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    hocoricha

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    hocoricha

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    幽霊になった男と生涯過ごす男の話。

    #BL

    #1昔ながらの一軒家の六畳の和室に金色の大きな仏壇。線香を立てながら、この派手な黄金の世界に彼は行ったのだろうかと想像する。
    親友が死んだ。いつだったか、学校を卒業してもおじいちゃんになっても、死んでもずっと一緒にいようねなんて、おかしくて馬鹿な約束をしたのに。俺をひとりにするなんて。
    「薄情者め」
    いや、自分から彼のもとから離れたというのに「薄情者」だなんて失礼な話だ。そもそも、親友の彼とは高校を卒業してからはほとんど会わなくなった。大学が違えば生活は全く違う。俺だけ地元から離れてしまったから、気軽に会うには遠すぎる距離であったし。
    彼が死ぬ前日は飲み会だったらしい。酒を飲んで、猛暑だというのにクーラーが付いていない自室で寝て、それで死んだそうだ。
    飲み会では高校の同級生が一緒だったらしい。俺は誘われていない。当然といえば当然なのだが、それでもやはり死んだアイツに恨めしやと言いたい気分だ。
    彼の実家の、仏壇の前でため息をつく。部屋は線香のにおいで充満していて、遺影の中の彼は高校の時の姿で笑っている。
    もし、俺が地元に残っていたら彼は死ななかったのだろうか。ずっと一緒にいようという約束を反故にした俺のせいだろうか。飲み会の後に俺がひとこと、熱中症には気をつけろよと言っていたら彼の命は救われたのではないのか。
    俺たちは小学校から高校までずっと一緒だった。毎日会っていたけれど、大学を機に会わなくなった。連絡はそれなりにしていたけれど他愛もない話ばかりだった。愛を語り合う間柄ではなく、本当にただの友人だった。彼が俺のことを友人として以外の感情を抱いているのは知っていた。恋心とかそういうの。隠したがっているようだったから、知らないふりをして友人のままでいた。俺もいつの間にか彼へ恋心を募らせていったが、男同士だし未成年ゆえの何かの勘違いだろうと必死でバレないようにしてきた。逃げるように地元を離れたけれど、やっぱり彼への気持ちが忘れられなかった。
    先ほど吐いたため息の後に上手く空気が吸えず、喉がヒュッと鳴った。胃の辺りから何かが込み上げてきてぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。嗚咽まじりに彼の名前を呼ぶ。呼んだところで彼はこの世に居ない。蘇るはずも、化けて出てくるはずもないのに。
    「あは、かわいい」
    そこに居るはずが、ないのに。
    俺が発したのではない声に、目を向ける。遺影の姿よりも少し幼さが抜けた、親友の姿があった。俺と同じ二十歳になった姿だろうか。
    ───化けて出てきやがった。
    「かわいい、大好き。僕の愛する人。二度と離れたくないなぁ」
    ふわふわと浮いている彼はにこにこと嬉しそうに俺を見下ろしている。はっきりと目が合っているのに、彼は自分が見られていることに気づいていないようだった。
    これは幻覚か? 脳みそが彼の死に耐え切れず、ついにイカれてしまったのか?
    気が参ると幻覚を見ると言うが目の前の彼はあまりにもはっきり見えている。
    「だったら、二度と離れるな」
    無意識に、彼の言葉に返事をした。
    「え」
    彼は俺の言葉に反応した。
    お互いに見つめて三秒間、信じがたい状況に思考が追いついていない。
    「俺と、ずっと一緒にいよう」
    これはきっと幻覚だと心の片隅で理性が囁いているが、本能が彼を本物だと告げている。今、約束を取り付けないと彼が消えてしまう気がする。
    彼は、今度こそはちゃんと俺を見ていた。それから驚いた顔をして、口をぱくぱくと動かすだけだった。反応が想像通りで、笑みがこぼれる。
    「返事は?」
    「え、っと」
    「嫌か?」
    首を傾げて返事を促す。彼はびくりと身体を震わせ、頬を赤く染める。幽霊で血が通っていないだろうに、頬が赤くなるなんて不思議なものだ。
