Re:START(CPなし) これは夢──そんな風に夢と自覚することは稀なのだが、確かに、今、自分は夢の世界にいる。
だってここは見たことがない場所で、周りは火の海で、目の前には見たことがないロボットが倒れてて、その運転席から逃げ出すことが出来ない女性パイロットが、昔馴染みのヒビキで、
『逃げてイサミ! あいつらまた撃ってくる、その前に、早く!』
彼女は必死に自分に訴える。あいつら? と思って顔を上げると、こちらも見たことがないロボットが大軍勢で襲ってきている。撃ってくるのか、と思った瞬間、その手が眩しく光った。本能的に目を閉じ身構えた瞬間、強烈な爆風を感じた。が、それは直接自分の身体で感じたのではなく、目の前にまるで衝立が出来て守られたたかのようで、不思議に思って目を開けると、何かが、自分を庇うように立っていた。
(ロボット──?)
自分を庇うように立っていたそれは、大きなロボットだった。それは振り向きざまに、
『待たせたな、イサミ!』
自分に向かって言い放った。
***
「イサミ!」
突然肩を揺さぶられ、イサミはハッと意識を取り戻した。視界には映ったのは金髪のイケメンで、心配そうな表情でこちらを伺っている。こいつはウチの常連客の……。
「スミス……俺……?」
「ちっとも起きないから心配したぞ。疲れているんじゃないか?」
「ああ……そうかもしれない」
そうだ、ここは俺の店――ブレイフラワーという名前の花屋だ。もう夜で、閉店時間が近い。この金髪イケメン──スミスはウチにちょくちょく足を運ぶ客の1人だ。
『イサミ! 大丈夫か?』
スミスとは別の機械音声も自分を心配する声を上げる。こいつは店の諸々の管理をしているブレイバーンといって、見た目は小さな人形みたいだが、れっきとした高性能のAIが搭載されたロボットだ。ブレイバーンはイサミの肩口に乗り上げ、そこで簡単なバイタルチェックを行う。
『ルイス・スミスの言う通り、キミは少し疲れている。あらかた店の片づけは終わっているから、少し休むといい』
「じゃあ、残ってる仕事は、俺が手伝おう」
ブレイバーンとスミスの話を聞き、イサミは2人?の厚意に甘えることにした。
「悪いなブレイバーン、スミス。頼む」
ブレイバーンの指示の元、スミスが手際よく残りの片づけを行う。あらかた終わっているというブレイバーンの言葉通り、作業はあっという間に完了した。
『では私は自分の仕事をする。ルイス・スミス。最後の戸締りは任せたぞ』
「ああ。任された」
ブレイバーンが奥へ引っ込んで行ったのを見送って、イサミはスミスに礼を述べる。
「助かったよスミス」
「お安い御用だよ。でも本当に、ブレイバーンの言う通り早く休んだ方がいい」
「ああ……」
イサミが口ごもった様子を見て、スミスは帰り支度をしていた手を止める。こんな状態のイサミを放っておくことなど出来ない性分なのだ。
「何か心配事かい?」
「いや……大したことじゃない。変な夢を、見て」
「夢?」
変な夢を見たから調子が悪い、などと大の大人が言うセリフではない。イサミはそう思ったがスミスは真面目な表情でイサミの言葉を受け止めた。
「変、とは具体的にどんな風に?」
「いや、どこか見知らぬ場所で、ロボットの大群に襲われてて──ヒビキが逃げられなくて、俺に早く逃げろって必死な声で言うんだ。でも俺はあいつを見捨てて逃げられなくて、そうしていると敵の攻撃が迫ってきて、ダメかと思ったら──」
「思ったら?」
「なんか、でかいロボットが俺を助けてくれて──そういやあいつ、なんかブレイバーンに似てたような」
話しながらイサミはスミスの反応を伺った。こいつは外面はこんなイケメンだが、内面は生粋の特撮・ロボオタクだ。今の夢の話を聞いたら変な風に食いついてくるんじゃないかと少しイサミは警戒したが、スミスは爽やかな笑顔を浮かべた。
「素敵な『夢』だね。まるでヒーローの物語みたいだ」
立っていたスミスが手を伸ばし、座っていたイサミの額に触れる。イサミはスミスの手の温もりを感じた。
「だけどキミには、その『夢』は、これ以上見て欲しくない、な」
「え──?」
スミスの手がイサミの視界を覆い隠す。その瞬間、イサミは強烈な眠気に襲われた。目を開けていられない。
「おやすみ、イサミ」
スミスの声に促されるように、イサミは意識を失った。
***
意識を失ったイサミを抱きかかえ、スミスは奥にいるブレイバーンの元へやってきた。スミスはブレイバーンの側にある布団にイサミを寝かせてやる。その様子を見て、ブレイバーンはスミスに確認する。
『またあの夢を見たのか、イサミは』
「ああ。もう限界かもしれない。間もなくあちらの世界の扉が開いてしまいそうだ」
突如、デスドライヴズが地球に侵攻してきて、それと戦うために、巨大なロボット──ブレイバーンに乗るイサミのことを案じ、スミスとブレイバーンは同時に溜息を吐いた。
かつて世界を救えず、何度も何度もその度にやり直しをしてきた結果、イサミの心も身体もボロボロになってしまった。
彼にしばしの休息を、とスミスとブレイバーンは共謀してこの平和な世界――イサミが花屋を営む世界という虚構を創り上げ、彼を休ませることにしたのだが、所詮は虚構。長く維持できるものではない。
「──また、イサミを辛い目に合わせることになる──」
スミスは悲痛な面持ちで意識を失っているイサミの頬を撫でた。あの世界の敵に対抗するにはブレイバーンの力は必須で、ブレイバーンが真の力を発揮するにはイサミの存在が必須だ。どうあっても彼には戦いに直面してもらうしかない。
「すまないイサミ。でも、必ず俺が、俺たちが力になるから──」
ブレイバーンが小さな手でイサミの手に触れる。
『今度こそ、俺たちで世界を救おう。俺──私たちはイサミのために戦うんだ』
「ああ。じゃあ、扉を開くぞ」
スミスが目を閉じ、もう一度開くと、その瞳がブルーからグリーンに変化していた。己に宿る淫蕩のデスドライヴズ・クーヌスの力を呼び覚ます。
「今度こそ、すべてのデスドライヴズに、彼らの望む死を与えるために──ヴェルム・ヴィータの元へ辿り着けるように」
さあ、戦いを、再び始めよう。