秘密が積み重なる頃には しまったな……。折りたたみ傘くらいは常備しておくべきだった。
天気予報は晴れになっていたし学校の屋上にいる彼女も晴れだと言っていたけれど、今は梅雨だ。テレビの中を探索するときだって、用意は重要だと身を持って知っていたはずなのに。
失敗を引きずっていても仕方ない。この雨の強さなら一旦雨宿りが正解だろう。
シャツもびっしょりと濡れて肌に張り付き、靴の中も染み入ってくる雨水で気持ち悪い。よし、そろそろ商店街だ。屋根のある場所を借りさせてもらおう。
と、あれは……?
「やあ、悠くん」
「あっ、足立さん、こんにちは。今日はジュネスじゃなくて商店街に来てたんですね」
「うん。ジュネスのフードコートも飽きてきちゃってさ。たまには惣菜大学で……って、これは堂島さんには内緒ね」
足立さんがサボっていることはとっくに叔父さんにはバレているけれど、こうして会っていることを告げ口することはしたくない。ずっと彼と話をしていたいと思ってしまう。なんというか……足立さんとの時間は俺には特別なんだ。
話していても頼み事をしてくることもなく、気負いしなくていいからってこともあるのかな。……それだけじゃない理由もあるが、これを言ったら足立さんは俺に会ってくれなくなるかもしれない。だから胸に秘めておくだけにしよう。
「にしても珍しいね、君が傘を忘れるのって」
「今日は晴れだって聞いていたので、それを信じました」
湿ったハンカチで体を拭きながら足立さんの質問に答えると。
「そうやってすぐ人を信じるからこんな目に合うんじゃないの?」
あきれたように足立さんは笑う。彼の目には俺が不幸に見えるんだろうか? そんなことはないのにな。
「こういう日もあります。でも今日はいい日ですよ。雨には降られましたけど、その……足立さんに会えました」
叔父さんの部下である人に言うセリフとしてはおかしいかな? どうしよう、恥ずかしくて下を向いてしまう。足立さんの顔が見られない。変に思われなければいいけれど。
さっきの言葉は本音だが、心のすべては曝け出せない。この感情は足立さんには内緒なんだ。
「あれ、雨止んだんじゃない? 天気雨だったのかもねぇ」
顔を上げると日差しが眩しくこちらを照らす。片手で光を遮り、空いた手で雨の様子を探る。やはり雨は止んだみたいだ。
「あはは、一番雨が強い時に帰ってきちゃったって感じ? ツイてないねぇ、悠くん」
……さっきよりも足立さん楽しそうに笑ってるな。彼がどこか人を信用しようとしないのは、左遷されたことが人間関係の拗れによるものだったかもしれない。俺だって前の学校ではお世辞にも人間関係が上手くいっていたとは言えないし。
でも人を信じることは決して悪いことじゃないって稲羽に来てからは思うようになった。……足立さんがいたことも大きな要因、なんて言えはしないが。
「くしゅん!」
……と、雨に濡れたままだった。夏が近づいているとはいえ、びしょ濡れでい続ける訳にもいかない。
「大丈夫? こんな格好じゃ風邪引くよ。おにーさんが送ってあげよっか?」
「……は、はい、お願いします」
俺の顔を覗き込む足立さんにどうにかそう返事をする。
足立さんって思ったより距離を近く取ってくるような気がする。俺が意識しすぎなのかな?
「んじゃ、行こうか。堂島さんの大切な甥っ子くんが風邪引いたなんて言ったら大変だからね〜。僕が送ってあげないとな〜」
サボる気満々だな、足立さん。でも俺も一緒に居たい。
「叔父さんに今日のことがバレそうになったら足立さんに助けてもらってたって言いますね」
「へぇ~、気が利くじゃない。これでサボりやすく……っとと、今のも堂島さんには内緒だからね?」
「はい、分かってます」
ほっとした様子の足立さんに俺も安堵していた。足立さんのそばに居られるのは、俺の隠している気持ちがバレていない証拠だと思うから。
内緒が増えていく。ふたりだけの秘密がもっと増えたなら、俺の内緒の気持ちもそこに織り交ぜてもいいだろうか。
あなたの言葉を否定なんてしない。だから俺の想いも否定しないでほしいなんて、わがままだろうか?
答えを出すにはまだ内緒が足らない。もっともっと足立さんとの時間を積み重ねなきゃ。
彼の隣を歩けることが嬉しい。いつかこれが当たり前になったらいいのに。
雨には濡れたけれど人を信じてよかった。やっぱり今日はいい日みたいだ。