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    8kawa_8

    @8kawa_8

    🐏飼いさんを右に置く人間です。

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    8kawa_8

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    東幼馴染(カプ無し)です。
    まほやくに触れてから1か月ほどで(つまりは2部実装前に)書いて、本垢に掲載していた物語です。
    そういえば掲載場所から撤退して以降、再掲できてないな~とおもったので。折角だからちょっと手直ししてここに掲載。
    私はレ受ばかり書いてますが、実は東おさなな主従のオタクです。

    #東主従
    eastMain従

    半世紀先の追憶(※キャプションにも書きましたが、2部始動前に書いた話です。齟齬だらけです)





     目の前に広がる光景を前に、心の声のまま「珍しいな」と口にする。ふふんと得意げに口角を上げながら「だろう?」と返した子どもの手に収められていたものは、実技科目で使うような魔道具ではなく、魔法に関する学問書だ。

     ファウストが日頃の講義で使うものとは違う。真新しさは感じられずに若干の古めかしささえ覚えるそれは、おそらく魔法舎に保管されている蔵書の中から引っ張り出されたものだろう。隙あらば座学に対する文句を垂れて、実技への転向を求める男が持つにはあまり似付かわしくもない。
     似付かわしくないといえば、彼と顔を合わせた場所もそうだった。
     魔法舎にあるこの修行場は、東の国の面々が授業に使うことが最も多く、真面目なヒースクリフや授業の用意を必要とするファウスト、それから東と同じく座学授業の姿勢を取る勤勉な南の国の魔法使いたちであればともかくとして。それ以外の人物が寄り付くことは滅多にない場所だ。シノやネロといった、ファウストの目には素行不良として映る生徒たちであればなおさらだ。
     先生という指導役の立場からすれば喜ばしい姿勢であるはずなのに、言葉を選ばずに言うならば『頭でも打ったのだろうか』とある種の不安を覚えて吐露しそうになる程度には、シノの行動は意外性に満ち溢れてしまっている。
     しかし自慢げな表情を浮かべるシノの顔といえば、いつものように少年と青年の狭間の姿をしていて、平生の彼だとして胸を撫でおろせるものだった。深刻な不安と対面していたわけでもないが、それでも違和感の隙間を縫って穏やかに湧きあがる安心感に浸りながら。ファウストは腕を組み、問いかける。「何をしているんだ」、と。
    「見て分からないのか、珍しいとまで言ったくせに」
    「分かるから、分からなくて聞いている」
     ふわりとローブの裾が揺れる。シノは強くなることに貪欲であっても、目先の目標への最短距離ばかりを求めていて遠回りをすることには抵抗を持つ子どもであったのだ。伸びしろは十分あるはずだというのに、どうにも我が強いというべきなのだろうか。知識や知恵が彼の強さを一層裏付け、彼だけでなく主人であるヒースクリフをも守るのだとファウストが何度告げたところで彼の意識にはうまく染まってくれない点は、先生役の男にとって悩みの種とすべき一面だ。実感が伴わずに納得できないと判断した意見に併合しない姿は、学びの場においては苦い毒のような欠点だったが。だからと頭ごなしに否定して尖った場所を削ろうという気も起こらない。
     集団行動に置いて他者と容易に併合しない姿は、時に組織の自浄作用に寄与するような誇るべき役割を担う場合もある。そしてこれは将来シノが身を置く場所を考えたならば、決して失うべきではない未来の長所であったし。何よりファウストは、シノのこうした生意気とも言える一面を気に入っている。
     ファウストがシノに伝えるべき課題は、断固として自分の意志を押し通すのではなくこの二つの必要性を正しく理解し、柔軟性を持つことも多分に含まれていたはずだ。
     そうした彼が、独学で。実践的に身体を動かして無理に叩き込むのではなく、基礎となる知識の方から、何かを手探りで求めようとしている。
     それは感激よりも、衝撃よりも、興味が勝る光景だったのだ。
     彼は今、何を思ってこの行動をしているのだろう。気分屋の一面があることは否めなかったが、『らしくない』行動を取るような性格はしていないはずであったと記憶の糸を手繰りよせ、ファウストはじっとシノの姿を見つめていく。
    「……きみは、こうした蔵書を真面目に読むタイプじゃないだろう」
    「ああ、オレもそう思う」
     では何故、と。ファウストは改めてシノへと問いかけた。そこではじめてシノの視線が本から外されて、ファウストへとまっすぐに向けられる。にっと笑う顔は、年相応というよりも少し幼い。シノが直接言い渡されたならば、大層腹を立てるに違いない感想だ。
    「ファウスト、あんたに協力してもらいたいことがあったから」
     目の前で広げられた奇怪な行動は、彼を引き寄せるための誘蛾灯のようなものだったのだと種を明かされたわけだが、ファウストは不思議と気分を悪くしないままだった。彼が必要以上に勿体ぶらず、秘密を明かすつもりがあると分かる言動を見せたためだろう。「へぇ」と短く相槌を打ち、それから続けたのは「良い子にして、どんな対価を僕に求めたんだ?」と連なる話題への橋渡しだ。
     書を閉じたシノが、椅子に腰かけたままファウストに向きならう。対するファウストはこちらを見上げて何かを乞うシノの姿だなんて、ヒースクリフでなければまず体験しないものだと思っていたなどと考えながら、言葉の続きを待ちわびる。
     笑顔は、いつのまにか芯の強い眼差しへと変貌を遂げた後だった。