    「い、嫌じゃない。ずっと一緒がいい」
    「なら、改めて約束しよう。お前が死んでも、俺が死んでも、ずっと一緒にいよう」
    彼は更に顔を赤くし、白く濁った目をとろんとさせて返事をする。
    「うん」
    彼がぼんやりした表情で俺の近くへ寄ってきた。まだ夢心地らしい。俺の髪に触れるような仕草をするが、触れられている感覚は無い。ふ、と笑うとぽやんとしていた彼は弾けたように現実へ戻ってきたようだ。
    「いや、まって、おかしくない?! 僕もまさか幽霊になれると思ってなかったけど、安易に享受してるのどういうこと?!」
    彼は大げさな身振り手振りで俺に物申してきた。
    「何を言う、心底驚いているし動揺しているに決まっているだろう」
    「えぇ……」
    彼は苦笑いを浮かべる。なんだ、尻もちでもついて甲高い声でも出したら納得したのか。
    「いや、だってよくある物語では普通、お別れしなきゃいけない場面でしょ。僕が成仏する流れでしょ」
    「消えたら許さんぞ。俺はフィクションなど知らん。これは現実だ。幽霊が見える時点で普通もクソもないだろ」
    「えぇ……それはそうだけども。なんだか、キミがいつも通り過ぎて夢じゃないかと思えてきた」
    彼は俺の顔に腕を通り抜けさせたり、空中で一回転してみたりと幽霊の身体を確認していた。黙って見ていると、彼は姿勢を正して見つめ返してきた。数秒間、彼は睨むような顔つきで俺を見つめ、それから力が抜けたような笑みをこぼした。
    「キミが変わってなくて安心した」
    くくくと笑う彼の姿に目頭が熱くなり、再び涙が溢れてきた。今までこんなにも泣いたことがあっただろうか。視界が涙で滲んでいて、彼の姿もぼやけている。幽霊というのは実体していないはずなのに不思議だ。涙を服の袖で拭って再び彼を見る。
    「なんだよ、ここは泣くところじゃないだろ」
    「ん」
    彼は俺を抱きしめるような仕草をする。よしよしいい子いい子と甘ったるい声が俺の頭上から聞こえる。彼の熱は感じない。触れられもしないから、突き放すことができない。
    「こんなことなら生きているうちにちゃんと告白すればよかった」
    「お前、昔から俺のこと大好きだったもんな」
    「そうだけどぉ、そうじゃないじゃん。恋心ありきなの」
    「そんなことはとうに知っている」
    「え」
    彼はやはり、俺への好意が気づかれていないと思っていたようだった。
    「いや、なんか中学のときくらいから、俺を見る目が明らかにこう、熱を帯びてたから」
    「噓でしょ」
    直感的な部分でも気づいてはいたが、そういえばと思い出した。
    「というか、俺が寝てる横でオナニーしていたこともあっただろ」
    「ヒッ」
    彼がサッと離れて真っ青な顔で縮こまった。彼は高校卒業するまで毎日のように俺の家に通っていて、いつの日だったか俺が昼寝している横で俺の名前を呼びながら行為に及んでいることがあった。俺はどうにか無視して昼寝に集中していたが。
    いいから、怒ってないし引いてもいないから戻れと手招きする。
    「ほんとに?」
    彼は縮こまった体勢で俺の近くへ寄る。上目遣いで、眉を八の字にしている。俺は彼のこういう態度に弱い。
    本当だと伝えて、今度は俺が彼を抱きしめるような仕草をする。少し手が彼の身体を通り抜けているが気にしない。
    「こんな奇跡のような出来事が起こったというのに、いきなり下ネタの話になるとはなぁ」
    「キミが言い始めたんだろ。もっと感動的に、愛のおかげだねとか運命だねとかロマンチックな話をしたいよね」
    「愛を語る前に愛を伝えろよ。お前のことだから、この恋心は墓まで持って行くとか一人で勝手に苦しんでたんじゃないのか?」
    「……うるさいな」
    今度はじとりとした目で俺を見つめる。不服を示しているが、喜びが滲み出ている。その姿が愛しくて、つい笑ってしまう。
    「笑わないでよ」
    「お互い様だから許してくれ」
    部屋に西日が差しこんでくる。一瞬だけ、彼の目がきらりと光ったような錯覚を起こす。
    「俺もお前と同じで後悔したんだ。だから、死んでもずっと一緒にいよう。それで、俺も死んで幽霊になれたら、その時はお前に触れさせてくれ」
    彼は濁った白い目を細める。
    「早く触れ合いたいからって早死にしちゃだめだよ」
    「ちゃんとお前の分まで長生きするさ」



