拉致『ルル』というのが人の名前ではなく、彼らデスドライヴズが使うエネルギー装置であることを知ったのはつい最近のことだ。
彼らは己の目的を果たすために、『ルル』を使う。
その機構1つをとっても、デスドライヴズとブレイバーンは違う。ブレイバーンはイサミを決して消耗品のようには扱わない。ソウルメイトとも言うほどに愛着を持ち執着をしていることがその一挙手一投足から強く伝わってくる。
だが他のデスドライヴズは『ルル』への関心はありつつも、そこまでの想いを抱いているようには感じられない。だからデスドライヴズとはそういう存在であり、ブレイバーンが特別なのだとずっと思っていた。
自分の名を呼ぶ、あの声を聞くまでは。
***
デスドライヴズが3体現れ、手分けして対応した戦闘も一通り終息に向かった後。
深い霧のが立ち込める戦場の片隅で動けなくなった機体の中、スミスは息を吐く。複座にいるルルは戦いに疲労しきって現在は眠っている。自分の隊――ブレイバーン支援独立小隊『ブレイブナイツ』のメンバーもそれぞれの配置場所で待機をしている。彼らに救援が来るまでは警戒しながら待つように指示を出した。
そんな時、
『――、――』
何かがスミスの耳に届いた。無線を通してではない。ルルの声でもない。コックピットの中にいるにもかかわらず、しっかりと耳に届くそれは、まるで自分を呼ぶ声のように聞こえた。
『ルー。どこにいる、返事を――』
それは記憶の深い所にある母親が自分を呼ぶ声に酷似していた。
「Mom?」
こんな場所で聞こえるはずがないその声を認識して、スミスは混乱した。
『――ああ、そこにいたのか、ルー』
「誰だ、俺を呼ぶのは……?」
『迎えに来たよ、ルー』
迎えが来たのなら行かなければ。
スミスは導かれるようにライジング・オルトスのコックピットのハッチを開けた。深い霧の中、空に浮かぶのは見知らぬ4体目のデスドライヴズだった。
「デスドライヴズっ! まだいたのか!?」
スミスは自分の置かれた状況を瞬時に把握し、咄嗟にハッチを閉じようとするも、
『ああ……、ようやく会えた、ルー』
目が合い言われた瞬間、スミスは動けなくなってしまった。
「……キミは一体……?」
『ブレイバーンがこちらへ向かっている。早く行こう』
「ブレイバーンが?」
イサミとブレイバーンがこちらへ向かっているということだろうか。なぜ? 救援がくるまでその場で待機じゃなかったのか?
『今はまだ彼らと戦うわけにはいかない。さあ、急いで、ルー』
「俺は、イサミとブレイバーンを待たなければいけない」
だからここから動くわけにはいかない、と相手に伝える。が、相手は首を横に振り、指と思しき場所からワイヤーを出す。それがスミスの身体に絡みついた。
『ようやく会えたんだ。もう離すつもりはない』
「……っ!」
これはどう考えても脱出は出来そうにない強度のワイヤーだ。この状態で戦闘に入れば、イサミとブレイバーンが不利になることは想像に難くない。
スミスは足で通信のスイッチを押した。すると焦ったようなイサミの大声がコックピット内に響く。
『――応答せよ! 応答しろって言ってんだろスミス!!』
「イサミっ!」
『スミス! また別のデスドライヴズの反応が! おまえのいる場所に!』
この目の前のデスドライヴズの出現を受け、イサミは駆けつけてくれているのだろう。あんな激しい戦闘があったばかりだというのに、だ。本当にカッコイイヒーローだよ、イサミは。
だからこそ、今、戦わせるわけにはいかない。絶対に。
スミスは先ほどのデスドライヴズの言葉を確認した。
「……まだ戦うつもりはないと、さっきそう言ったな?」
『無論。こんな状況では私の望む死は決して得られない。万全の状態で最強の相手に相対しなければならない』
己の望む死を得るために地球へやってきたデスドライヴズ。その望みはそれぞれだが、どれも厄介なことこの上ない。
スミスはデスドライヴズに了承の意を示した。
「分かった、行こう。ただし、俺だけにしてくれ。頼む、この子だけは」
複座にいる眠ったままのルルを見やり懇願する。
『スペルビアの”ルル”だな? それは私には必要ない。私に必要なのはキミだけだ、ルー』
ワイヤーが上に引かれ、スミスはデスドライヴズの手の平の上に転がされた。胸の部分が開き、そこに丁寧に収められる。何もない空間だったのだが、ティタノストライドのコックピットのモニターカメラのように周囲の風景が映し出された。
デスドライヴズの中に入っても、相手は何ともない。自分を乗せたところで、スペルビアのような反応を返すと思ったのに。
「どうしてキミは平気なんだ? 俺はてっきり……」
『当然だ。他の者にキミを乗せられる訳がない。キミは私の『ルー』だ。唯一にして最強の私の大切なモノ。ああ、本当に無事でよかった……』
デスドライヴズの歓喜と安堵が声から伝わってくる。なるほど『ルー』というのは『ルル』と同じ意味なのだろうか、とスミスは漠然と思った。
デスドライヴズが空高く舞い上がった。はるか遠くに、爆速で何かが接近してくるのが見える。間違いなくブレイサンダーだ。
『さあ、行こう』
イサミとブレイバーンの到着前に、デスドライヴズはスミスと共に、霧に紛れて姿を消したのであった。