おしながき(文章系)①・ドクターTETSUと和久井くんがときどき会っては会話をして、解散するのを繰り返す短編集(WEB再録+加筆)
・T先生がそれなりに元気
・和久井君が医者として日本国内にいる
・カップリング要素なし
白い石で出来ている 真田が午前中のうちから空港などに足を向けたのは、そうした避けがたい、しかし気乗りのしない用事のためであって、何もロビーに屯する人々の中から、懐かしき若者の顔を見つけるためではなかった。それでも、見つけてしまったのだから、しようもなかった。
全く傷ひとつない 向かいに座った人影が勿体ぶって手元の本を閉じ、殊更に時間をかけて真田を見上げた。
「どうも」
若い唇が皮肉げに、それでいて待ちわびたように動いた。見ようによってはまだ学生とも言い張れるような格好の青年が、窓辺からの陽の光を浴びて、真田を迎え入れた。
青年――和久井譲介は、長い前髪に顔の半分を覆い隠していながら、確かに瞳二つ分の熱心な視線を、真田へ浴びせかけてきた。
ザクロの飴「僕としたことが」
隣席の人影がゆっくりと顎を持ち上げ、和久井へ顔を向けた。黒い髪をたっぷり伸ばして、顔の前へ垂らした、和久井よりもいくらか年嵩のその人物は、豊かな黒髪をぞろりと揺らし、そのかんばせを覗かせた。湖面に凝った氷のような目が、確かな熱量をもって和久井を見つめた。和久井も見つめ返した。
グラッパ いくらかの会話があった。和久井は真田の愛車をどこへもやる気がないようだった。車内に二人収まったまま、駐車場に流れ込んでいるはずの雨音も冷気も、銀色の光でさえ車外に追いやって、和久井は時折真田の横顔を見て、また時には真反対に顔を向けて、ごくありふれた話題をつらつらと真田へ差し出しては、特に応えを聞くのでもなく、また別の話題へと移るのを繰り返した。
真田は和久井が三つ話すうち、一つか、二つに返事をしたがその実、和久井が一つだって「ドクターTETSU」の応答を待ち望んではいないことは分かっていた。奇妙なほど、和久井はよく話した。饒舌だった。
ヴェイパーウェイヴ ドクターTETSUは片手を振り立てて「それこそ、実際を知らん若人の表現だな」と言った。
「僕はお望み通り、ものを知らない若者らしさを証明して見せたわけだ。どうです、感想は?」
「どうもこうも」
「いくらも年下の人間の無知を指摘して恥をかかせて、言うことがそれだけなんて。ドクターTETSUは望み高くいらっしゃる」
和久井は笑いながら言った。
当の闇医者はすましたように顎を上げて、窓の外と和久井とをちらりちらりと眺め、「欲の深い男だと評判だぜ」と言った。
「欲深い?」
和久井はそれを、どこか信じられぬような気分で聞いた。