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    menhir_k

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    読む人を結構選びそうなアシュクロアシュ7話目クロードのターン!(タターンッ)

    泥洹の揺らぎ 燻る怒りをあやす。行き場のないどす黒い感情に蝕まれながら、クロードは寝台に伏せて異郷の夜景を眺めていた。
     父が死んだ。殺された。クロードの手の届かない遥か彼方の空の向こう、宇宙の闇に呑まれて消えた。怒りで、視界が赤黒く明滅する。口の中がひどく乾く。引き攣れた喉から、それでも抑えられない激情が濁流となって溢れ出す。けれど明確な殺意に突き動かされるまま振るった剣は虚しく弾かれた。敵に背中を見せて無様に逃げ出した。
     体中の水分が出てしまうのではないかというくらい、ただ泣いた。泣き叫んだ。声が涸れ果て、涙も乾く頃、クロードは充てがわれた部屋の寝台に静かに身を横たえた。
     眠らない街並みはすぐそこまで差し迫る宇宙の崩壊などまるで無関係に、さんざめいて輝いていた。時折、サイバードの影がはめ殺しの窓に映る。奇妙な既視感に襲われて、クロードは自身の身体を掻き抱いた。
     知っている。覚えている。この景色も、この激情も、今ではないかつて、何処かで確かにクロードのものだった。憤り、憎しみ、やり場のない怒りを持て余し、激しい後悔と自責の念に押し潰されそうな感覚の全てが、クロードの脳髄より、記憶より、心よりも尚深く、魂に刻み込まれていた。
     寝そべる肩越しに扉を見遣る。扉は沈黙を保ったまま、開かれる気配はない。誰もクロードを訪ねてはこない。誰もクロードに声をかけることが出来ない。どんな言葉も、今は届かないことを知っているからだ。ただ一人を除いて、きっと誰もクロードに近付くことはない。だからこそ、そのただ一人、たった一人、名前も定かでないただ一人を取りこぼしてしまったことが、どうしようもなく物悲しい。後悔に苛まれる身体を抱き締めてくれた腕も、憤る心を慰めてくれた唇も、クロードの知らないところで永遠に失われてしまった。
     どんなに待っていても、扉は開かない。そうだ。開かない。クロードの頬を、父の死を悼むものではない涙が伝う。
     緩慢な所作で身体を起こすと、クロードは開かない扉の前に立ちドアノブに手をかけた。





     賑わいを避けて、夜のセントラルシティを歩く。日付を跨ぎそうなほどの夜分であるにも関わらず、人々の往来は少なくはなかった。それでも市庁舎付近は人気が絶えていて、クロードは漸く生け垣近くのベンチに腰を落ち着けることが出来た。
     生け垣には蔦が絡み付き、薄ら白いレースのような花がいくつも咲いている。見たことはあるが、名前は分からない。何処で見たのかも思い出せない。
     花から目を逸らし、夜空を見上げる。街の明るさに負けない星々の力強い光が見える。地上の灯りが星の光を掻き消さないネーデの技術の高さに、クロードは驚かされた。

    「クロード?」

     名前を呼ばれ、クロードは視線を地上へと引き戻す。市庁舎から出て来たのはチサトだった。庁舎内には彼女の務める新聞社がある。

    「こんな時間まで仕事ですか」

     努めて平静を装い、クロードは言った。

    「ええ。ちょっとまとめたい記事もあったから」
    「熱心なのは結構ですけど、もう少し早く切り上げて下さい。いくらチサトさんが強くても、夜道は危ないですよ」

     言いながらクロードはベンチから腰を浮かせる。けれどチサトが手の平で制した。

    「まだ帰りたくないんじゃないの。別に、わたしを待ってた、ってわけじゃないんでしょ。何か飲まない?」

     奢るわよ。軽やかにチサトは片目を瞑る。
     チサトの言う通りだ。まだホテルに戻っても眠れそうにない。クロードは頷いた。すぐそこだから買ってくるわね。市庁舎にとんぼ返りする彼女の背中を見送った。
     程なくして戻って来たチサトから頼んだサイダーを受け取る。クロードの隣に腰掛けたチサトは、両手で持った紙コップの中身を啜り始める。街灯だけでは色は判別出来なかったが、カカオの香りがしたのでホットチョコレートかな、とクロードは思った。

    「今日の、十賢者の件ですか。まとめていた記事というのは」
    「そうよ。わたしがこの目で見たありのままの真実を、捻じ曲げることなく大衆に届ける――それが、わたしがあなたたちに同行する理由だもの」

