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    0091boya

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    合同自創作「包莱町の台所」
    包莱町という町で一緒にお料理したり、ご飯を食べたり日常を過ごしたりする人々を眺める
    登場キャラクター↓
    エンカ卓: 赤羽根 青(あかばね せい)
    mon茶卓: 三毛 音緒(みやけ ねお)

    ##包莱町

    拾った猫が家に居座るようになった話「今日は何作ってくれんの?」
    「肉野菜炒め」
    「えーー、なんか地味……
     俺ハンバーグ食べたーい!」
    「わがまま言うな。今度作ってやるから我慢しろ」
    「ちぇー、しょうがないから我慢してあげるー」
     そんな会話をしながらスーパーで買い物を進める二人。一見仲の良い兄妹にも見えるが、赤の他人である。
     耳元の髪だけ赤く染めた、長めの黒髪を結いた青年、赤羽根 青(あかばね せい)と、緑の長髪を二つに束ねた金と黒のオッドアイの女子高生、の格好をした男子高生、三毛 音緒(みやけ ねお)。ひょんな事から赤羽根の働く喫茶店の閉店後、音緒が夕食を食べに来る様になった……という、なんとも不思議な関係が続いて、一週間が経った。
    「そういえばお前、なんで毎回女装して来るんだ?」
    「え?可愛いでしょ?」 
    「そういうことを聞いてるんじゃない……」
    「えーー、まあ、趣味みたいなもんだよーー。あーー、あと、クラスの奴らとかにバレたくないじゃん?」
     一応、女装の事も、他人にご飯をご馳走してもらっていることも、周囲には隠しているらしい。赤羽根は音緒の素性について、深く追求するつもりも無かったのでこの話題はそこで切り上げた。
     
     ***
     
    「え、オーブンが故障?」
     翌日、赤羽根がいつものように働いていると、店長からそんな事を告げられた。
    「うん。前から調子は悪かったじゃない?
     さっき遂に壊れちゃったんだよね」
     いつもはカウンターで珈琲を入れている店長がしばらくキッチンから戻ってこなかったのは、キッチンでのトラブルのせいだったらしい。
     幸い、ランチのピークも過ぎ、オーブンの出番も少なくなっているため今日のうちはほぼ問題なく営業できる。
     しかし、喫茶七色ではオーブンを使用する料理は決して少なくない。特にケーキセットはかなり人気がある。このままではお客さんを悲しませることになってしまう。
    「それで、さっき業者さんに電話してみたんだけど、運良く今日の夜修理に来られるらしいんだよね」
    「ほんとうですか!」
    「場合によっては買い替えになっちゃうかもしれないけど、見て貰えるに越したことはないしね」
    「そうですね。一先ずは良かったです」
    「それで最近、赤羽根君、閉店後にお店使ってるじゃない?今日も使う予定だったかなって」
     完全に失念していた。音緒になんと言おうか。それよりも問題なのは、音緒へそれを説明する手段がない事だ。
     というのも、音緒と赤羽根、未だに連絡先を交換していないのである。あれ以来、別れ際に
    「明日もよろしくね」
     と言われて、赤羽根が仕事終わり、駅まで迎えに行く……という形を取っていた。そもそも何故この現代で連絡先の交換という思考に至らなかったのか、甚だ疑問ではあるが。
     約束した以上、迎えに行かない訳にも行かないが、果たしてどうするか。そんなことを考えながら、赤羽根は残りの業務をこなすのであった。
     
     ***
     
     いつもより少し早めに店を閉めて、赤羽根は駅にやって来た。しかし、まだ音緒の姿は無い。それもそのはず、現在時刻は十七時半。いつもであれば、今やっとお店が閉店する時刻である。それは音緒にも伝わっているため、自然と待ち合わせは十八時半過ぎとなっていた。