     *****



    「なぁ、もしかして背が伸びたんじゃないのか?」
     ネロの指摘に「えっ」と声をあげたのはヒースクリフだ。声と同じく弾かれたように服の袖へと視線を落とす。十八歳ともなれば、その背丈の成長はほとんど見込めない場合も多いのだが。絶対ではない以上、少数派という体ではあるが成長を続ける人間、あるいは魔法使いもいるわけだ。
     クロエが定期的に繕う衣服はその時々の正しい採寸に則ったもので、日内変動程度の誤差であれば、見栄えにほとんど影響しない。袖口のゆとりが、はじめてこの練習着に袖を通した時と変わらないことをヒースクリフは確認して、ゆるく首を左右に振った。
    「気のせいじゃないかな」
    「いいや、気のせいじゃないさ」
     ネロがヒースクリフに近寄ると「ほら」と小さく声を上げる。ほんの数センチ、ほとんど誤差のような高さ分だけ、いつもは視界の位置がずれているわけだが。真っすぐに立ち並んだ時、その誤差が一層薄れて、お互いの瞳に相手の目の色が溶け込んでしまいそうな心地さえ覚えるのだ。
     実技を終えたばかりの身だ、汗は清めていないし呼吸も荒い。それでいて突然詰められた近しい距離になんとなくの気恥ずかしさを覚えながら「本当だ」とヒースクリフは零していく。
    「去年も少しだけ伸びたんです。でも今年も伸びるなんて思わなかったな。カインくらいになるまで、あと少しでしょうか」
    「栄養価のある食事と、適度な運動が効いたかな。……いや、きみたちが遭遇した困難を〝適度〟だなんて言葉に軽率に当てはめるのは、少し複雑だが……」
    「はは……まぁ俺の飯のおかげだっていうなら、悪い気はしないな」
     追い抜かれるのは寂しいもんだけど、とネロはそのまま付け加えた。ヒースクリフは苦笑を張り付けたままだったが、ファウストには思うところがあるのか静かに小さく頷いている。
    「ヒースだけじゃなくて、シノも。少しでかくなったんじゃないか」
     ヒースクリフの視界の隅で、黒髪がぴくりと動いた。
    「そう思うか」と答えた声は、コンプレックスの解消に一歩を踏み出したわりには冷静なものだった。ヒースクリフはその声色を申し訳ないような、落ち着かないような、そうした表情をしたまま聞いている。
    「思ったより嬉しそうじゃないんだな。でかくなりたいって何度も言ってたのに?」
     ネロの指摘に対する答え。その心当たりは問われたシノ本人だけでなく、ヒースクリフの胸にも十分あった。
     というのも、身長が伸びたというのに喜ばなかったシノの姿というものを、ヒースクリフは何度も見ていたからだ。シャーウッドの森には、青と黄の印という形で、今もその痕跡が残されている。
    「ヒースがその分伸びていたら、意味がないだろう」
     じとりと睨みつけるような視線を前に、「そんなことを言われても知らないよ」とヒースクリフは肩を落とした。なるほどなとネロが苦笑を浮かべていき、その隣ではファウストもネロに近いようで、またいくらか毛色の違った苦い表情を張り付けているのだった。

     ――やりたいことがある。

     暫く前に受けたまっすぐなシノの眼差しが、ファウストの記憶の中に鋭く突き刺さって抜けないままだ。
     知らないよと溜息を吐いて、他の誰かを当たってくれと突き放すことをすれば良かったと思う気持ちは抜けきらなかったが。最も真摯に対応するのはファウストであると買われた結果であれば、やはり無碍にしなくて正解であったという感情だって芽生えてしまう。
     ファウストの見立てでは、彼はその願望に対し、『上手くやれている』ようだ。ただ、いくらか実践が早いのではないかと心配にも似た不安が募る。
     視線で訴えるファウストだったが、ばちんとシノと目が合った。そのまま何を思ったのか、得意げにウインクを見せつけてくる。
    「だけど、ファウストの身長を追い抜く日ならきっと近い」
     図々しさを土台にした言葉は、いっそ賞賛を送ってやろうとファウストに思わせるくらいだ。
    「遅い成長期が見物だな」
    「俺たちは何百年もこの姿だが、お前たちはどれくらい成長するんだろうな」
     そう疑問を呈したのはネロだ。顔を見合わせたヒースクリフとシノは、どうだろうと肩を竦める。
     魔法使いとは、基本的に長寿である。
     外見年齢はある歳を境にぴたりと止まるが、その個人差は大いにある。基本的に魔力の成熟と体の成長は繋がっているもので、多くの場合は青年期から壮年期にかけて、全盛期を迎える個体が多いらしい。とはいえ北の国の魔法使いであるスノウとホワイトのように子供の姿のまま成長を留める例も少なからずはあるようだが。
    「身長も伸びたくらいですし、もう少しくらいは」
     彼本人の願望か、それとも謙遜か。眉を下げながらヒースクリフはそう口にした。
     シノはというと「今の美貌を永遠に保つヒースは見たい。叶わないなら世界が残すべきだ。今のうちに肖像画も彫刻も作ってもらうべきだと思う」「だが、奥様だって歳を召しても美しいままだ。ヒースもきっとそうに違いない」「旦那様みたいに威厳に溢れるヒースの姿も捨てがたいから困る」と、そう告げるシノ以上にヒースクリフが困惑するような願望ばかり捲し立てる。
    「お、俺の話じゃなくて、シノはどうなんだ」
    「オレか? ……オレは、そうだな」
     赤い双眸がヒースクリフの姿をじっと捉えた。迷いなき瞳が薄く細められると、そこには多くの感情が乗っているのだと理解ができる。
    「いつだって、お前に見合う姿でいたい」
     ただそれは従者としてか、幼馴染としてか、はたまた友人としての願望か。込められた感情のはっきりとした姿までは見て取れない。
    「そう」
    「そうだ、だから」
     あまり大きくなりすぎるな、とシノがヒースクリフへと釘を差すように続けていく。
     ヒースクリフの背丈がネロに追い付いたとなれば、彼が密かに憧れていたカインの背丈までも目前に迫っているのだろう。その時、彼を傍で守る従者が小柄で格好つかないのは嫌だとシノは語る。
    「そう言われたって、身長は俺が努力でどうこうできる問題じゃないし」
    「オレは努力をしている」
    「たとえば?」
    「ネロに背が伸びる飯を作ってもらったり」
    「でもそれ、多分俺も食べているよね」
     本当だ、とシノが零せば彼らの背後でネロとファウストが思わず口元を隠していく。分かりやすく笑ったとなれば、彼が気分を損ねるのは分かり切っていたためだ。だからとそれが功を奏するとは限らないが。
     笑うなと苛立った声を上げた後、シノはヒースクリフへと「ともかく、魔力は伸ばしていいが身体の成長が止まる努力をしろ」と無理難題を押し付ける。「どうやって」と感情をかみ殺しながらヒースクリフが返せば、口元に手を当てて一考し、一言。
    「……夜更しとか?」
     それも無理だと、ヒースクリフは堪えられないように笑って答えていった。



