隣を歩く名前——前略。灯夜が風邪をひいた。
「紫狼は入らないでください。移したくないので」
と、自室を閉め切り、追い出されてしまった。
それでも紫狼は、風邪で弱り見せた、寂しさ混じりの灯夜の表情を見なかったことには出来なかったのだ。
「——どうにか出来ないだろうか」
一先ず自室に戻り、一人考える。
ふと過ぎるのは、燈家の存在。
灯夜は、風邪をひいた時、傍に誰か居たのだろうか。
一人きり……だったのだろうか。
(流石に使用人くらいは居たと思うが……それでも)
やはり、一人にはしておけない。
紫狼は立ち上がり、粥などの軽食を作ろと、冷蔵庫の中身を確認する。
燈家の財力の影響で、高級な食材が揃っている。
「……今は、こういうのではない、だろうな」
視界の端にスーパーのチラシが映る。
丁度背面が白かったため、急な連絡が来た際にメモ代わりにしたものだ。
タイムセールの時間が書いてあるため、混雑する時間を避ければ、短い時間で帰ってこれるだろう。
簡単に身支度を済ませ、書き置きを残す。
念の為、灯夜にも声をかけようとノックをするも、返事はなかった。
「灯夜、買い出しに行ってくる」
寝ているのか、怠さから返事ができないのか、心配になりつつ、玄関の戸を開けようとした。
——開けようとしたのだ。駆けてくる足音が聞こえるまでは。
「し、ろう」
「灯夜……⁉︎ 起きていたのか」
「いえ、今……丁度目が覚めて。水でも飲もうと、思って……そうしたら、紫狼が、玄関に向かうのが見えて」
「それで、走ってきたのか」
「……」
静かに頷く灯夜の体を支えようと、そっと触れる。
熱はまだ引いていないようで、その熱さはパジャマ越しでも伝わってきた。
呼吸も荒く、瞼も重たそうに見えた。
そんな中、灯夜はゆっくりと様々な感情が入り混じった視線を紫狼に送る。
「紫狼、一つ……我儘を言ってもいい、ですか?」
恐る恐る、という言葉がピッタリなほど、震えた声で。
「……なんだ?」
「今日。今日、だけでいいので……その」
支えられながらも、体を小さく丸め、弱いところを見せまいとしている灯夜の姿が、紫狼には辛く思えた。
「——一人に、しないで」
とても小さな声で発した瞬間、灯夜は姿勢を崩した。
——今まで、言えなかったのだろうな。
そう思うと、胸が苦しくなる。
「いえ、忘れてください。僕は部屋に戻るので——」
「灯夜」
「なんです?」
「今日は、誰かと共に過ごすと吉だ。その方が治りも早いだろう……と、占いに出ている」
勿論、占ってなどいないが、そんな紫狼を知ってから知らずか、強がった灯夜の表情は柔らかな笑みへと変わった。
「君という人は本当に——」
紫の狼。表情が乏しく寡黙で、勘違いされやすい君。
本当は、藤の花のように優しいのに。
「灯夜、どうかしたか?」
「いえ、なんでも」
その表情は陽光のように柔らかくて——
「そうか」
夜を灯すあかり。その名の通りだ。
——なんて、お互い口には出さずとも、互いの名前を噛み締める。
——結局、軽食は灯夜が寝ている隙に、ゴーラスブルーこと、青斗に頼んだ。
要件を簡単にメッセージ送り伝えると、快く引き受け「余っていたから。今の燈には丁度いいかと思って」と、アイスも持って、灯夜が起きる前に帰って行った。
「燈は俺……というか、GOALOUS5の人間が持ってきた、と知れば嫌がるだろうから……手の空いていた構成員に買い出しを頼んだ、ということにしておいてくれ」
「……何から何まで、すまない。感謝する。……今度、礼をさせてくれ」
「礼なんて良いって。でも、そうだな……せっかくだから、今度ゆっくりした時にでも占ってくれ」
と、笑って。
——後日、灯夜が元気になった頃、占いの結果と、ラッキーアイテムが青斗のデスクに置いてあり、樹と一悶着あったようだが、それはまた別の話だ。