     一時間程暇である。先に買い物を済ませてしまおうと、赤羽根はスーパーへ入る事にした。
     いつも通り、精肉コーナーへ足を運ぶ。たまには魚でも……と、思ったが魚介を見る度に値段で手が止まる。
    「それにあいつ、絶対文句言う」
     ここ一週間の話の中で、なんとなく音緒が魚より肉派、現代っ子よろしくジャンクフードが好きだと言うことは分かっていた。
     別に必ずしも合わせてやる必要は無いのだが、そこは赤羽根の性格である。できるだけご馳走する相手の好みに合わせようと考えてしまうのだ。
     さて、牛肉、豚肉、鶏肉、と順番に肉を眺めて行く。食べたいものが決まっていない場合、基本的にお財布との相談になる。音緒を待って食べたいものを聞いてもいいかなと思っていると、赤羽根の目に「大特価」の三文字が飛び込んできた。
     牛豚合い挽き肉が百グラム九十八円である。およそ赤羽根が大学生の時に見た時以来の大特価だ。このご時世にどんな裏ルートを使ったのだろうか。しかも残り三つ、迷う間もなく赤羽根は牛豚合い挽き肉を手に取り、カゴへ入れた。
     そうと決まれば、あとは早い。例の如く必要な物を買い揃えていく。玉ねぎ、卵、牛肉、それにレタス、にんじん。
     調味料は例の如く厨房のものを拝借しようということで、買い物を終えた。
     時刻は十八時。まだ三十分程あるし、駅前の珈琲店でも入るかと思ってスーパーを出ると駅には既に音緒の姿があった。
    「音緒?」
    「あれ!?赤羽根!?早くない!?」
    「ちょっと事情があって、店を早く閉めることになったんだよ。いつも十八時くらいには来てるのか?」
    「いや、俺もたまたま。ていうか早いなら言ってよ」
    「すまん。でもお前の連絡先知らないし。今日突然だったんだよ。お店のオーブンが壊れてさ」 
    「あー、そういえば伝えてなかったっけ。赤羽根、イン○タやってる?」
    「一応、アカウントは作ってるぞ。動かしては無いけどな」 
     音緒はQRコードの表示されたスマホの画面を赤羽根へ差し出した。赤羽根がそれを読み込んで追加したのを確認すると、音緒はメッセージへ可愛いクマのスタンプを送ってニッと笑った。
     しかし、「それじゃあ……」と、続けたところで音緒の笑顔が怪訝な顔に変わった。
    「ん?ちょっと待って。
     オーブンが壊れたの?」
    「ん?ああ」
    「そんで早く帰ることになったの?」
    「うん。早い内に修理が来る事になった」
    「つまりお店使えなくない?」
    「そうなんだよ。だから今日はその辺の……あ、」
     その辺のお店にでも入ろうかと続けた所で、赤羽根は自分が手に持っているエコバッグの存在を思い出した。
     やってしまった……と目に見えて落胆する赤羽根に音緒は「やらかしたなこいつ」と、呆れた目を向けた。
    「ちなみに何買ったの」
    「ひき肉……足が早い……」
    「足が早い……って腐りやすいって事だよね。よりにもよってかぁ。うん。どんまいだね」
     音緒にとってこの一週間で赤羽根が抜けている事は、もう慣れたものである。どちらかと言うと「またか」という気持ちが強かった。
     一方の赤羽根はまたやらかしたと、後悔の念に駆られていた。
     お店が使えないこともしっかり頭にあったのに、ついいつものルーティーン的にスーパーへ入ってしまった。極めつけは「大特価」の文字である。だって……あれは、あれは買うだろうと、いくら心の中で言い訳をしても購入したものを戻せるわけでもなければ、時間が巻き戻るわけでもない。
     赤羽根が頭を抱えていると音緒が見かねて声をかけた。
    「あー、あれなら赤羽根、今日は家でご飯にしなよ。俺は大丈夫だからさ」
    「家」
     赤羽根はその手があったと言わんばかりに顔を上げた。
    「何どしたの」