     *****



     彼らが賢者の魔法使いとして選ばれてから、数十年の時が経った。十数、ではなく。数十だ。
     時が経てば彼ら自身も、彼らを取り巻く環境も変わる。それは当然の摂理である。
     そんな中でも大いなる厄災は相変わらず年に一度だけ接近し、その度に賢者の魔法使いたちは煌めく夜空に集結し、厄災を撥ね退けるために力を注いでいた。それでも彼らが見習いともいえるような時期に見舞われた大厄災は姿を潜め、今はかつてのようにいくらか気楽な年中行事になっている。
     魔法使いたちの中には魔法舎で生活を続ける者もいれば、祖国に帰還して人間と混ざった、あるいは完全に孤立した生活に戻った者もいて。ヒースクリフとシノはというと、その中間の暮らし――つまりは魔法舎と祖国を行き来する生活――を謳歌していた。
     ヒースクリフの父親、ブランシェットの前代当主は人間だ。老いて朽ちる前に、自身の家督を息子に譲る。それは決して珍しい光景ではなかったものの、それでも当時のヒースクリフは十分に狼狽えた。
     次期当主として申し分ない教育を受けていた自負はあったし、彼が尊敬する父親の目が老化と共に曇ったなどという文句を押し付けるつもりもない。ただ数十年という時を過ごしてもなお、人間たちが魔法使いに一線引き続けるのと同じようにして、彼には自身が魔法使いであることの後ろめたさが付きまとい、それが消えないままだったのだ。
     ヒースクリフの不安を余所に、彼の両親はこれから優秀な息子が何十年、何百年とこの城と血筋を守り抜くことに誇らしささえ覚えていたし。さらには魔法使いに家督を譲ることを、城主と領民たちは誰もが反対しないともいう。
    『東の国の教典に、魔法使いは家督を継げないとも書いていない』
     それでも、と尻込むヒースクリフの味方をする人は、この時ばかりは誰もいなかった。孤立をすることはいつだって心細いものだと思っていたが、この瞬間だけは温かく、勇気を与えられるものだった。
     少しばかり気の早い彼の当主就任を祝う声に混ざって『それに』と口を開いたのは使用人の一人だ。ヒースクリフやシノと同年代で、かつてはブランシェット彫りの見習いであった少年。壮年というべき姿に育った彼は、すっかり一人前の職人の顔をしている。
    『ヒースクリフ様もシノも、魔法使いだというのに私と変わらない顔をしているではありませんか』
     だから余計に親しみ深く、魔法使いではなくヒースクリフという個人を見ていられるのだと、彼は言った。周りの職人を含め、領民たちも頷いていく。
     二つの目に鼻筋が一つ、呼吸をするための器官の数に備わった耳の位置、などといった次元の話ではない。彼と、シノと、ヒースクリフ。三人が並んだ時に垣間見えるのは、人間と魔法使いという異なる寿命を抱えたいきものの越えられない差異ではなかった。敢えていうならば身に着ける衣服や装飾品、振る舞いや言葉遣いの一つで身分の差こそ浮彫になるが、逆に言えば傍目にはそれくらいしか彼らの間の違いはない。
     ヒースクリフも、シノも。魔法使いでありながらも人のように、着実に年を重ね続けていたのだから。




