おかしなふたり「大変ご迷惑をお掛けいたしました」
複数の教諭が見守る中、間宮は深く頭を下げた。謝罪を受けた生徒の母親はいえ、とぎこちない苦笑を浮かべた。今回起きた騒動に対し彼女は怒りよりも困惑のが強いようであった。
「今後はどうか、娘さんのこともっと気に掛けてあげてください」
娘か、と間宮は頷きながらも内心で唾棄した。学校に急に呼び出されたのは養子が起こしたトラブルが問題だった。
「では不死見さん、後の事は……」
教師が母親へ話し掛けると間宮も娘の担任の教師に別室で待つ娘の元に向かうよう促される。相手側へ一礼し部屋を移動する、廊下の途中で。何者かが走ってきた気配と共に、あの、 と背後に声を掛けられる。
「不死見君、何か……?」
やって来た不死見京介は被害者の男子生徒だ。亜麻色の髪に赤い瞳の端麗な容姿の少年で、儚げな雰囲気をまといつつも妙に存在感のある、どこか不思議な子供だった。
「彼女をあまり叱らないであげてください。俺にも問題があったと思うので」
「ありがとうございます。君は優しいですね」
「いえ、優しくはありません。実際俺は間宮さんのことを看過出来ず母親へ気味が悪いと相談しましたし」
この少年爽やかな癖に案外毒舌なようだ。しかし悪気は一切無さそうだった。
「彼女はヴァイオリンに興味がありそうでした。俺の演奏を毎日聞きにきてくれて、練習していて楽しかった。もし間宮さんが嫌でなければ、今度コンクールにいらしてください」
京介は微笑むと母親のいる部屋へと踵を返す。
ピアニストとヴァイオリニストのサラブレッド。金持ちの立派な、目に入れても痛くないであろう息子。育ちのよさが性格や自信、そして存在感そのものに直結している。
フラスコ内で作られた人工生命体とはわけが違うわけだ。
娘の待つ教室に入ると、椅子に座っていたシルエットが気配に気付いて振り替える。
「あら、遅かったですね、間宮さん」
そこには不死見京介と瓜二つの娘がいた。
「帰りましょう。少し忙しくなります」
父親は特に驚くでも言及するでも無く、淡々とそう告げた。
二人を乗せた車が学校から出ていく。間宮は助手席の子供へ問う。
「その形態、気に入ったのですか」
「はい! 運命の人だったんです! 一目見ただけで判りました! 私は彼の家族になりたい! いえ、家族なんです」
律は興奮を抑えきれぬようだった。そりゃそのはずだ。間宮は知っている。彼女は不死見京介の髪の毛一本から作り出されたのだから。
「しかし残念ですが、仕事の関係で転校することに決まりました。あなたには迷惑をかけます」
ブレーキを緩やかに踏みこんだ。不死見が許したとして、瓜二つの姿をやめない律がいる以上、もうこの街にはいられないのだ。
出ていく車を校舎の二階から見送った京介は、音もなく背後に立っていた少女へ振り向くことはなく、声をかけることもなかった。だから彼の後ろに立った生徒会長飼鶴谷よどは、仕方なく自分から声をかける。
「確かに気味が悪いですよね、あの子は」
「ええ、でも嫌いじゃありませんよ」
うえ、とよどは露骨に嫌な顔をしてしまう。
「ちょっとおかしいですね」
誰が、という疑問には言及しなかったが、誰のことを言ってるかなどは彼女の表情が明瞭にしている。
「人間なんだから、話し合えば誰とだって仲良くできますよ」
「はいはい。で、私はこんな会話をしに来たわけではないのです。今度のコンクール優勝出来そうですか? 生徒会ブログ書かなきゃならんのでネタを……こほん、失礼」
不死見は両親も息子も様々な賞を総なめしている一家である。生徒は勿論教諭までもの注目の的である。
ヴァイオリンの奏者。更には容姿端麗。人気になるのは目に見えてるというのにサラブレッドときた。どういう奇跡と運があってこの世に産み落とされたのか。天は二物を与えずというのは誤りだ。
「練習は順調です。これならきっと今回も賞を持って帰って皆さんにお見せ出来るかなと。ああ、コンクールには間宮さんも誘ったんです。来てくれるかな。生徒会長もどうです?」
「は?」
「生徒会長にはこういった催しは退屈ですかね……すみません」
「時々失礼ですねあなた。いえそうではなく、間宮律を誘ったと?」
「はい、ぜひ来てくださいと、お父さんに伝えました」
「……本気で?」
「はい」
あのような騒動を起こされて怒っても悲しんでもいない、ただ気味が悪いとだけ言って次の瞬間好意的に接してくる不死見京介の異常さ。これ以上深堀りすれば益々凡庸な人生から外れていく。その予感はきっと的中するから、よどは作り笑顔を浮かべた。
「来てくれるといいですね。私は行きませんけど」