    「その手があったか」
    「え、待って。勝手に納得しないでもらっていい」
    「音緒、嫌じゃなければ家に来ないか?」
     一瞬沈黙が流れて、音緒は目をぱちくりさせた。
    「家って赤羽根のだよね?」
    「そうだな?」
    「赤羽根の家でご飯食べるってこと?」
    「そういうことになるな」
    「赤羽さぁ……」
    「うん?」
     キョトンとする赤羽根に、先程より呆れた表情を浮かべて音緒は言った。
    「あんまり軽々しく女子高生を家に誘わない方が良いと思うよ?」
     確かに第三者目線で見れば、今の赤羽根は約十歳は離れた女子高生を家へ連れ込む男である。
     もちろん赤羽根には「ご馳走する」以外の思考は一切ない。まして、音緒に対する認識は完全に「男」である。とはいえ、この時代、同性だから赦されるというものでもないだろうが。
     自身の発言の重大さに気が付いたのか赤羽根は顔を真っ赤にした。
    「ち、違う!決して邪な気持ちは一切無い!」
    「慌てると余計怪しく見えるよ」
    「なっ」
     慌てふためく赤羽根をニヤニヤとからかいながら音緒は続けた。
    「まあ、行ってあげてもいいよー。赤羽根が変な事しないだろうなっていうのは流石に分かってきたし」
    「いいのか?」
     普段のキリッとしたツリ目と眉毛を下げて、弱った大型犬の様な顔をして赤羽根は音緒に尋ねた。
    「うっ……いいよぉ!からかってごめんって!その顔やめろ!!」 
    「いや、だとしても不適切な発言だったし……」
    「いいってば!気にしてない!それよりほら!お腹空いた!」
     赤羽根の背中を押して、音緒はバイクの停めてある駐車場まで歩き出した。駐車場へ向かう途中も、「本当に気にしてないか?」「家でいいのか?」と、繰り返す赤羽根だったが、流石に到着する頃には観念して、いつも通り音緒にスペアのヘルメットとウィンドブレーカーを手渡して、バイクにまたがった。
    「じゃあ、出発するぞ」
     と音緒へ一声かけ、バイクを走らせる。いつもとは反対方向。駅から十分程度走ったところでバイクが止まった。
    「ここ?」
    「そう。バイク、後ろに停めてくるからちょっと待ってて」
     音緒を降ろして、ヘルメットとウィンドブレーカーをバイクの椅子の中へしまうと、赤羽根はアパートの裏へバイクを回した。
     アパートは白い壁の三階建て。辺りが暗いからハッキリとは分からないが、あんまり古ぼけた感じはしない。むしろ端々に手入れが行き届いている様子が感じ取れた。
     三分経ったか経たないかくらいの所で赤羽根がヘルメットを横脇に抱えて戻ってきた。まるで仮面ラ○ダーである。この凛々しい顔つきが口を開くとゴールデンレトリーバーになるのだから不思議だ。音緒が黙って見つめてくるので赤羽根は不思議そうな顔をした。
    「なんだ?なんか顔に付いてるか?」
    「赤羽根って、赤羽根の見た目で寄ってきた女と付き合って「なんか思ってたのと違う!」って勝手に振られてそうだよね」
    「なっ、なんで知ってるんだ!?」
    「まじであったんかい……。ほら、赤羽根の部屋どこ?お腹減ったー」
    「え、ああ、そうだな。行くか」
     歩きながら「なんで知ってるんだ……」と繰り返す赤羽根に、音緒はだんだんおかしくなってクスクスと笑った。
     二階に到着して三つ目の扉の前で止まると、赤羽根は鍵を開けた。
    「どうぞ。洗面所、入って右側な」
    「おぉ!ここが一人暮らし成人男性のワンルーム!!」
    「間取りは1Kだけどな」
    「おー!おこたがある!」
     二十五平米はありそうな、一人暮らしには余裕があるが二人暮しするには少し手狭になりそうな部屋である。意外と物は少ない部屋の中で、コタツが存在感を放っていた。 
     音緒はコタツに飛び込んで背中を丸めた。
    「……暖かくないね?」