     *****




     有言実行とでもいうべきか、シノはファウストの背丈もとうとう追い越してしまったし、外見の年齢はネロも含めて逆転している。
     魔法舎での生活を経てそれなりの仲になった四人で酒を飲みかわした時、「昔は子どもたちだったのに」と昔を懐かしむように、同時にどこか寂しそうな心地になってネロが零したことをヒースクリフもシノもはっきりと覚えていた。対するファウストは涼しい顔をして「そんなものだ」と切り捨てていたわけだが。
     賢者の魔法使いとして召喚されたころは十代やそこらの少年たちだった面々は、みな一様に体の成長を止めた後だ。リケやミチルを例にあげれば青年と言うべき体つきにこそなったが、顔立ちにはまだかつての幼さや面影が残っているくらいである。
     その中でも身体の中の時計を動かし続ける二人について、ネロは「不思議だ」と口にして。ファウストは「二人とも負けず嫌いだからな」と答えていく。
    「ああ、なるほど。成長の具合でも負けたくないってやつか」
    「まったく、馬鹿馬鹿しい理由だよ。二人らしいといえばらしいけど」
    「このままじゃ、逆に俺たちに抜かれちまうんじゃないか、身長」
    「歳をとって腰を曲げて? まぁそれはそれで面白いと思う。魔法使いらしくはないが、ある意味では正しく魔法使いらしい陰気臭い姿だからな」
     からかうような年長者二人組の言葉に、そこまでは歳を取らないとシノははっきりと言い切った。ふぅん、とファウストは含みのある声を零していく。まるで自分の成長期がどこで終わるのかを把握しているかのようなシノの言い分を嗜めているかのようである。
    「オレは、いつだってヒースに見合う男でいるからな。それで、ヒースはこのまま老いて衰退を迎えるような男じゃない」
    「シノ、お前はまたそんな根拠のないことをいって……」
     事実だと、シノはそのままヒースクリフに一瞥もくれずに言い放った。歳を重ねてなお、このやりとりだけはかつての若かりし二人と何ら変わらない。
     君たちは不毛な争いをしがちだと、呆れるように指摘をしたのはファウストだった。諫めるような口調ではあったが、だからとそれが悪いことではないとも言い加えたのは、彼にとって二人の関係が眩しいものだったためだろうか。
    「まあ、これからも大事にするといい」
     シノとヒースクリフ、どちらか一方にではなく両者に向けられた言葉はいつも温かなものが多かったわけだが。
    「意地を張りすぎて、後悔しない範囲でな」
     どうしてか、最後の部分だけはやけに冷たく、呆れを含ませてもいるものだった。



     *****



     これは明らかにおかしいと、流石のシノも感じ取っていた。
     時はさらに十年ほどが経った頃である。
     シノが持っていた英雄になる夢とは、とうの昔に叶っている。シノ・シャーウッドという名前は東の国のみならず多くの国に広まっていて、その雄姿や功績はヒースクリフ・ブランシェットたる主人の名前と共に今後何百年と語り継がれることだろう。それでもシノは変わらずシャーウッドの森での森番を任されていたし。この仕事を続けることに、強い誇りを抱いていた。
     ブランシェットの口添えで東の国の王から爵位を賜り、城を持った時期もあったが。あらゆる夢を叶え尽くし、結局はこの森に帰ってきたのだ。この役目だけは今後数百年、何者かに譲るつもりは毛頭ないと彼は語る。
     ヒースクリフにもブランシェット家当主としての貫禄が出始めて、領民だけでなく諸外国からも一目置かれる国の重鎮になっている。東の国土の中でも小さな、しかし大きな権力を持つこの領地において、魔法使いへの偏見は薄れつつあるところだった。
     とはいえ北の国の魔法使いと人間が結ぶような殺伐とした上下関係を、南の国の温かさで誤魔化したような。まだそんな脆く危うい関係だ。種族の違うお互いたちを真の友と呼びあうには、人間も、魔法使いも、まだ遠いだろう。それでもブランシェット家の当主と、その使用人である二人の魔法使いに限っては、この地で深く信頼を置かれ、愛されていることは、確かで疑いようのない事実であったのだ。
     そんな中でヒースクリフの見目といえば、今もなお緩やかな老いを止めないままだ。
     何かに呪われているのではないかと思わずシノが勘ぐるような、穏やかな変化が続いている。
     美しい金髪には白髪が混ざり始めていたが、それがまた気品に溢れていると思わせるのが不思議である。前ブランシェット夫人の晩年の姿を思わせる、とシノは感慨深さと寂しさを胸にしながら見つめていく。
     母親似だと何度も口にしていたが、最盛期より少しだけ頬のこけた顔立ちは、流石親子とでもいうべきか前ブランシェット当主によく似ていた。
     シノはファウストの講義を思い出し、それから次に魔法舎での生活を中心に知り合った多くの魔法使いたちの姿を思い返していく。魔法使いは不老不死、ではないものの。それでも人間と比べてゆっくりと年を重ねるはずなのに。ヒースクリフの姿はそれに相反するものだった。
     彼の講義が、シノが実際に見た光景が、嘘で塗り固められたものだとは思えない。
     一方で唯一「クソジジイ」として罵った魔法使いがいた。彼の持つ魔力は貧相で、その知識もでたらめなものだったが。弱い魔力しか持てない魔法使いは、年の取り方も魔力のない人間に良く似ているのだろうか。
     そうとシノの頭に仮説が浮かんだところで、無性な腹立たしさに襲われていく。ヒースクリフの魔力が弱い可能性を、他の誰でもなく従者であるシノ自身が指摘することになってしまったのだから。
     口には出していないにせよ、それが脳裏に過った時点でシノは自身に対し、なんと不敬で許しがたい存在なのだと憤る。押し殺せない感情に森が震え、リスや小鳥を始めとした小動物がそっとシノのいる小屋から距離を取るようになっていた。
    「……はぁ、クソ」
     何十年経っても、口の利き方が変わらないのは仕方のないことだ。
     森の中の小屋に備え付けられた寝具は古臭く、魔法舎のそれと比べても随分硬い。新調の話は何度も出たが、その度シノが断ったくらいには気に入っているものだ。
     シノは小屋の明り取りのカーテンを閉めようとして、窓に映った自分の姿をじっと見つめた。
     艶やかであったはずの髪からは、水分がすっかり抜けてしまった。宵闇のような深い色は、いくらか淡い色合いに変わっている。血の色を思わせる赤の瞳は不変の存在であったが、それを縁取る睫毛の長さや肌の白さは昔と随分違っている。
     今日の自分の姿を覚え込むようにじっと見つめ、満足した後、自分の分身と別れを告げるように布を引く。そのまま、誰もいなくなった部屋でごろりとシノは横たわった。
     同時に、シノの頭髪は艶やかな黒髪へと戻っていった。いや、髪だけでない。その頬も、指先も、瑞々しい若さを取り戻していく。
     十七歳だった頃と何ら変わらない姿だ。ただ悲しいかな、転がった直後は寝具からはみ出していたはずの足も、今ではすっかり長方形の中に収まるようになっている。
    「ヒースのやつ、どうして……」
     零した独り言に含まれる感情は、苛立ちと焦燥、それから僅かな絶望だ。それらはすべて彼にとっての絶対の主人で、同時に初めての友人である男に置いて行かれる現実に集約されていた。