    「で、今日はお前の命日だな」
    「何年経つっけ?」
    「ちょうど今年で五十年だったかな」
    「早いもんだねえ」
    小さい頃、よく遊びにきていた公園のブランコに乗りながらぼんやりと空を見上げる。幽霊になってから夏の暑さは感じないはずだが、遠くで陽炎が揺れているのを見ると汗が出てきそうな気分になる。
    「暑くない?」
    「暑い。死にそうなほど暑い」
    「ちょっと、死なないでよね」
    僕の言葉に彼は何も言わず、ただただじっとこちらを見つめてきた。目のふちが少し白っぽくなった気がする。
    最近、彼は歳のせいか汗があまり出なくなったと言っていた。体温調節が難しくなってきたのだろう。少しカサついている皮膚からは汗が一滴も出ていない。僕は怪訝な顔をしてみせるが、彼は微動だにしない。
    「ねえ、熱中症なんじゃないの。大丈夫?」
    「……ああ、大丈夫だ。うん」
    ふい、と彼は視線を地面に落とす。大丈夫じゃなさそうだ。自分が熱中症で死んでしまったから、彼も死んでしまうんじゃないかと不安になる。ブランコの上から降り、彼の顔を覗き込む。
    「ね、もう帰ろう? 僕、キミがお昼寝してるところ見たいな」
    「なんだそれ」
    彼はあどけない笑顔を見せる。目尻の皺が好きだなと思った。
    「お前が昔の俺みたいなことを言うなんてな」
    「そんなこと言ってた?」
    「ああ、言った。ちょっとズレたアプローチ」
    なんだっけ、と記憶を辿ってみるが思い出せない。
    「お前も変わったなあ」
    彼は、死んで人生が終わった僕が、時が進んでいないはずの僕が、生きていた頃から変わったと言う。幽霊だけど、ずっと彼と一緒に過ごしたからだろう。
    本当は僕のことなんか忘れて、生きている人と生きた方が健全だったろうにと思う。だけど彼は死んだ僕を受け入れて、僕を選んでくれた。それで彼が幸せだと感じてくれているから何も問題ないかと一人で納得した。
    「じゃあ、帰るか。涼しい我が家に」
    「うんうん。いっぱい寝て、いっぱい食べて、まだまだいっぱい生きてよね」
    「はいはい」
    彼はよっこいしょ、と年寄り臭いひと言を発して立ち上がる。
    僕らの人生はこれからも続くけれど、たまには思い出話もしてみたいなと思った。
    「ねえ、さっきの昔の話を聞いてもいい?」
    「お前と初めて会ったときの話?」
    「わかんないけど、多分それ」
    初めて会った時がいつだったかもあんまり思い出せないけど、彼はしっかりと覚えていたようだった。ボケるつもりもまだまだないそうで、ちょっとだけ安心する。
    「そりゃあ覚えているとも。でも少し恥ずかしいな」
    彼は目を逸らして、素直な感情を口にする。どんなに年をとっても、なんて可愛い人なのだろうと愛しさで胸がいっぱいになる。僕は彼を抱きしめるような仕草をして、教えてよ~と甘えた声を出しておねだりした。
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