    「そりゃ電源切ってるしな?」
    「なんだ。赤羽根なら電源切り忘れて家出てそうなのに」
    「やらない……」
     とは言いきれなかったが黙っておいた。
    「ていうかほら、手洗えって。遠慮なしかお前は」
    「はーい」
     暖かくないなら仕方ないかとすっと、コタツから出た音緒は洗面台へ向かった。洗面台には何故か白と青のコップが二つ置いてある。
    「赤羽根ー!なんでコップ二つあるの?」
    「俺用と来客用。白い方使って」
    「ふーん。よく人来るんだね?……それってさぁ」
    「男」
     からかおうと思ったのに食い気味に答えられた。はいはい、とつまらなさそうにして、音緒は一瞬白いコップを持ったが、少し考えると、手で水をすくって口をゆすいだ。
     洗面台を出てすぐのキッチンで赤羽根は野菜を切っていた。
     音緒が後ろから覗き込むとまな板の隣には玉ねぎ、にんじん、レタス、ニラが置いてある。ニラは既に四センチメートル程の長さに切りそろえられていて、今はにんじんを乱切りしている所だった。
    「台所狭いし、コタツ入ってろよ?」
    「えー?暇なんだけどー?」
    「テレビ付けていいぞ。それともWiFi教えるか?」
    「んー、邪魔しないからおしゃべりしようよー。あ、でもWiFiは教えて」
    「テレビの隣のルーターに書いてるから見てこい」
    「はーい」
     WiFiを繋げて戻ると、赤羽根は玉ねぎをみじん切りしていた。鼻水をすする音がする。
    「ふふふ。せっかくのイケメンが台無しだね?」
    「誰に見られる訳でもないからいいの」
    「えー?可愛い俺が見てるよー?」
    「はいはい」
    「え!ちょっと!その反応は酷くない!?」
    「お前は可愛いよー」
    「ふふん。分かればよろしい」
    「今のでいいのかよ」
     玉ねぎを切り終えた赤羽根はフライパンへ油を敷くと、玉ねぎを炒め始めた。辺りに玉ねぎの香ばしく甘い香りが漂ってくる。
    「そういえば話蒸し返すけどさ、そんなにしょっちゅう人来るの?」
    「うーん、まあ、割と来るかもな?宅飲みとかするし」
    「ふーん。赤羽根って友だち多そうだよね」
    「まあ、それなりかな。しょっちゅう遊ぶ人は絞られるかも。音緒は?友だち多いか?」
    「んー?まあ、普通」
    「そっか」
    「でも最近よく話すのはネトゲで仲良くなった子かな」
    「ネトゲするのか」
    「うん!楽しいよ!赤羽根はしないの?」
    「触ったことはあるかなー。頻繁にはやらない」
    「赤羽根、バトルとか冒険よりもどうぶ○のもりとかやってそう」
    「あー、好きだな。どう○り。でも、小さい頃はポケ○ンやってた」
    「やってそう〜。男の子だねぇ」 
     玉ねぎを炒め終えるとバッドに移し、冷ましておく。その間に鍋にお湯を沸かす。タッパーににんじんを入れると、ふんわりラップをして音緒に手渡した。
    「はい、お前に仕事をあげよう」
    「おぉ!料理長、何すればいいですか!」
    「そのにんじんを電子レンジで三分加熱しなさい」
    「了解しました!」
     音緒は赤羽根の手前の棚にある電子レンジににんじんの入ったタッパーを入れて、三分にタイマーをセットする。
    「料理長!」
    「どうした」
    「三分間暇です!」
    「玉ねぎを団扇で仰いでなさい」
    「了解しました!」
     赤羽根は、ボウルにひき肉と塩、こしょう、ナツメグ、生卵、牛乳に浸したパン粉を入れた。電子レンジが鳴ったところで、音緒から玉ねぎを受け取って、同じくボウルへ投入した。
    「赤羽根ー、人参どうすればいい?」
    「料理長呼びやめたの?」
    「やめたー」
    「棚から砂糖と醤油取って」
    「取った!」 
    「じゃあ、計量スプーン使って砂糖大さじ一入れて混ぜて。砂糖のつぶつぶ気にならなくなるくらいね」