     *****



    「やりたいことがある。とある魔法を、覚えたいんだ」
     十七の歳の時、シノがファウストに打ち出した言葉がそれだった。
     ファウストは最初こそ驚いたような顔をして、それからすぐに目を伏せた。「なるほど」と、やけに優等生ぶったシノの行動に合点がいったのだろう。
    「すぐに知識をひけらかすほど僕の人はできていないけど、どんな魔法を覚えたいのかだけは聞いてあげよう」
    「変化の魔法だ」
     性別を変えたり、顔を変えたり。身体にかけるための魔法を全身に使いたいのだとシノは言う。
     確かに存在はしているどころか、そうした術を使っている魔法使いは世の中に多い。しかし戦闘にはまるで役に立たないどころか、常に使っていては邪魔にもなるだろう魔法へシノが興味を示すことはほとんどなかった、と。その話題を口にした意外性へとファウストは目を丸めていった。
    「……まさか身長を誤魔化すためとか言わないだろうな」
    「それもある」
    「あるのか」
    「だが、全部じゃない」
     理由を話した方がいいだろうかと語る彼に、当然だとファウストは返す。魔法を乞いたいというのならば、それ相応の対価が必要だ。それは先ほどまでの、見せかけだけの勤勉な姿だけではとても足りていない。
     図々しさも持ち合わせるシノであったが、大事なところで対価を払い損なって、本来得られる恩恵を逃すような真似をするほど愚かでもないとファウストは評価している。
     本来ならば認めたくないし、言いたくはなかったんだが、と。そんな前置きを以てシノが語りだしたのは、彼の身の上話に近かった。
     ヒースクリフが賢者の魔法使いとして魔法舎に誘致された頃、シノはシャーウッドの森番としての仕事を続けていた。ヒースクリフを守るのだと、約束を交わした身ではあったが。賢者の魔法使いではなかった頃の彼は、大いなる厄災を前に戦う術を持てなかったのだ。
    「ヒースはブランシェット城と魔法舎を行き来していて、あいつが帰ってくる度にオレは誇らしい気持ちになったんだ。あのお坊ちゃんが、世界を守るために戦うんだって。そのための修行に打ち込んでいるんだって。聞けば師匠よりもずっとマシな先生にも会えたって言うもんだから、どんな奴だかオレも一度顔を見たいと思っていた」
    「……その先生とは僕のことか?」
    「あんた以外にいないだろう、ファウスト」
     ともかく、だ。シノはそう告げて言葉を続ける。赤い瞳に込められた芯は相変わらず揺らぐことがなかったが、瞬きのたびに瞼を伏せる度、妙に寂しげな感情が寄り添っていく。
    「ヒースクリフは、帰ってくる度凛々しくなっていたよ。ずっと自信がないって俯いているけれども、たまに上げた時の顔付きもそうだし、体つきもだ。それを見たオレは羨ましいって気持ちより、負けてたまるかって気持ちの方が強く湧きあがった」
     だというのにシノの気持ちに反して、その差は広がるばかりだったという。
     手の大きさも、背丈も、身体の厚みも。見る見るうちに成長する主君の姿に対し、幼子のように細く、小さいままの己の姿が憎らしかったのだと、彼の唇は語り続ける。
    「新しく師事した男は、どれだけ優秀な奴なんだろうと思った。オレも賢者の魔法使いになって、そいつの下で学べば同じくらい成長できるんじゃないかとも思っていた。ヒースにできて、オレにできないわけがない。あいつが成長してどんどん先に行くっていうのに、オレがそこで足を止めて良いわけがないだろう。オレは、あいつの従者なんだから」
     その一年後、シノも賢者の魔法使いとして選ばれた。
     そこでファウストに出会い、ヒースクリフと共に師事するようになって。身体の動かし方だけでなく嫌々ながらも知識もつけていくようになれば、薄々と感じながらも、しかし目を逸らしていた事実に向き合えるようになったのだという。