     クロードの問いに、チサトは真っ直ぐ前を向いて答えた。その双眸には強い光が宿っている。何一つ諦めていない人間の目だ。
     父の死、防衛軍の壊滅、敗走――一日の内に、あまりにも多くのことが起きすぎた。それらをその日の内に文字に起こし、まとめ上げるチサトの気概にクロードは感嘆し、尊敬する。けれど、そんな彼女が不意に表情を曇らせた。

    「……こんなこと言うのも不謹慎だけど、塞ぎ込んでなくて良かったわ。部屋から出て来てくれて安心した」

     紙コップの中に視線を落としてチサトは言った。黒い水面に、月に似たネーデの衛星が浮かんでいる。

    「ぼくが閉じこもってても、父が生き返るわけでもなければ、十賢者が待っていてくれるわけでもありませんから……切り換えていかないと」

     口の中で弾けるサイダーを飲み下して、クロードは言った。チサトは目を閉じて、静かに首を横に振る。

    「理屈ではね。でも、理性で感情を割り切るのは、難しいわ……あなたには、何の心の準備もなかったのに」

     わたしが同じ立場だったら。最後はクロードに向けてではなく、殆んど独白のようだった。

    「あなただけじゃない。レナも、セリーヌもプリシスだって、エクスペルには大切な家族がいたのに……みんな強いわ」

     いつも明るく見えるチサトにも不安はあるのかも知れない。
     ノースシティで会った彼女の母親を思い出す。仲の良い親子に見えた。チサトを自分と同じ立場にしてはいけない、とクロードは思った。

    「……ぼくに関して言えば、前に、似たようなことを誰かに言われたことがあるような気がします」

     チサトの横顔の向こう側、生け垣に絡み付く白い花に焦点を合わせてクロードは言った。身動ぐチサトが小首を傾げ、浅く微笑む。白い花は夜の闇に沈んだ赤毛によく映えて見えた。

    「友達?」
    「どうかな……そうだったのかも」
    「曖昧ね」
    「ぼくがそうだったら良いな、って思っただけなので」

     確かな名前も知らない。肉声に鼓膜が震えたこともない。言葉を伝えたこともない。眼差しも温もりも夢の中でしか触れたことがない。それでも、あの陽の光の届かない坑道の奥深くで朽ちていた彼と、友人であれたなら、とかつて望んだ自分がいた。ここではない何処かで、確かに強く、はっきりとクロードは望んだ。

    「なら、友達よ。こんな夜に、くれた言葉を思い出すのは」

     ジャーナリストは、クロードの言い草を友を語る声風だと言って笑った。その言葉を嬉しく思う。同時に、取りこぼしてしまった可能性を突き付けられたようでもあって、ひどく胸を締め付けられた。
     何かが違っていれば、彼はあんな風に独り寂しく死んでいくことはなかった。何かが違っていれば、今隣にいたのは彼だった。何かが違っていれば、ここではない何処かでそうしてくれたように、彼は強くクロードを抱き締め、離さずにいたかも知れない。
     白い花の、長く糸状に分かれた花弁の先端が風に吹かれて幻想的に揺れている。クロードの視線の先に気が付いたチサトが、ペンだこのある指を伸ばして花にそっと触れた。

    「玉章の花ね。好きなの?」

     さっきからずっと見てる。チサトが言った。

    「そんな名前の花だったんですね」

     たまずさ。舌の上で花の名前を転がした。手紙、それから恋文といった意味があったようにクロードは記憶している。

    「種の形が結び文に似てるから、そういう色っぽい名前で呼ばれるようにもなったんですって」
    「なるほど」
    「多分、烏瓜って名前の方が一般的ね。わたしは文字に携わる人間だからか、玉章って呼び方が好きだけど」

     脳裏に、朱色の像が過ぎった。よく熟れた朱い実の皮を割り、中からどろりと溢れ出した果肉でクロードは彼と二人、指先を汚した。

    「そうだったんだ」

     思い出した。
     黒い種を取り出して、薬を作った。薬を作りながら、種をお守りにする地球の風習を教えたのはクロードだった。坑道の奥でひっそりと朽ち果てていた彼の手に握り締められていた小袋の中身、人形のような小さな種と、拙い地球の文字で書かれた古い詩――その全てを、アシュトンに教えたのはクロードだった。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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