    「ほーい」
     音緒がタッパーの中をかき混ぜる隣で赤羽根はボウルの中身を捏ねている。
     にんじんの熱で徐々に砂糖の粒が消えていった。
    「赤羽根、このくらいでいい?」
     ボウルを捏ねながら音緒の差し出したタッパーを覗き込んで、赤羽根は頷いた。
    「そしたら醤油大さじ一・五入れて」
    「0・五、どうすりゃいいの」
    「勘」
    「んええ……」
     慎重に醤油を計量スプーンに流してにんじんに回し入れる。これでいいのかと、不安そうに混ぜる音緒を横目で見た赤羽根は、微笑ましそうだ。
    「不安なら一個食べてみろよ」
    「うん」
     音緒は少し小さめのにんじんを口に放った。程よく柔らかくなった人参が口の中で甘塩っぱさと一緒にジュワッと広がった。
    「どうだ?」
    「うん。美味しい……と思う。えー、俺はちょうどいいと思うんだけどなー?赤羽根も食べてよ」
    「信じるよ?」
    「やだ!食べてよ」
     はい。と音緒は赤羽根に箸でにんじんを一切れ差し出す。パクッとそれを口に入れて少し考えながらモグモグとする赤羽根を、少し緊張気味な表情で音緒は見つめた。
    「うん。いいんじゃないか?」
    「本当に?お世辞じゃない?」
    「うん。美味しいよ」
     ほっと、安堵の表情を浮かべる音緒に、赤羽根は肉を捏ねていた手を止め、ビニール手袋を外して冷蔵庫の中からバターを一切れ皿に出して手渡した。
    「最後にバター入れて完成。また溶けるまで混ぜてな」
    「わかったー」
     さて、赤羽根は改めて手袋をすると、ボウルの中ですっかり白っぽくなった肉ダネを、赤羽根の大きな手の平にギリギリ収まるくらいの楕円形にして、右手と左手でキャッチボールを始めた。同じものをもう三つ成形すると、フライパンに油を広げて火をつけた。
     フライパンが温まったら成型した肉ダネを二つ、真ん中を凹ませて並べる。残りの二つは冷蔵庫へ入れておく。ジューっと油をハネながら、フライパンに接した部分が色を変える。蓋をして弱中火で四分待つのだが、その間に汁物を用意することにした。
     赤羽根は棚から小さめのボウルと菜箸、冷蔵庫から卵を二つ取り出すと、音緒へ手渡した。
    「卵溶いてくれるか?」
    「ん、良いけど僕あんまり上手くないよ?」
    「いいよ。どうせ卵は溶くし、殻は取り除けばいいし」
     そう言われて、音緒はボウルと卵をやや強ばった手で受け取った。ボウルの端で卵にヒビを入れて、割る。殻は入らなかったが黄身が潰れてしまった。
    「えーー、なんでーー。悔しい」
     次こそはと意気込む音緒の様子を見て、赤羽根は
    「ボウルの端みたいな角になってる所じゃなくて、平な所でヒビを入れるんだよ。そうしたら黄身に傷がつきにくい」
     と、アドバイスをした。音緒はシンクの隣の台の上で、先程よりも慎重にヒビを入れて親指を添え、卵を割った。今度は綺麗なヤマブキ色がボウルの中へ落ちた。
    「おぉーー!やった!俺天才かも!」
    「よかったな。それじゃ溶いてくれ」
    「えぇ、勿体ない……」
    「いや気持ちは分かるけどな?」
     喜びもつかの間、少し残念そうに音緒はしぶしぶ卵をかき混ぜ始めた。
     さて、その間に赤羽根は沸騰したお湯へ、ニラを入れる。すぐに鮮やかな萌葱色に変わるので、中華スープの素を投入、塩コショウで味を整える。
     先程のお返しにと、赤羽根はスープを小皿に掬って、音緒へ手渡した。
    「熱いから気をつけて」
    「うん」
     音緒はふー、ふー、と、少し冷ましてから恐る恐るスープを口に運んだ。
    「うん!いい感じ!でもちょっと濃いかも?」
    「じゃあ、むしろちょうどいいかもな。卵は溶けたか?」
    「うん、こんな感じでいい?」