    「オレの肉体の成長は、もう止まった後だ」
     恨めしげに、シノは言葉を絞り出す。悔しいと、彼の全身がその感情を余すことなくファウストへと訴えかけていた。
    「……きみは、若いがかなり強力な魔法使いだ。早い魔力の成熟はその証拠で、恥じることはない」
    「だが、ヒースの身体はまだ成長を続けている」
     シノにとってのヒースクリフとは、自分が仕えるべき主人だ。身寄りのない子どもを引き取り、役割と住まう家、それから温かな食事を与えてくれたブランシェット家の人間であるという一点だけで、その顔を知るよりも前から絶対の忠誠心を捧げていた相手である。
     しかしヒースクリフにとってのシノといえば、最初は小間使いの一人にすぎなくて。その顔も、名前も、彼が知る機会は中々無いままだった。ヒースクリフがシノという名前の子どもを知った時。それは初めて魔法使いと知り合えて、同時に友達を得た瞬間のことを指している。となれば、彼がシノに求める役割と、シノが彼に求める役割が異なるのも仕方がない。
    「オレは、あいつに見合う男でいたい。従者としても、友人としてもな」
    「見た目や年齢に関係なく、主従や友人関係は築けると思うけど」
    「それはヒースが胸を張っていられるものか? ヒースクリフは、繊細なんだ。魔法使いであることをオレは誇りに思ってほしいが、あいつはそうじゃない。オレばっかりが成長を止めて、あいつとどんどん見た目が、年が、離れていったら。あいつは……きっと、オレのことで苦しむ」
     それは嫌だと、シノは語る。その中でヒントを得たのが、北の国の双子だ。彼らは愛らしい少年の姿をしながらも、不意に戯れのようにして成長した大人の姿へ変化する。
    「オレを成長した姿に化かせられるとも、あの二人は言った。だったらオレが、オレ自身の魔力で、そうやって変わればいいんじゃないかと思った」
    「つまりきみは、これからずっとヒースクリフを欺いて生きると言っているんだな」
    「顔を変えて東の国で暮らす魔法使いもいる。それと同じだ」
     できるのか、できないのか。
     シノの問いに、ファウストは「難しい」と答える。それは決して、シノが縋る可能性を潰すための言葉ではない。
    「今から欺くつもりなら、相当な努力が必要だ。何せ僕たちには大いなる厄災と……それも下手をすれば昨年を上回るだけの大厄災と、戦う必要がある。厄災が迫らなくても今この世界には多くの傷が残されていて、痕跡を片付けるだけで手一杯だ。きみは自分に余計な魔法をかけたまま、ヒースクリフの身も、賢者の身も、きみ自身をも守りながら戦い続けるつもりなのか?」
    「やるときめたらやり遂げる男だ、オレは」
    「知っているけど、それの尻ぬぐいをさせられる身にもなってほしいよ」
    「付き合ってくれるんだな、ファウスト先生?」
     シノの表情が綻んで、幼い印象を持たせながらも鋭い目尻がそっと垂れ下がっていく。真っすぐに向けられた感謝を退けるようにして、「そのためにはこれまでより一層真剣に座学へ取り組むように」とファウストは告げた。ぐっとシノの喉がなったが、しかし「分かった」と物分かり良く、すぐに頭を下げていく。
    「僕だって、ヒースが友人関係で悩んで悲しむ姿は見たくない。あの子は普段聞き分けが良いくせに、僕を先生と呼び慕ってくれるところだけは直してくれないが……。まぁ、そこを含めて可愛い教え子だから」
    「オレは?」
    「可愛くないよ、きみは」
     ぴしゃりと言い切ったファウストの姿に、シノが破顔した。
    「ヒースと揃いだ」
    「今のどこが……。……いや、ふふ。でも、そうかも」
     柔らかく口元を綻ばせ、サングラス越しのファウストの瞳が伏せられる。
     結ばれた関係は、師弟というよりかは共犯者のそれだった。



