――



    「なぁ、エックス」
     僕の自室。深刻な様子でダフネさんから「あとで話がある」と言われ、業務終了後に落ち合った。
     炬燵に腰を落ち着けたところで、声を潜めてダフネさんが問いかけてくる。呼び方からして、恐らくは“管理人”としてではなく、“僕自身”に。
     居住まいを正し、話を聞く姿勢をとって続きを促す。
    「あんたは、職員の皆と休暇を迎えて……外に、出たいか?」
    「当然です。そのために色々と危ない場面だって乗り越えてきたんですから」
     何を今更、と思った。およそ2ヶ月の業務を終えて職員の皆さんと休暇を迎えることこそ、僕が目指していたもの。そして、職員の皆さんが目指しているもの。

     外とL社内の時間の流れ方については、きりきりと痛む胃を抑えつけながら明かした。めでたく休暇を迎えることになったのならば、いずれ直面する問題だから。残酷な事実。帰る場所があった者はそれを失い、再会を心待ちにしていた家族とは会えないであろうこと。
     一度突き返されて初日からやり直し、そこまでしてついてきてくれた皆さんに対してなお最後の最後まで黙っているのは、卑怯だと思ったから。そして、何が何でも休暇まで業務を成し遂げてみせるという僕の決意の表明でもあったから。
     きっと皆、程度は違えどもショックを受けたに違いない。特にアーニャちゃんのように、元々家に帰るつもりであり、家族と再開するのを心待ちにしていた人ほど。
     だけど、隠したまま休暇を迎えて絶望するよりは、と。
     もしかすると明かしたことによって皆のモチベーションの低下に繋がり、まともな業務が成り立たなくなる可能性だってあった。
     それでもいいと思った。隠したままにしておくことを、僕自身が許せなかった。

    「……あんたも、外に出たい、よな。勿論」
     ダフネさんから、どことなく言いづらそうな雰囲気を感じる。あまりいい話題ではないのだろうな、と直感的に悟った。
    「森林浴に連れて行ってくれるんでしょう?出たいに決まっています。外の様子はAさんの記憶として知ってはいるけれど、当の僕自身はまだ体験したことがないものですし」
     管理人Xとしての僕は、地下にあるL社内部しか世界を知らない。記憶同期によってAさんが知る範囲での外の様子は知り得たけども、それは“僕”が体験した記憶ではない。それに、外に出られるのならその記憶の更に向こう側にも行けるのだ。それがどれほど魅力的なことだろうか。
    「だよな」
     ぼそりとダフネさんが零す。ダフネさんだって親友の分まで外の空気と日差しを堪能するために、そして僕と一緒に森林浴をするために、外へ出ようとここまで途方もない繰り返しのもと頑張ってきたのだ。



    「だが、このままじゃあんたは……いや、俺たち皆、休暇を迎えることは出来ない」
    「……え……それって、どういう」



     にわかには信じ難かった。しかし事ここに来てダフネさんがわざわざ嘘を吐くような状況でもないし、何より嘘を吐く理由がない。とはいえ僕自身薄々まともな休暇にはなりそうにないと思っていた節はあるし、訊きたいことも山程あったが、一通り話を聞いてから考えることにした。

    「前提として、まずここから信じてくれないと始まらないんだが……。俺は“業務を最後まで成し遂げた結果”を知っている。この目で見たんだ。その後、時を遡って今ここに居る」
    「結果……。つまり、業務を成し遂げても休暇を迎えられない、もしくは外に出られない。そういうことですか?」
    「話が早いのは有り難いが、時を遡ってきた件については訊かないんだな」
    「信じないと始まりませんから。それにダフネさんに関しては、もう何が起きても驚く段階を通り越してます」
     最早ダフネさんの語る内容がどれほど突飛であろうと、疑う理由など無い。
     困ったような顔で小さく苦笑いをするダフネさん。
    「ありがとな。エックス」

