ウワサの二人〜とあるファンの場合〜**
私の部屋の一番大きな壁には、自慢のポスターがある。
近所のジーンズショップで大勢のファンの抽選をかいくぐり必死で獲得した、エルヴィン・スミスとリヴァイ・アッカーマンの初共演のあのポスター。
私は元々エルヴィン・スミスの映画もドラマも観ていたし、彼のことは好きだった。ただ熱狂的という程ではなく、同じくファンである大学の友達と一緒にキャッキャと喜ぶくらいだけど。
そんな時に、あの共演にやられた。
白いシャツにデニム姿の飾り気のない二人。雰囲気もナチュラルで爽やかな筈なのに、あの表情と目線と手つきがたまらなく格好良くて、一瞬で惚れてしまった。
すぐにジーンズショップに走り込み、6千円以上お買い上げの方に渡されるポスターの絵柄のポストカードを即手に入れた。大事に持ち帰り、帰りのバスの中でこっそり見ては顔をにやつかせ、カードに穴を開けないよう100均で購入したイイ感じの額縁に入れて飾った。今それは、私の机の一番イイ位置に置いてある。
それ以来私はエルヴィン・スミスとリヴァイ・アッカーマンの大ファンなのだ。
七月十三日。夜。
部屋でスマホを見ていた私は、友達からのLINEに気付いた。
[ヤバイ!!!これ見て!!!]
興奮気味の絵文字の下には、Yoo Tubeのリンクが貼ってある。何だろうと思い、私はそれをポン、とタップしてみた。
サムネでは黒かった画面が明るくなり、ピントの合っていない白の画面になる。ごそごそと何かの音がし、カメラのピントが合うと、洋服なのか真っ白の布生地がアップになった。
『…………うん。よし』
ぼそりと小さな声が聞こえると、レンズはすっと上にあがり一人の人物を捉えた。
リビングのような部屋、ベージュのソファにぽつんと座っていたのは、リヴァイ・アッカーマンその人だった。
リヴァイ・アッカーマンはいつものように黒髪をさらりと揺らしたが、それはセット前のような少しラフな感じで、その雰囲気はどこか柔らかい。自宅の素の部分を感じで胸をドキリとさせたのは、きっと私一人ではないはず。
そしてその上半身にはコットン地の襟付きの白いシャツを着ていて、明らかに大きい。ただでさえ小顔なのにその対比のせいで普段より小さく見え幼くみえる。もちろん、最高に可愛いという意味だけど。
だぼっとしたシャツの袖を数回折り、首元のボタンはニつ開けている。画面の下には肌色の膝小僧がちらりと見えるので、あぐらをかいて座っているんだろう。可愛いとしか言いようがない。
そんなレアリヴァイを見てドギマギ驚いているところに、今度は小さな唇が開き、首がゆっくり傾いた。
〜I miss you……
今度は息が止まりそうになる。
低いけれど優しい声色で歌いだしたのだ。彼の歌は数年前にアイドルとして歌ったのをYoo Tubeで見たことがある。その後は買って何度も聴いた。あれを酷いと言う人もいるようだけど、あれはあれでとても可愛いし私は大好き。三人とも仲良しで可愛いし、声は素敵だし曲もいいし、リヴァイのぎこちない雰囲気とか感じてニヤニヤしてしまう。
だがそんな歌い方とは違い、鼻歌を歌うように楽しそうに、リラックスした様子で歌っている。伴奏もなくアカペラで、気持ちを込めるようにして、静かにバラードを歌い続ける。
聞いたこともない曲だった。
優しくて、あたたかい気持ちが伝わってくる曲。大切な人へのラブソングであるのはよく分かった。
たまに視線をカメラに向け、照れたようにはにかむように、僅かに笑った。体はあまり動かさず、あとは視線を外に向けて静かに歌う。
でも嬉しそうなのは伝わってきた。笑顔を浮かべているのとは違う、ふんわりと、安心したような、そんな雰囲気。
画面の中の彼をぽーっとなりながら見つめていると、曲は終わり、リヴァイ・アッカーマンがホッとしたように小さくため息をついた。
『……ということで。歌を作ってみた、でした。今後は、歌も歌えたらいいな、と思っていますので、よかったら、応援してもらえると嬉しいです。ご視聴、ありがとうございました』
締めはいつもの真面目な感じでそう話し、急にカメラがぐるりと動くと、画面には金色の髪が映る。
『何度聴いても最高だよ』
画面端に見切れたキラキラの青い瞳がそう言うと、奥に映るリヴァイ・アッカーマンは慌てたようにして『エル』と言い、動画はそこでプツリと終わった。
「…………………………………………はっっ!??」
私の体の血は一気に上昇した。
リビングで。リラックス中。エル。
同じ部屋?彼シャツ?エルヴィ…!?
