アルミンは見た「間違いないんだな」
「あぁ、保証する。これより極上の粉にはお目にかかった事がない」
「大きく出たな」
「最高のブレンドだ。使いやすいように小分けにしてある」
放課後、僕は見てしまった。校舎裏の倉庫の前で、数学のナイル先生が清掃員リヴァイさん(裏社会)に白い粉の入った袋を渡しているのを。
「世話をかけた。掃除は任せろ」
「あぁ、助かる。そっちは苦手なんだ」
清掃員さんはナイル先生の肩をポンと叩くと校舎に向かい、先生はパーキングに向かった。
——掃除? 殺しか!
僕はコッソリと清掃員さんの後をつけた。噂に聞く白い粉が学校内にどれほど蔓延しているのかを調べる必要性を感じたからだ。嫌な予感は当たった。彼がノックもせずに消えたのは歴史教師エルヴィン先生の準備室だった。ちょっとズレた笑みを浮かべるエルヴィン先生は一見穏やかだが得体の知れない雰囲気がある。何より、準備室から気怠げに出てくる清掃員さんが何度も目撃されていた。
どうしよう、校長先生に? いや、ザックレー校長には椅子に纏わる不穏な噂があるしピクシス教頭はアル中だ……
「僕はどうしたら!」
「どうもこうもねぇだろ、下校時間だ。クソが漏れねぇうちに帰れ」
「ヒィッ」
頭を抱えてしゃがみ込んでいた僕の目の前に清掃員さんが!その後ろにはエルヴィン先生も立っていて、夕日の逆光の中、「さようなら。帰り道は気をつけて」と笑っている。
「はははははいっ!」
(消される! 帰り道に)
僕は心の中で十字を切ると、ひと気のなくなった廊下を走った。汗ばんだ背中に「走るな」と低い声が当たったけど、もうそれどころじゃなかった。
「おかしな奴だったな」
「アルレルトか? そういう年頃なんだろう。それよりも、楽しみだ」
「ナイルの女房のスペシャルパンケーキパウダーだ。フワッフワに焼けるらしい」
「明日の朝が待ち遠しいな」
「テメェは案外甘いもんが好きだよな」
リヴァイのバイク、タイタンゲッコーに跨がるエルヴィンは窮屈そうに後ろに跨り、メットの上にキスをしている。それがゴーサインなのか、リヴァイがエンジンを噴かせば「まずはこっちのフワッフワを頂こう」とエルヴィンが含み笑いをしながらリヴァイの胸を揉んでいて、「了解ダーリン。俺にはカチンコチンのをよこせよ」と、リヴァイがシートの上で尻を振っている。
「ねぇ、教職員用パーキングでイチャイチャするのはやめなよエルリ」
「ハンジ、碌でもねぇ徹夜の実験の買い出しか? 少しはまともなもんを食え」
自転車に跨ったまま歴史教師と清掃員の赤裸々な様子を眺めていたハンジは、「フワフワのカチンチンを食ってるあなたたちに言われたくないね」と呆れつつ、蒼い顔で正門に走り去っていったアルミンの事を訊ねた。
「クソだろう?」とリヴァイ。
「そういう年頃だ」とエルヴィン。
「あぁ、そう。もういいや。またね! 良い週末を」
バイクの上で密着する二人に何を訊いても無駄だと悟ったハンジは、追い立てるように手を振った。
「最近生徒の視線が冷たいんだが」
「気のせいだろう、ナイル。それより、パンケーキの粉をありがとうとマリーに伝えてくれ。フワッフワで実に美味しかったよ」
「おいエルヴィン……なんでお前が?」
ハウスクリーニングは何時がいいんだ? と手帳を取り出した同僚に困惑しつつ、ナイルは都合を訊くために愛妻に電話をかけた。マリーは掃除が苦手なのである。