ラッキースケベが全然ラッキーじゃなかった件「うぉぉおぉお!?」
曲がり角でぶつかってきた男の人がバランスを崩して、正面から俺の胸に飛び込んできた。
俺の胸に顔が埋まり、空いた手が俺の尻を鷲づかみにする。
ひっと声が出かかったが、〝これだけで済んで良かった〟と思うことにして俺はサッと男から離れた。
「す、すまん…兄ちゃん」
「い、いえ……っ」
男の人が呆然と手をグーパーしてるのを置き去りにして、俺は足早に路地を出る。
狭い道は良くない。
何かあったとき逃げるのが大変だからだ。
かといって、人通りの多い道も危ない。
人が多い分、ハプニングがいろいろ起こりがちだからだ。
早く帰りたい。
宿屋に。
フェルのところに。
「あっ」
「わぁぁ!!!」
背中にドン!と何かがぶつかる感触…と共に背中から伸びてきた手が俺の身体を抱きしめるようにする。
キュッ。
一瞬だったが乳首をつままれ、今度は「ひっ」と悲鳴が出た。
慌てて身体を振りほどき、次に下半身に触れそうだった手から逃れる。
「すみません!躓いてしまって…!!」
後ろには真っ赤になって慌てている若い青年がいた。
「い、いえ……っ、大丈夫…です、から」
慌ててる青年に申し訳なくて、〝慣れてますから〟と言いかけた口を閉じ、足早に先に進む。
青年の友だちなのか、「お前大丈夫か?」何て声が後ろから聞こえる。
「急に躓いて……やべぇめっちゃいいにおいした…」
「はぁ?」
足早に、けれど慎重に俺は宿屋への帰り道を歩く。
人がこちらに向かってきたときは大きく避ける。
気をつけて歩く。
常に緊張状態で。
でも、気をつけてるのに。
「うぉぉ!」
「ひぇ」
大きな体のおじさんが飛んできて、近くの店の土壁に押し付けられた。
壁ドンってやつだ。
「す……すまん、兄ちゃん…人に押されて」
「…は、はい」
至近距離におじさんの顔。
一瞬頬におじさんの唇が触れた感触がして、俺はいよいよ涙目になってしまって、カサコソとおじさんの壁ドンから抜け出したのだった。
異世界に召喚されてから俺の身体は変になってしまった。
道行く人、すれ違った人。
油断するとそんな知らない人とのエッチなハプニングが起こってしまう。
そう、ラッキースケベってやつ。
元の世界でそんな体質になってしまった主人公のライトノベルを読んだことがある。
あの時は女の子達がきゃーってぶつかってきたり、ちょっと良い感じになったり。
主人公うらやま!て思ったりしたよ……。
今は。
全然羨ましくないっ!!
ラッキースケベなんて良いもんじゃなかったよ。
というか、女の子とはそういう事が起こらないのは何で…???
俺に来るの、おじさんとかお兄さんとかお爺さんとか、あと男の子……。
全員男なんですが。
これは何かの呪い?
でもステータス画面見ても何も書いてないんだよな…。
俺は、召喚された怪しくて胡散臭い国を抜け出して(乗合馬車の中でも揺れる度にあちこち触られたり、アレを……思い出したくない)、アイアンウィルに護衛をして貰いながら移動し(いっぱいご迷惑かけてしまった……ヴェルナーさんとあんなことまでしちゃったし、もう次会ったとき絶対気まずいよ……!)、そこでフェンリルのフェルに出会って、今はフェルとのふたり旅中。
フェルも俺の残念な体質に巻き込んでしまっていろいろあるにはあるけど、でも人じゃないからか、抱きつかれても触られてもイヤな感じしないし、安心している。
フェルの方も俺なんか触っても気にならないのか平然としてるし。
早くフェルに会って安心したくて俺は宿屋への足を早めた。
「うぉぉ兄ちゃんすまねぇ!」
「わー!」
『…今度からは我を連れて行け』
「そうするー」
疲れた。
宿屋の従魔を繋いでおく小屋に行き、白いフワフワを見た瞬間俺は力が抜けて座り込んでしまった。
「図書館でこの世界のこと勉強してただけなのに、知らない男の人に体触られるしカウンターに押し倒されるし。帰り道も……」
『…我が悪かった。お主をひとりにするべきでは無かった』
図書館行く、て言ったとき、退屈だから待ってるってフェルは言ったんだよね。
大体お主がのんびりしてるからそういう事が起こるのだ、て。
悪かった、そこまでとは…なんてブツブツ言ってるから、ションボリしてるフェルがおかしくて撫でてやろうかな、て近づこうとした。
「あっ」
かつん、とつま先に何かを引っ掛けて俺の身体が前のめりになる。
咄嗟にフェルが飛び出して俺の目の前にフェルの毛が広がった。
ビリィィ!
支えようとしてくれた前足に当たったのだろうか。
何か布が裂ける音がした。
「あっ」
『ぬぉお!?』
俺が顔を上げると赤くなったフェルがいる。
慌てて自分の状態を見下ろすと、破けた服から胸を露出させていたから悲鳴を上げた。
いや、女子じゃないんだけどさ。
『何故そうなる!?お主!本当にワザとやってるのではないんだろうな!?』
「そんなわけないだろ!?俺は変態じゃない……あっ!!」
フェルが急に動くからほら。
俺は地面に転がり、バランスを崩したフェルが地面についた前足にズボンを引っ掛けられ。
スッポーンと見事にズボンを脱がせられ、あっという間にフェルに地面に押し倒された状態になった。
「……」
『………』
お互いがお互いを信じられないものを見るように見つめる。
『お主…本当に』
「違う!断じて違う!!」
『……』
「……」
『……くくっ』
「…ふふ、何かさ、ここまでくるとおかしいよな…もー…」
あーあ。
フェルが笑ってるから俺もおかしくなってきて笑っちゃったよ。
何だよこの体質。
なんでそんなことになるんだ?って事ばかり起こる。
「フェルだとさ…こういうことになっても全然嫌じゃないんだよな」
『……そうか』
「うん。だから……ずっとフェルの側にいるよ」
『それがいい』
フェルの鼻先がすっと近づいてきて、俺の口に触れる。
あぁまた。
でも嫌じゃない。
「…んっ……!」
熱い舌が露出した俺の胸を舐め上げる。
「…ん、あれ?フェルさんや……?あっ……、ワザとやっていらっしゃる???」
『すまぬ。身体が勝手に動いたのだ』
「あ、そっか……ごめん……んっ」
本当に変な体質だけど、フェルの側なら安心だから。
巻き込んでごめん、という気持ちを込めてフェルの頭をなでなでしてやった。
おわり。