     *****



     妙に落ち着かない夜だ、と。カーテンから僅かに差し込む月明りを見つめながらシノは薄く瞳を開く。
     普段は自身に魔法をかけ、ヒースクリフと同じ年頃の男に見えるようにと姿形を偽っているわけだが。誰もいない部屋でこうして身を休める時だけは、話は別だ。
     魔法の力をもってすればシノが望んだ通りに顔も体格も弄れるとはいえ、趣味に突出した姿になることができないというのは、幾らかストレスがかさむものである。その最たる例が身長だ。
     シノが望んだのは元の背丈より十以上も伸びて百八十の大台に差し掛かるだけの長身であったが、事情を知るファウストから「きみの骨格と年齢から察するに、それ以上伸ばすのはあまりにも不自然だ」と丁寧に釘をさされた結果、彼の背丈はファウスト以上、ネロ未満といった中途半端なところで留まっている。
     それこそファウストとレノックスのように長身の従者を連れた主人、という絵姿に憧れを抱いていたのだが。それはどこかの機会で、こっそりと、ヒースクリフにも勘付かれないように行って、欲求を満たすしかないのだろう。
     ぼんやりとした時間を過ごす彼の脳裏に浮かび上がったのは、一つの妙案だ。
     思い立ったが吉日、とは言ったものである。
     日をまたぐまで、もう少しだけ余裕がある。すぐさまシノは寝台から飛び起きると、カーテンを開け放ち、そのまま窓から身を投げていく。
    「≪マッツァー・スディーパス≫!」
     呪文を唱えるや否や、彼の手元には一本の箒が現れた。同時に重力に従って落ちていくばかりであった身体が空高く浮かび上がっていく。そして彼の艶やかな黒髪は、厄災の光を帯びるように所々へと青白さを交えていった。
     薄い身体に厚みが増していく感覚は悪くなかったが、箒で身体を支えるとなればその分重量が掛かって、最高速度は劣るのだろう。心が急いている時にはいくらか不便だとシノは思ったが、だからと誰かに見られているかもしれない環境において、この仮初の姿を解こうとは思えなかった。僅かな楽を求めて、数十年間も積み重ねた努力が水の泡となるのは馬鹿馬鹿しい話であったからだ。
     森の上の澄み切った空気を肺一杯に吸い込みながらシノが飛んだ先。それはシノが子どもの頃から仕え続けて今では友人が所有している古城、ブランシェット城である。
     ヒースクリフは城主になっても、幼い頃の彼に与えられた部屋を自室として使い続けている。出会ったばかりの、シノがまだ堂々と城門を超えることを許されず、人目を忍んで友達に会いに行った頃のことを思い出しながら。シノはその窓辺へと、慣れた様子で近づいて行った。
     あの頃と違うのは、幼いヒースクリフの手が窓の鍵を開けてシノを招き入れるのではなくて。シノが魔法で音もなく窓を開け放ち、部屋に侵入できるようになった点だろう。
     何でもそつなくこなせるヒースクリフだったが、起きることだけは苦手だった。昔から、起こしてもなかなか目を覚まさない。揺すっても開かない眼は、幼少期だけでなく魔法舎に来てからも同じだったが。有事の際だけはそんなことがないようにと密かにシノは祈っている。
     ――話は逸れたが。そんなヒースクリフだからこそ、シノの気配を感じ取って目を覚ますことはないだろうと思っていた。
     外した窓を魔法で元通りにして、シノはヒースクリフが横たわる寝台へと目を向ける。〝どこかの機会で、こっそりと〟何事かを為すのであれば、それは主人の目が向かない場所が最も適していて。つまりは、こうして無防備に眠るヒースクリフの前であれば自分の願望はいくらでも叶えられると、昔から変わらない好奇心と短絡的な思考を胸に、彼は意気揚々と飛び込んだのだ。
     しかしシノの足は止まってしまう。視線は一点を凝視したまま動かない。足裏も、瞼も、見えない糸で縫い取られてしまったかのように、体から自由を奪われていく。

     信じられないものを見た。

     そうと言わんばかりに、シノは呆然と立ち尽くす。
     青白い光が差し込む部屋の中で、ヒースクリフの金糸の髪は光っていた。美しく、瑞々しく。広大な麦畑の風景よりもずっと美しい色がシノの眼前に映る。
     それはシノにとって見慣れたもので、しかし、同時にひどく懐かしくもある色だったのだ。
    「ヒース、ヒースクリフ!」
     思わずといった拍子に、シノが大きく声を上げる。廊下に控える使用人たちに聞こえてしまうのではないかと案じる余裕は彼にはなかった。動くようになった足で、ヒースクリフの傍に近寄る。その肩を掴めば、今のシノと比べたってやたらと華奢な、細い骨と薄い皮が、皺の寄った手の平越しに伝わってきた。
     揺れた金糸の下には、ヒースクリフの整った顔立ちが見て取れた。皺は一応存在しているものの、ここ数十年シノが見つめ続けた目尻や口元のそれらはすっきりとしていて。今は唯一、眉間にのみに残されているだけだ。
    「ううん」と、呑気に夢と現を行き来する声は少し枯れてこそいるが、貫禄を持つようになった獣の声よりも、うっとりとする鳥の囀りの方がずっと似合う。
     ぱちりと、蒼海の色が開かれて不意にシノと目が合った。「シノ?」と、不思議そうに零れた声は毎日聞いているはずなのに随分と久しぶりな音で。不思議な懐かしさに、シノの胸の奥が熱く燃え、震えていくのを感じていく。
    「ヒース、お前……その姿」
    「え……? あ、ああっ! み、見るな!」
     途端、意識をはっきりと取り戻しこれが夢ではないと悟ったのだろう。ヒースクリフは布団を掴むと、そのまま中へと引っこんでしまう。呪文を唱えなかったのは、そうすることで露呈する事実をシノに見せたくなかったため、だろうか。
    「何で、俺の部屋にシノが……」
    「悪い、忍び込んだ。お前を一度でいいから見下ろしてみたくって」
    「それって、下克上でもするつもりだったのか……?」
     シノの目の前にはこんもりと丸まった布団があって、その中からヒースクリフがくぐもった声を聞かせてくる。
     威厳も何もない声と姿だ。
     だけれどもそれが、シノにとってはどうしたって嬉しい。
    「ああ、我が君よ。どうかこの家臣に、今一度その御姿を見せてはいただけないでしょうか」
     芝居じみたシノの声に、拗ねたように「嫌だ」とヒースクリフは答えていく。シノは悪戯に笑って、丸まったままの主君の姿を見つめ続けていた。
    「……この声を聞いても?」
     シノの言葉を聞き届け、ぴくりと布団の塊が動く。
     そのままがばりと音を立てるように布団が跳ねのけられると、金髪を乱した若い男が外界へと姿を現した。
     十八、十九の青年を思わせる顔立ちをした男は、驚愕の表情で少年と青年の狭間の時間を生きる男を見つめていた。
    「……シノ」
     まるで死者とでも再会したかのように口をぼんやりと開けて、存在を確かめあうようにその名前を呼んでいく。
     何十年も、ずっと傍に居続けたはずだというのに。同じだけの時間が掛かった、あまりに久しい邂逅だった。