     ダフネさんが見てきたというおおよその内容を掻い摘んで話す。信じるとは言ったものの、時折突飛過ぎて思わず聞き返すような箇所もあったが、このL社においては最早何が起きてもおかしくはない。
     ただ、“最終的にAさんが光の種を蒔くための触媒として光になる”ことを聞いた際には衝撃を受けた。Aさんが光になるのであれば、現状は脳内で共存している僕自身が光になることと同義だ。
    「あんたの言動は、全て休暇を勝ち取れることが前提だったよな。Aは休暇なんて迎えられるわけがない、それを知っていてあんたにはずっと伏せていたんだ。休暇が無い、なんて知れたら、モチベーションとしてきた前提が崩れ去る。それによってXが台本の進行に協力的でなくなることを懸念して、ずっと黙っていた。そうだろ?」

     そういえば。ダフネさんが「僕を森林浴へ連れて行く」という約束を切り出したときだ。
    「いいのか。あんな約束、してしまって」
     Aさんがぽつりと訊いてきたことがあった。
     あのときは特に何も考えず、約束を守る気満々で……いや、約束という楔があるからこそ、余計に休暇を迎えようという意思を固めた。
     期待というものは、大きければ大きいほど裏切られたときの反動もまた大きい。あのときの言葉は、Aさんなりに僕に対して気を遣ってくれていたのだろうか。「約束なんてしてしまったら、いざ台本を成し遂げた際の落胆も酷いものになるぞ」と。
    「まぁそう心配するな。あんたが光にならずともどうにかする方法は目処がついている。だから今こうして全てを打ち明けているんだ。こんな厄介なこと、無計画なまま話すわけがねぇからな」
     脳内のAさんへ意識を向ける。ふん、と不機嫌そうにそっぽを向いてしまったように感じ取れた。何の対策もないままであれば、この肉体が光になってしまうことはきっと事実なのだろう。

     より問題なのはここからだった。
     管理人が光となって光の種を蒔き終えた暁には……L社の社屋は本社も支部も、中のセフィラや職員さんたちごと、地下に埋没させて封印することになっているのだと。だから、職員も休暇を迎えられない。
     僕だけならまだしも、皆。L社の皆が。誰一人休暇を迎えることなく地の底へ。これでは僕の目標としていたものが尽く否定されているも同然だ。
     話の内容を反芻し、軽く目眩を覚える。

     ふぅ、と一旦話を切り、ダフネさんが一息つく。
    「信じるかどうかは任せる。結果的にはあんた次第だからな。俺がどんだけ頑張ったところで、管理人の意思が最終決定事項となるのは変わりゃしない」
    「今更……ですよ。僕たち、どれだけ一緒に業務してきたんですか。ダフネさんの言葉を、僕は信じます」
     ダフネさんの目を真っ直ぐ見据えて、応える。
    「……ん」
     うっすらと涙が浮かぶのが見えた。ダフネさんはすぐさま俯き、視線を遮る。
    「少しだけ、……ほんの少しだけ、不安だった。もしあんたが信じてくれなかったら、また、俺は」
     かぶりを振り、言いかけた言葉を飲み込む。僕が信じたのだから、この先の言葉は必要ない。そう言わんばかりに。

    「聞こえてるんだろ?A。あんたの“台本”と違う所があったら訂正してくれていいんだぜ」
     挑発するかのような声音。
     Aさんの様子を探る。相変わらず不機嫌そうな気配を感じるが、それ以外に反応は無い。
    「Aさん、だんまりです」
    「訂正の必要無し、ってとこか」
     寂しそうに、笑った。
    「なら、きっと上手くいく。途中までは」
    「途中?台本の内容を把握した上で、台本通りの結末にならないようにする……んですよね?」
    「ああ。Aも安心しとけ。台本は覆すが、あんたの最終目標はちゃんと織り込み済みだ。だから余計な妨害なんかしてくれるなよ」
     頭の中で、Aさんが素っ気なく『最終的に光の種が散布されるのであれば構わん』と呟くのが聞こえた。あまりAさんはダフネさんと直接話したくはないのだろう。今でこそ殺伐とはしていないが、当初はとことん存在そのものを否定され続けてきたわけだし。

