傷つけてはいけない人 もう傷つけたくないと思った。
恐怖と保身のために裏切った自分に、彼——マッシュ・バーンデッドは「いい人」だと言った。
いい人とはなんだ?
思い返してみても、フィンは出会った時から当たり障りの無い受け答えしかしていなかった。箒の件は、貸して欲しいと言われたから貸しただけだ。特別なことなんて一つもしていない。
自分の方だ。マッシュに「いい人」だと、「誰より純粋な人」だと言いたいのは。
何もしていない自分に、彼は好物だというシュークリームを二度も分けてくれた。分ける度に彼は自分を「いい人」だと言って、心を救ってくれた。
フィンの何気ない行動を、マッシュは心から善意として受け取ってくれる。自分を「いい人」でいさせてくれる。
だからこそ、彼を裏切ってはダメだとフィンは思った。これ以上、彼を傷つけてはいけない。いい人だと言ってくれた彼に、報いなくてはならない。今度こそ、本当の善意で。
フィンは震える手で、先ほどもらったばかりのシュークリームの袋を開ける。一つ取り出して、小さく齧る。
甘いはずのそれは、なぜか少ししょっぱかった。