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    sabasavasabasav

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    ルク坊
    違いを愛する坊ちゃんと全て同じになりたいルック

    #ルク坊

        ▽      ▽

     何もない空を見て安らぐと言った、ティアの横顔が忘れられない。

     その言葉を聞いたとき、ルックの全てを占めたのは悲しみだった。何もない空を見上げて寂しいと感じていたからだ。相反する感想は、気持ちの共有ができないことを知る瞬間でもあった。
     何事も一緒でいたいと思うことは不思議なことではない。その相手が、愛おしくて堪らない存在であれば尚更だ。
     住む場所や周りの人間関係が異なれば、それは互いが思いもよらない思考回路を持っていたとしても不思議ではないし、ルックとティアが別の存在であるように、考え方が異なるのは当たり前だ。
     脳が違うからだ。二人の人間にはそれぞれ一つの脳があって、いくら愛し合ってもその脳を二人が共有して生活することはできない。
     分かっている。当たり前のことだ。それでも、ルックは酷く悲しみを覚えた。

    「ルック……どうかした?」
     声をかけられ、ルックは腕の中の心地良い重みがなくなっていることに気が付く。
     ベッドに横たわりルックに抱き込まれながら眠っていたティアが、いつの間にか上半身だけを起き上がらせ、こちらを伺っていた。ティアはやんわりと口角を上げつつも、困った顔を浮かべている。
    「何でもないよ」
     髪を弄るように頭から顔を撫でてやると、ティアは仄かに浮かべていた笑みを消し、不安の色を更に濃く表した。
     恋人と全てが一緒でありたいと思うことは、そんなにいけないことなのだろうか。そう思うのは不思議なことではないはずだ。
     人間には思考するために頭脳がある。あるということは、形容し難い思慮を抱くことが許されているということではないか。
     しかし、その慮りが全て一緒であることは絶対にない。ないということは、相手を困惑させる思考を持つのが許されないことと同義ではないか。
     分かり合いたい。些細なことひとつでも、ティアを理解し、ティアに理解され、出来るだけ多くの事柄を共有していたい。
     ルックはそんな欲求を払拭するように、ゆるりとかぶりを振った。自問自答を繰り返しては燻り続けるこの感情は、自傷行為に近いのだと自覚した。
    「本当に何でもないから」
    「何でもなさそうな表情には見えないよ」
     ルックが頬を撫でていた手をティアの手の甲でそっと外された。寂しさを感じる間もなく両手を絡められ、その体温に酷く安心する。
     ティアが心配している。
     そのことに対して申し訳ないと思う罪悪感と、心配されているという充足感が綯い交ぜになる。
     この感情が彼にも伝わればいい。
     そんな欲求が生まれては、表情として形造られる前に消し去っていく。
    「……何か気に障ることでもした?」
    「違う」
    「ごめんね」
    「アンタのせいだなんて一言も言ってない」
     誰も謝る必要などないのに、ティアは自ら悪者になることで場を収める。それを厭わないのは、ティアが常に周りから一歩距離を置いているからだ。
     自己よりも他を優先する感覚がルックには良く分からなかった。
     ティアは時にルックの理解を超える行動をする。それは、解放軍のリーダーであった昔も、同盟軍の“客人”である今も変わらない。
     出会いの時点でティアは特異な存在だった。レックナートと面会する前の門番として問答無用でゴーレムをけし掛けたというのに、付き人達のように怒りの感情を一抹も滲ませず、あろうことかこちらの名前を尋ねてきたのだ。ルックがティアをより深く理解したいと強く思うようになったのは、それがきっかけだった。
    「どうしてあの空を見て安らぐと言ったの?」
    「理由はいろいろあるけど……一つ挙げるなら眩しくないからかな」
     日が落ち濃紺に包まれた天は分厚い雲に覆われており、星々の瞬き一つすら伺えそうにない様子をルックは寂しい空と称した。ティアは安らぐ空だと言った。
     この、悶々とした蟠りができたのはその言葉が始まりだった。
    「まさか……君、それを気にしてるのか?」
    「悪い?」
    「別に悪くはないけど……」
     仕方のない子だなとティアは微笑んで、ルックを胸に引き寄せた。
    「何もかも一緒だなんて変だよ」
    「アンタとなら全て一緒がいい」
    「僕は嫌だよ、そんなの」
     また違う。どうして僕を否定する。
     先程から吐かれている台詞は、背に刃物を突き立てられたような感覚を生み出す。残酷な言葉も、ティアは何てことのない冗談のように紡いでいる。
     ルックは徐々に気落ちしていく自分を振り払うように、ティアの体に擦り寄った。
     背中に腕を回し、骨が軋むほどにきつくきつく抱き締める。
    「僕はね……ルックのこと、好きだよ」
     冷えた体を優しく、それでいて力強く包みながら、ティアは静かに声を出す。
    「好きって言葉じゃあ足りないくらいに好きだ」
    「ティア」
    「ルックは?」
    「アンタを……愛してる。ティア」
    「ほら、ね?」
    「は?」
    「違うから良いこともあるんだよ」
     自分と同じ存在だったら僕は君を愛することはできないから。
     今度こそ、ティアは震える体を抑えることもなく笑った。
     違うから惹かれるし好きだから理解したいと思える、と。
     自分もそうだ。
     経験や予想の範囲を逸脱している存在だったから、ティアのことが気になって仕方がなかった。
    「ルックの気持ちは嬉しいよ。僕の奥深くまで理解しようとする君が愛しくて堪らない。けど、そのことでルックが嫌な気持ちになるなら僕は悲しいんだ」
     ティアが問いかける。
    「僕の言ってること、おかしいか?」
     ルックを見詰めるその目は、年月を湛えた琥珀のようにどこまでも透き通っていた。嘘偽りがないことを物語っている、万人を惹き付けてやまない眼。
     ルックは頷いてから、その手を握った。
     笑みを零しながらティアに頭と背を撫でられる。情けない所を見られてしまった。それすらたかがそれくらいと割り切れるくらいの幸福感に包まれていた。
     腕を、指を、絡めあうその様子を涙で僅かに潤んだ視界に映せば、まるで溶けて一人の人間になった錯覚を覚える。隔てる境界線など消えてしまったかのように。
     何もかもが溶け合って、一つの存在になってしまったら、今のように共に生きたいと願うことすらないのかもしれない。
     それはとても魅力的で、同時にティアを失う喪失感に体が戦慄いた。
    「ティア。僕はアンタだけが欲しい。だから──」
     自然と、笑みが漏れる。
     ──この不安を消すために、繋がって眠ろうか。
     彼はその言葉の真意をちゃんと読み解いてくれた。
     冗談は空気を読んで言ってくれと、頬を染めながらティアは口篭った。

     ティアを欲するが故の不安を、この胸にいつまでも残しておこう。
     ひいては自分自身が存在する証にもなっていることを、今のルックは知っている。

      
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