歌を出すかもしれないという喜びと今すぐ叫び出したい衝動と友人と語り合いたい気持ちと山程あるが。
とにもかくにも。
私は真っ赤な顔で鼻息を荒くしたまま、▷マークを押し続けるのであった。
**
7月25日。夜。
その動画は一瞬でとんでもない再生回数になった。
例のリヴァイ・アッカーマン動画の数日後のことだった。
またも黒いサムネから始まり、パッと明るくなったかと思えば、白い湯気とエルヴィン・スミスのどアップが映し出された。
クスクスとこもった笑い声が聞こえ、ゆっくりとズームアウトして、そこがキッチンなのだと分かる。
『今日は。肉じゃがを作っています』
大きく立派なシステムキッチンに立つエルヴィン・スミスが、にこりと笑顔を向けてそう言った。
普段のポスターやテレビでは七三にセットすることの多い金髪の髪は、まるで風呂上がりのようにラフな感じで下りている。そしてその前髪を留めるようにちょんと付いている黒いヘアピンは、確実にファンたちの心をギュンッとさせたに違いない。(私はした。)
ライトグレーのシャツの上から紺色のエプロンを付け、エルヴィン・スミスはジュージューと音のなる鍋を見つめ、菜箸でかき混ぜている。
『材料を炒めて、だし汁と、最初にお酒と…』
説明をしながら手際よく進める。かと思えば、大きな手は大さじスプーンを持ち、反対の手で酒の瓶を持ち、真剣な目付きでゆっくりと計量を始めた。瓶を持つ手がぷるぷると震え、必死な慎重なその姿は、料理に慣れていないのがよく分かる。
撮影者が笑っているのか、画面は少しブレ、またクスクスとこもった笑い声がする。無事に酒を注いだ男は大仕事を終えたかのように満足げで、カメラの方を向いてふふっと笑った。
『口出しは駄目だぞ。今日は俺が一人で作るんだからな』
そんなことを言いながら、今度は塩、砂糖、と、たまに首を傾げ、手元の本を見ながら鍋の中に調味料を入れ煮込んでゆく。
カメラが少し動いて鍋の方を映すと、鍋からはふわふわと湯気が立ち、グツグツと具材が揺れ美味しそうだ。でも、鍋やまな板の回りはこぼした食材や調味料やらで意外と汚い。撮影者はそれが気になるのか、カメラの視線がじっとそこに止まったままだ。
『こら。あら探しも駄目だ。出来てからのお楽しみなんだから、見ちゃ駄目だよ』
エルヴィン・スミスはそう言いながら大きな手でカメラを覆った。指の間から見える笑顔は柔らかで可愛らしい笑顔だ。写真集で見るような爽やかな王子様でも、色っぽい男でもない。
そんな珍しい表情に見とれているうちにも、料理は先へと進んでゆく。
『最後に醤油を入れて……。こう、鍋を揺らして…煮崩れしないように…味を行き渡らせる……と…。うん、いいかな』
ぶつぶつと確認しながら言い、満足そうな顔で火加減を調節すると、青い瞳がカメラの方を向く。
『ここから少し煮込みます。いつもはね、こういうちゃんとした料理は作ってもらうんだけど、俺もきちんと出来るようになりたくて。最近練習中なんです』
そう言いながら鍋の中を覗き、にこにこと笑いながら話す。
『大切な人に作ってもらうご飯はとっても美味しいし嬉しいけど、大切な人の為に作るのもいいな、と思うようになりました。作りながら、美味しいって言ってくれるかな、とわくわくしたり。自然とその人の為の栄養バランスを考えたり、彩りを考えたり。まだまだ下手だけど楽しいです。それに、相手が忙しくて疲れてる時は俺が作ってあげられるしね。何でも協力し合って、ずっと一緒にいたいと思ってもらえるような男になりたいなと思っています。ね?』
最後はカメラの方を向き、にこりと笑顔を向ける。
幸せいっぱいの笑顔だ。
心臓が苦しくなるくらい可愛い。可愛すぎる。最高に格好良い男の最高に可愛い姿なんてとんでもなく萌える。これを目の当たりにしている撮影者が羨ましいし、動揺しないことに尊敬する。
こちらが必死で悶えていると、カメラがゆらりと動き、エルヴィン・スミスが消えてお鍋の方が映し出された。どうやら撮影者がカメラを下に向けたらしく、暫くそのままになる。これで終わりかなと思ったその時。私はある場所に目がいった。
キッチンスペースのところに転がっているお鍋の蓋は透明ガラスだ。映された画面の中のそのガラスの表面に、小さなニつの影がみえる。
それはニつの顔。金色の頭と小さな黒い頭が、チュッと、くっついていた。
「………………ッ!…!…………これだから、エルリのファンはやめられない……」
心臓はキャパオーバーで意識を失いかけている私だけど。
思わずそう呟きながらも、もう一度再生すべく、やはり▷マークを何度も連打し続けるのであった。
おわり