     *****



    「俺は、ネロに聞いたんだ。シノに置いて行かれないようにするにはどうしたらいいかなって」
    「お互いに相談する相手を間違えたな。珍しい相手に縋るもんじゃないって教訓だ」
    「間違えたって……先生もネロも、親身になって俺たちのことを考えてくれただけじゃないか!」
     賢者の世界の言葉を借りれば『同窓会』あたりにでもなるのだろうか。
     かつての厄災を乗り越えた東の国の魔法使いたちは一堂に会し、ネロの手製のパイと、ファウストが淹れたハーブティーを前に遠慮なく声を上げ合っている。それは特に、大きな厄災を乗り越えて初めての出来事というわけでもなかったが。かつての子どもたちの姿をして――つまりは出会った頃とそう変わらない姿で――、ヒースクリフとシノが揃って顔を出すのは久方ぶりのことだった。
     個々であればそれぞれが東の国らしいと称される四人であったが、こうして集まって顔を付き合わせて四人組へと呼称を変えれば、途端に情を許した者同士の気負いのしない会話が始まっていく。そんな中で顔を赤くして声を張り上げるヒースクリフの姿に、ファウストとネロは微笑ましいような、生暖かいような視線を送り続けるばかりだ。
    「僕たちは途中で、きみたちがまるで同じことをしているんだと気付いたし、ネロとは情報を共有しあっていたんだが」
    「まぁ、だからって俺たちが口を挟むのも変だし。あとは若い二人に任せて見守っていたんだよなぁ」
    「ファウスト先生、ネロ!」
     あんまりです、とヒースクリフが項垂れる。シノはじとりと二人を睨みつけ「オレの主人をいじめるな」といつもの調子で意見を口にした。
     ネロとファウストの言い分としては「それとなく、勘付けば良いなと忠告は挟んでいた」とのことだったが。思い返してもいまいち心当たりがないような、些細なものしか用意されていなかったのだろう。
     シノがファウストに訴えた通り、ヒースクリフは自身が老いてシノを置いていくことも、また同時に自身の成長が止まって置いて行かれることも恐れていたようだ。そんな彼の脳裏に浮かんだのは、ネロから聞いたことのある、顔を変えて姿を変えて、何度も同じ街にやってきては別の人生を歩み直す魔法使いの話だったらしい。
     ――詰まる話、ヒースクリフもシノも、両者とも。同じことを悩み、全く同じ行動を取っていた。それが事のあらましだ。
    「……シノの成長が止まったら、俺もこれ以上老いないようにしようって思いながら。両親の写真や記憶を頼りに少しずつ、俺がこの年の人間だったらこんな顔かなぁって思いながら魔法をかけていったんです」
    「ああ、その観察眼は見事だよ。事情は知っていてもマジで老けてるんじゃねぇのって、何度か本気で騙されそうになったくらいだし」
    「……でもシノが、一緒に老け続けるものだから。十年くらい前から、これ以上は難しいよな、このまま続けたら俺も立派なおじいさんになってしまう、これから先はどうしようって悩んでしまって」
    「いたちごっこだよな、完全に」
     ずっと悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいと、ヒースクリフは顔を覆っていく。
     これからはその必要がないからと、魔法舎には十代後半を思わせる姿のまま顔を出してくれるらしい。そっちの方が彼らも余計な魔法を使う必要がなく、気楽なのだという。
     ただブランシェット領主としては、若すぎる姿は交易に色々と弊害があるようで。「そっちでは、これまでの姿でいようかな」とヒースクリフは呟いた。とはいえこれからは魔法使いらしく、それ以上歳を重ねない領主として鎮座する予定でもあるらしい。
     一方シノはというと、当初から口にしていた言葉通りヒースクリフに見合った姿で今後も過ごしていくようだ。そんな彼は歳を重ねて落ち着きのあるヒースの姿を疑似的にだが見守ることが出来た上で、今再び若々しく美しい主君に仕えることのできる現実に喜び、上機嫌そうに足を組んでいる――わけでもなく。
    「お前、実際に成長が止まったのは何歳の時だ」
    「ええと、はっきりとは分からないけど多分二十歳頃……かな?」
     その一答を最後に、口の形をはっきりと曲げていった。
     小さな呪文が聞こえたと思えば、シノの手足が伸びていく。少しだけ顎の形がシャープになり、相対的に瞳の大きさも目立たなくなる。椅子に座っているので正確な背丈は分からないが、持て余すような長さの足が机の下で窮屈に組まれ、ヒースクリフの爪先を小突きはじめる。
    「お前はオレの弟みたいなもんなんだから、歳が離されているのは納得がいかない」
    「弟って……お前の方が弟だろう?! あと身長は盛るな」
     お前は多分そこまで背が伸びない。そうと断言したヒースクリフの言葉に、「なんだと?」とシノが声を低くする。
     そんな二人の姿を見ながら「あらら」とネロは口元を引きつらせながらも、今度は特に遠慮を覚えることもなく、笑っていた。
    「なんだか、こっちまで懐かしくなるよ。ボロ出さないようにしたかったのか、最近の二人ってあんまり……こんな感じじゃなかったし」
    「外見年齢と精神年齢が上手く釣り合っていた、という捉え方もできる。今の精神年齢は魔法を使っていた頃よりずっと幼い」
     だけど、僕としてもこっちの方が落ち着く。
     そう付け加えたファウストの姿に「わかる」とネロは同意を加え、ゆっくりと頷いていくのであった。

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