     音緒が混ぜられた卵の入ったボウルを赤羽根へ見せると、赤羽根は頷いて、ボウルを受け取った。「いいよ」と、一言と共にボウルを受け取り、鍋を弱火にしてボウルの中身を流し入れた。
     熱々の鍋の中に入った卵液はたちまちフリルのようにフワフワと固まっていく。流し入れたすべての卵液が固まりかけた所で、赤羽根は鍋の火を止め、再び味見をすると、頷いて鍋に蓋をした。 
     そうこうしている間に、四分が経っていた。蓋を開けると先程よりも一回り小さくなり、その代わりにパンパンに膨らんだ肉ダネが湯気を立てて現れた。
    「ハンバーグだぁ!」
     フライパンの中身を隣から覗いた音緒が、小さな子どもの様に瞳をキラキラと輝かせて喜ぶ。
    「この前食べたいって言ってたろ?」
     ハンバーグは既に赤い部分はほとんどなくなり、全体が薄茶色に色付いている。ひっくり返すと、程よい焼き目が付いていた。
    「うん、覚えててくれたんだ?」
    「ん……まあな」
    「さっすが赤羽根〜」
    「やめろ。ちゃかすな」
    「あ、照れてる?」
    「照れてない」
    「え〜耳赤いよ」
    「これは……火のそばで暑いだけ」
    「ふーん?まあいいけど」
     音緒はにやにやしながら赤羽根の横顔を眺める。
    「ねぇ、もう完成?」
    「まだ。あと三分待って」
    「仕方ないなー。三分間待ってやる」
    「大佐……」
     歳の離れた兄弟の様なやり取りをして、ついでに皿洗いをしていると、あっという間に三分が経過した。
     再び蓋を開けると、湯気と共にこんがり焼けた丸々としたハンバーグが現れた。竹串を刺してみると、透明な肉汁が溢れ出す。中まで火が通っている証拠だ。 
     赤羽根は一度、ハンバーグを皿に上げてちぎったレタスと、音緒の作った甘辛いにんじんを添えた。
     肉汁のやや残ったフライパンへ、ケチャップとウスターソースを一対一の割合で混ぜて火にかける。簡単にできるが、一番美味しい、と赤羽根が思っているソースだ。ハンバーグを焼いて残った肉の旨みを、フライパンの底からこそぎ落として、ソースへ混ぜる。肉汁の香ばしく甘い香りと、ソースの少し酸味を孕んだ香りが混ざり合い、拡がる。
     ぐうーーーー
     と、大きな音が鳴る。赤羽根が驚いた顔で音緒の方を見ると、今度は音緒が顔を真っ赤にしていた。からかうと音緒が嫌がることは分かっているものの、やはり耐えきれずに、フフフと、肩を震わせた。音緒がむくれるのを横目に、赤羽根はソースをひと煮立ちさせると、ケチャップが焦げる前に火を止めて、皿の上のハンバーグへかける。
     赤羽根はむくれる音緒へ、すまんすまんと笑いながら布巾を手渡した。
    「よし、机の上拭いてきてくれ」
     赤羽根から布巾を手渡された音緒は、少し赤羽根事を恨めしそうに睨みつけると、小さくため息をついて、パタパタとリビングの方へ机を拭きに行った。
     音緒が机を拭いて台所へ戻ると、白いご飯とかきたまスープが器によそわれていた。
    「運んでくれるか。零さないように気をつけてな」
    「うん」
    「運んだらもう座ってていいぞ」
    「分かったー」
     音緒が恐る恐る歩く後ろから、赤羽根は自分のごはんとスープ、そしてハンバーグのプレートを二つ、お盆に乗せてついていく。
    「流石カフェ店員……」
    「まあ、慣れてるからな」
    「じゃあいつものよろしく!」
    「え?家でもやるのか?」
    「え、やってくれないの?」
     音緒がわざとらしく、とぼけて見せる。赤羽根は溜息を一つついて、少しだけ笑顔を作ると、
    「お待たせしました。ハンバーグ定食です」
     そう言って、ハンバーグのプレートを音緒の前へ置いた。
     音緒は満足そうな表情を浮かべ、目の前のハンバーグに目を輝かせながら「いただきます!」と手を合わせた。