     Aさんが呟いた内容をダフネさんに伝える。
    「なるほどな。こいつぁいよいよいけるかもしれん。最大の障害さえ乗り越えられれば、な」
    「まだ何か問題があるんです?」
     ダフネさんが眉をしかめる。
    「おそらくは最も厄介で困難な障害が待ってる。最後の最後、台本が終わったその後に」
     ぴくり、とAさんが反応するのを脳のどこかで捉える。心当たりでもあるのだろうか。
    「台本が終わった後ってことは、光の種を蒔いた後に?全てを地下へ封印するって言ってましたけどそのことですか?」
    「一応そいつは大丈夫。というかそいつも台本のうちだし、そもそも地下への埋没プロセスを解除すればいいだけの話だ。管理者権限でもってシステムを書き換えちまえば良い。そんなことよりもっと重要で、最も阻止するのが難しい障害が……な」
     流石に支部も含めて全て地下に封じてしまうというのは、きっと今までやってきたことへのケジメのような意味合いもあるのだろうけど。そんなことされたら、休暇を待ち望んでいた職員の皆さんにあわせる顔がない。
     そして台本が終わった後の、もっと重要で、最も難しい障害とは。

    「あんたの秘書さん……アンジェラが、光の種散布を中断する。Aへの復讐と、自らの欲望のために」

     意識の端の方で、苦々しい顔をするAさんがちらと見えた。
    「アンジェラは台本が終わっても、稼働停止などの命令が設定されていない。つまり光の種が蒔かれ始めた時点で自由の身になるんだ。自由になったアンジェラは、積年のAに対する恨み辛みの腹いせ且つ、自由に生きたいという己の欲望を満たすために、光の種の散布を止めて残りのエネルギーを自らの欲望を叶えるために使おうとする」
    「アンジェラさん……が、そんな……。いつか言ってました。『私の目的もあなたと同じです』って。それは台本の完遂――」
     そこまで言って、はっとする。そうだ。“台本の後”。光の種の散布が始まったら台本が終わる。台本から解き放たれたアンジェラさんは、“完成された光の種”を奪い取る。『光の種を完成させ、散布を始めるまで漕ぎつけること』がアンジェラさんの目的ということになる。あの言い方であれば間違ってはいない。
     それに、Bさんから受け取った“嘘発見器”。僕や会社を害する計画を立てているのかという質問に対し、そんなことはありえないと答えたアンジェラさん。その発言が嘘であるという反応。それはつまり、僕や会社を害する計画を立てていると宣言しているも同然。光の種を奪うことが目的であるならば、僕――Aさんの台本を、L社の目的を台無しにするということで。
     僕“たち”が光となったあとに光の種散布を停止したら、光となった僕たちの肉体はどういうことになるのだろう。そこが不明だからこそ、“僕に害を加える”可能性もあるというわけか。
     あなたが全てを成し遂げる可能性はゼロです。そうも言われた。確かに途中で力尽きて心折れたりすることはあるだろうが、それだけでは確率ゼロとは言えまい。そもそも全てを成し遂げることを前提として毎回繰り返しているわけだから、いつかは成功しなければいけないはずなのだ。
     いつか必ず成功するはずの事象を可能性ゼロにしてしまう方法。それは自分自身が最後の最後に反乱を起こすこと。もしすべてを成し遂げて光の種が蒔かれ始めたら、必ず、絶対に、確実に、アンジェラさんはそれを妨害すると決めている。だからこその、可能性ゼロ。全て合点がいった。
     またアンジェラさんは、「外に出て旅をしてみたい」とも言っていた。あれは、まさに文字通りアンジェラさんの素直な夢なんだ。社屋の埋没を阻止し、外に出る。世界を見る。そのために、僕たちを裏切る――。