     ハンバーグへ箸を入れる。少し押すと断面から肉汁が溢れ出した。肉汁とソースを絡めて、一度白いご飯に着地、そして口へハンバーグを運んだ。噛み締める程溢れる肉汁と、旨み、ソースのコクが口の中で混ざり合う。
    「うんまぁぁぁ!!!」
     音緒は感嘆の声を上げるとすぐさま、少しだけソースの染みたご飯をかき込む。口の中に残った脂っぽさがご飯によって中和される。そして、締めくくりにかきたまスープを流し込んだ。
    「はあぁぁ……」
    「フハハッ、相変わらず美味そうに食うね」
    「やっぱりハンバーグは最高だよ!何個でも食べられちゃう!」
    「口にあってよかった。いやほんと、作りがいがあるよ」
    「赤羽根料理上手だよねー」
    「そうか?レパートリーは少ないんだけどな」
    「ほんとほんと!いいお嫁さんになれるよ!」
    「お婿さんになりたいかなぁ」
     ふざけたやり取りをしながら、幸せそうにハンバーグを頬張る音緒を眺めながら、赤羽根もハンバーグを口に運ぶ。やはり、牛豚の合い挽き肉は美味い。豚肉だけだと少し臭みが出たり脂が閉じ込められなかったりと、少しもの足りなさが出てしまう。ありがとう、駅前のスーパーマーケット。
     そんなことを考えて、次ににんじんの甘辛和えを摘む。赤羽根がにんじんに手を付けたことに気が付いた音緒の表情は、少し緊張気味だ。にんじんは少し冷めて、味見をした時よりも味が染みている。
    「にんじん、美味しいぞ」
     赤羽根の一言に促されるように音緒は頷いて、にんじんをもぐもぐと噛み締める。
    「うん、美味しい……なんかさ、」
    「うん?」
    「ほとんど赤羽根に言われた通りにやっただけだけど、でも、自分が作ったものを誰かに食べてもらうのって、緊張するし、むずがゆい感じがする」
    「そうだな」
    「でも美味しいって言われると嬉しいや」
    「そうだな」
     音緒が紡ぐ言葉へ、赤羽根は優しい表情で頷く。料理を作る、それを食べてもらう、誰かにとっては当たり前な出来事かもしれないが、少なくとも音緒にとっては、それはかけがえの無い特別な出来事であった。
     最後の一欠片になったハンバーグを寂しそうに眺めながら、音緒はふと、呟いた。
    が料理を作ってあげたら、母さん喜ぶかなぁ」
    「……?なんか言ったか?」
    「なんでもないよー」
     音緒ははぐらかすと、少し大袈裟にハンバーグを頬張って見せた。
    「なあ音緒」
    「ん?何?」
     赤羽根が少し真面目な表情で音緒の方を向く。先程の一言が聞こえていたのかと思い、音緒は少し焦りを浮かべた。
    「足りたか?」
    「え?」
     予想していなかった問いかけに素っ頓狂な声が出る。
    「いや、あまりに残念そうに最後の一口を食べていたから」
    「え?あー、そうだね?まだ食べられるかも!ほら俺食べ盛りだし!」
    「そっか」
     そう言って赤羽根は立ち上がった。
    「赤羽根、どうしたの?」
    「ハンバーグ焼いてくる」
    「まだあるの!?」
     そういえば、肉ダネをまだ二つ程冷蔵庫に置いていた。こちらが少し感傷に浸っていたのに、全く調子を狂わされる。しかし、下手に慰められるよりは百倍マシだ。そう思って音緒は
    「赤羽根!ご飯もおかわり!」
     と、赤羽根の方へ茶碗を持って行くのだった。
     
     ***
     
     翌日、オーブンも直り、無事に営業を終えた喫茶七色にて、赤羽根はいつも通り、お店を締めて駅に向かおうとしていた。
     お店を出たところで、赤羽根のスマホへ通知が届く。イン○タのメッセージだ。
    「げっ」
     赤羽根は思わず声を上げてしまった。そこにあったのは、自宅前で待っている自撮りを上げた音緒の姿と
    『来ちゃった♡』
     というメッセージであった。
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