    「あんたは、アンジェラをも外へ出してやりたいと思っているんだろう?」
    「え、なんでそれを」
    「“いつかのあんた”がな、そう言ってたんだよ」
     今のダフネさんは、“この点”を何度も繰り返していると言っていた。数々の点を飛び歩いてきたのとは違い、毎回同じX。同じように過ごしていれば同じような思考に至るのも不思議ではない。
    「あんたのその想いこそが、最後の切り札になる。俺はそう思ってる」
    「僕、の……想い……」
     制作者たるAさんではなく、僕の想いが?僕はアンジェラさんに何かしてやれることがあるのだろうか。
     記憶同期によって、Aさんがアンジェラさんを造るに至った経緯は知っている。アンジェラさんを“あの形”で、“あのシステム”で、そう設計した理由も一応は理解できる。今は記憶同期の影響もあって、何となく顔をまともに見つめるのも心なしか抵抗があるけれど。
     出来れば、僕はアンジェラさんの顔を見て話したい。毎朝淹れてくれるコーヒーはとても美味しいけれど、お礼を言うときにも微妙に視線を逸らすようになってしまった。コーヒーを淹れてくれることは嬉しくても、その度に心苦しくなる。
     コーヒーのお礼を言うたびに、アンジェラさんはちょっと困ったような顔をして、それからほんの少しだけ微笑む。
     きっとAさんではない、管理人Xという存在の挙動は繰り返すたびに様々異なるから、頑張ってそれに対応しようとしてくれているのだと思う。そのアンジェラさんなりに精一杯頑張っている表情も、今は直視できていない。
     アンジェラさんの思惑も複雑なところだろう。ダフネさん曰く、アンジェラさんはAさんへの復讐のために光の種散布を止める、ということらしい。それほどまでに積もり積もった気持ちがあるに違いない。記憶同期以降感じているAさんの感情。ダフネさんが阻止していない点では、記憶同期のたびに管理人の席はAさんに取って代わられる。かつて管理人Xであった自我は、同期によってAさんの一部となる。溶けて希釈されて、Xであったものはその経験と記憶だけがAさんの中に残る。
     僕も、そうなるはずだった。
     そんな“Aさんの見た目をした存在”から、アンジェラさんを慮る言葉や、いい関係を築いていきたいという気持ちが紡がれたら。どんな気分になってしまうのだろう。
     身体は同じ。人格はまるで異なる。僕は……“管理人Xたち”は……アンジェラさんにとってどのような存在なのだろうか。

    「アンジェラの反乱は、俺が動くだけじゃどうにもならなかった。だから、もう頼れるのはあんただけなんだよ、エックス。あんたのアンジェラを想うその気持ちが、最後の最後、台本が終わった後に必要になるだろうさ」
    「……でも、僕は」
     言いよどむ。確かにアンジェラさんを外に出してあげたいという気持ちは抱いたし、今だってそれを望んでいる。
     だけど。
    「アンジェラさんの意思も、可能な限り尊重したいんです。光の種散布が途中で止まったとしても、社屋の埋没プロセスさえキャンセル出来れば……」
    「あんたはきっとそう言うと思ったよ。だが残念ながらそうもいかない。光の種が半端に蒔かれた状態を放っておくと、どうも光の種が植わるはずだった人間の心に悪影響を及ぼすっぽくてな。49日目から突っ返されるときのような、人が化け物になっちまうアレだ。アレが発生する可能性が出てくるみたいでな、何度か見た限りでは巣ひとつ丸ごと消し飛ばしちまう程の力を持った化け物も出た。俺にはそこいらの仕組みはわからない。ただ、光の種が半端に蒔かれた場合、そういうことが起こりうる可能性があるってのだけは確かなんだ。だから、アンジェラの反乱は必ず阻止しなきゃならない。……わかって、くれるか?」


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